RIM 環太平洋ビジネス情報 2004年4月Vol.4 No.13
タクシン政権の競争力強化策-中国台頭の影響を踏まえて
2004年04月01日 調査部 環太平洋戦略研究センター 大泉啓一郎
要約
- 本稿はタイの持続的な経済発展に向けた課題という観点から、タクシン政権の競争力強化戦略を、中国の台頭による影響を踏まえて、検討することを目的とする。
- タクシン政権は、政権発足以降、国家の競争力強化を政策の主軸としてきた。2002年には「国家競争力委員会」が発足し、競争力強化策の具体化を急いできた。その背景には国際環境の変化のなかでタイの競争力が低下しているという危機感があった。
- 中国が安価で豊富な労働力と比較的高い技術力により、同様の発展段階にあるタイとの競合関係を強めており、タイはこれまでの開発戦略の方向転換を余儀なくされている。タイと中国の競合関係の捉え方については、タイの経済成長を抑制するという見方と、成長の機会とする見方に分かれている。
- 国際市場における中国とタイの関係を明らかにするためにアメリカ市場を例にとり、HS4桁1,259品目の関係を検討した。その結果、「共栄関係」にある品目が全体の38.9%と多いものの、「優劣関係」にある品目も37.2%あることが分かった(そのうち30.0%が中国優位)。また、タイの輸出上位20品目中6品目が中国優位にあり、タイはアメリカ市場において今後も苦戦することが予想される。
- タイ中国間貿易は、中国向け輸出が2001年の28.7億ドルから2003年に56.9億ドルに、輸入も37.0億ドルから60.0億ドルに増加するなど全体では緊密化している。タイからは天然ゴム、石油、タピオカなどの「原材料や燃料」が輸出され、中国からは携帯デジタルカメラ、光電管、トランスフォーマーなど「電子電機製品」が輸入されるという新しい補完関係ができあがりつつある。
- 他方、電子電機部品については共栄関係がみられる。電子部品・デバイスの中国からの輸入は99年の467億バーツから2003年には939億バーツに増加しているものの、中国向け輸出も、306億バーツから844億バーツに急増している。これは電子部品・デバイスにおける分業体制が形成されている可能性を示唆するものである。
- このような環境変化に対して、タクシン政権は産業育成を柱とする競争力強化策を策定した。「世界的ニッチ(Global Niche)」を重視した戦略産業としては、a.自動車、b.食品、c.ファッション、d.観光、e.ソフトウエアが選定された。
- これら戦略産業の育成にあたっては、外資誘致策とFTA戦略との連携が図られている。外資政策としては、安価な労働力や豊富な資源に依存する従来の方策からの脱却を目指し、戦略産業への外国投資を優遇すること、国・地域別に産業誘致を行うことなど、新しい戦略を打ち出している。
- FTAについては、現在、日本、アメリカ、中国、インド、オーストラリアなどとの間で、戦略産業の輸出にかかわる自由化の実現、優先的な市場の確保、主要市場での中国製品との共栄関係の構築などの観点から交渉が行われている。
- タクシン政権の競争力強化策は、その明解さや立案から実施までの速度などの点で評価できる。電子電機産業は、製品レベルでは中国が圧倒的に優位にあるものの、現在もタイの貿易の40%を占めており、中国との間に分業体制形成の動きがみられることは軽視すべきではない。日本企業には中国への集中投資を見直すところが少なくないこと、タイを有望な投資国とみなしていることなどを考えると、分業体制を強化するための戦略を打ち出す時期である。