RIM 環太平洋ビジネス情報 2004年7月Vol.4 No.14
ブラックホールの中を漂う韓国政治
2004年07月01日 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫
恐れていた事態がついにやってきたかの感が深い。2005年末までの間に、現在、3万7,000人の規模で駐留する在韓米軍のうち1万2,500人の削減が決定され、過日、この決定が米政府から韓国政府に伝えられた。これとは別に、南北軍事境界線の最前線で防衛の任にあたる約4,000人の米兵がイラクに投入されることになっている。投入兵力が任務終了後、韓国に戻ってくるか否かは不確定である。
ソウルを流れる大河が漢江である。漢江以北から軍事境界線までが韓国の広い意味での前線である。ここに米軍第2師団が駐留することは米韓双方にとって重要な意味をもつ。北朝鮮が南侵してきた場合に最初に応戦するのが前線の米軍であるというこの構図が南侵を制止し、また南侵が米軍を危機に晒すがゆえにアメリカによる北朝鮮先制攻撃を抑止するという役割を演じてきたということができる。
軽口でいえば、在韓米軍は韓国の「人質」のごとき存在であった。在韓米軍第2師団が、米韓連合司令部とともに漢江以南に移転する計画が両国によって合意されている。米政府は在韓米軍削減計画を韓国政府に通達するに際して、新武器システムの導入により軍事的空白が半島に生じることはない旨を付言したものの、ことがそう簡単であるとも思えない。
アメリカには、反米的で親北朝鮮的な姿勢を強める盧武鉉政権に対して強い嫌悪感がある。イラクで疲弊しつつあるアメリカが歓迎されざる韓国での駐留に嫌気を増幅させたことが、在韓米軍削減を急がせた理由にちがいない。米軍兵力削減が北朝鮮に誤ったシグナルを与えるという「北朝鮮リスク」を抱えながらも、駐留継続によって反米気運を高める「韓国リスク」の方を重視して、あえて削減を決定したと考えるのが合理的であろう。
実は、米軍兵力削減はアメリカの意思であると同時に盧武鉉政権の意向でもある。盧武鉉政権のスローガンの一つが「協力的自主国防」である。奇妙な表現だが、本意は「自主国防」にある。事実、昨年5月には盧武鉉大統領自身が今後10年間で自主国防の基盤をつくりアメリカへの軍事依存をつづける意思のないことを語った。しかしこの発言が国民の不安をつのらせ、米韓同盟を危うくすることを危惧して「協力的」という形容詞を付しただけであり、力点はあくまで「自主」にある。
核兵器保有への疑惑がいよいよ濃厚となり、軍事境界線の北方に無数の砲門をソウルに向けて配備する北朝鮮を眼前に控え、なお韓国民は反米的、親北朝鮮的な心情をつのらせている。可思議なことのようだが、要するに韓国の政治状況がここしばらくの間に急変したことの反映なのである。
盧武鉉政権の指導部のほとんどはかつて野に在って学生運動、労働運動、市民運動など左派的で反体制的な政治運動に従事してきた組織のリーダーたちである。盧武鉉氏自身が在野勢力の指導者であった。韓国の民主化運動の花を大きく開かせたのは、1987年6月29日、当時の民正党代表の盧泰愚氏によって宣言された、大統領直選制を憲法にうたう「6・29民主化宣言」であった。この宣言にいたる10年余、韓国の民主化運動は朝野にこだまし、有力な指導者を輩出した。彼らは「容共的」な金大中政権下で強固な政治勢力となり、盧武鉉政権下でついに政治的エスタブリッシュメントとなった。彼らの親北朝鮮的な姿勢には日本人の想像をはるかに超えるものがある。二つの事例をあげておこう。
一つは、北朝鮮の対南工作を阻止するための法的根拠が、朝鮮戦争休戦後ほどなくして制定された国家保安法である。この法律によれば北朝鮮は韓国最大の「反国家団体」であり、韓国民の親北朝鮮的な思想と行動には死刑をも含む重刑が科せられ徹底的に締め上げられてきた。しかしこの国家保安法は盧武鉉政権下で廃棄、少なくとも北朝鮮に有利な形で改訂されようとしている。
いや、かつて朝鮮日報の東京特派員を勤めた李度氏の新著『北朝鮮化する韓国』(草思社)によれば、金大中政権下の1999年3月、当時の法務部長官朴相千氏が「現行の国家保安法は、国家の安保に直接関連しない行為も罰しうることになっており、人権侵害の素地がある」と発言して以来、すでに「骨抜き」の状態にあるという。国家保安法を根拠にした疑惑者の拘禁・逮捕は不可能だというのである。もう一つの事例は、金大中政権によって始められた「太陽政策」がスローガンを超えて具体的な実施段階に入ろうとしていることである。2000年の平壌での南北首脳会談で合意された開城工業団地造成が実現する気配濃厚なのである。2,000万坪の敷地に1,200社の韓国企業が入住、年間売上高200億ドル、韓国技術者が京義線でソウル・開城間を往復。造成工事に加え鉄道、道路、電気、通信などのインフラに莫大な対北資金が流出する(『産経新聞』2004 年4月18日、朝刊)。
民主主義国である韓国において左派がエスタブリッシュメントとなったのは、彼らに対する国民の強い支持があってのことである。要するに韓国の国民意識が反米・親北朝鮮の方向に大きく傾いているのである。それでは国民意識がそのような方向に変化したのはなぜか。一つは、北朝鮮の対南工作が奏功したことの結果である。実は、先に指摘した李度氏の『北朝鮮化する韓国』は、北朝鮮の徹底した対南工作のありようを氏独自の情報網をもとに描き切った秀作である。金正日政権の「南朝鮮革命」に対する執念は深く、硬軟取り混ぜあらゆる手段を動員して革命の成就を狙っている。この不退転の政権意思を見落とし、民族主義の情緒に身を委ねていれば韓国の「北朝鮮化」は避けられない、というのが氏の見立てである。氏は次のようにいう。
「革命を引き起こすために、共産主義者は大きく分けて三つの異なる手段をもち、そのとき、その状況にあわせて使うのが通例である。すなわち非合法、半合法、合法の三つの手段である。/北朝鮮の共産主義者の場合、最初に暴力という非合法的な手段を使った。そのピークが韓国戦争であった。これが失敗に終わると、韓国に派遣するゲリラによる暴力と、左翼思想を扶植するといった合法的な手段とを取り混ぜた半合法闘争を展開した。これも成功しなかった。そこで彼らは、教育やメディアを使い、合法的と認められている手段をもって既存の秩序をくつがえそうとし、それがいまや韓国の政権の方針ともなって完全な成功をおさめつつある」。「感情や情緒のうえで統一された現象を、制度的に合法化する作業が最終の段階として残っている。盧武鉉政権は、その仕上げを受けもっている」。韓国人の心理を親北朝鮮へと向かわしめている二つめの理由は、韓国人の意識の根底に強い血族的な民族主義、「血こそがすべて」だと考える情念の民族主義があって、これが冷戦崩壊後の国際政治力学の変化の中で顕現したという事実である。呉善花氏は最近の論文の中でこのことを次のような表現で述べている。
「長らく米ソ両体制の代理対立の関係にあった韓国と北朝鮮で、その代理性が消失していくなかで、それまで封じ込められてきた、『民族こそが国家』の意識が大々的に噴き出したというのが、流れの本体である」(「『ウリナラ民族主義に呑み込まれた韓国韓国人の政治センスを分析する』」『中央公論』2004年6月号)。
確かにそうなのであろう。冷戦崩壊は、冷戦下で抑え込まれていた民族的、宗教的、言語的な人間集団の再統合をもたらす動因となったかにみえる。世界各地で闘われている地域紛争の根っ子のところにあるのは、人間の原初的集団への再統合の衝動なのであろう。一触即発の南北朝鮮で再統合への衝動が露わになるとはさすがに想像もできなかったが、盧武鉉政権下の韓国政治の動向をみていると、この想像しえなかった事態が現実のものとなろうとしているといわざるをえない。
冷戦崩壊後の国際政治力学と民族心理は、実は深層部において強い関係で結ばれている。この深層部をみつめて、冷悧な思考と忍耐強い外交姿勢を貫かなければ、日本もまた極東アジアでまっとうに生きていくことは難しい。