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RIM 環太平洋ビジネス情報 2002年1月Vol.2 No.4

WTO加盟は中国に何をもたらすのか

2002年01月01日 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫


新聞でも雑誌でも、「中国世界の工場へ」「沸騰する中国」「日本は中国に呑み込まれる」といったタイトルの特集が目につく。中国のWTO加盟を契機に、日本のジャーナリズムの中国大国化論もいよいよ佳境に入ってきたようである。現在の中国経済については、十人寄れば十人がいずれも「大国化」としかいわない。こういう議論は大抵が怪しいのではないか。率直にいって、日本の中国論は「ダメ論」と「スゴイ論」の繰り返しで、バランスを欠くことはなはだしい。

WTO加盟が中国に幸せをもたらすのかどうか、少なくとも私にはまだ確定的なことはいえない。中国は外からみれば大国であろうが、内からみれば容易には超え難い問題をいくつも抱えている。WTO加盟が中国にもたらすディスインパクトは何か。中国のWTO加盟は、近隣諸国や日欧米企業の対中貿易機会・投資機会を拡大させよう。しかし、対中貿易・投資機会の拡大とは、中国が全産業分野にわたりグローバルな競争の渦中に巻き込まれ、メガコンペティションの風圧にさらされることを意味する。この風圧は、国有企業などの非効率的な工業企業を淘汰し、自給的農業を商業的農業へと転換させ、資源配分パターンに変化をもたらす。資源配分パターンの変化は中国経済全体の生産性向上を促進し、そうしてこの国に経済大国へと向かうベクトルを作り出す可能性がある。

とはいえ、これは長期を要する開発課題である。中国がその成果を掌中にするまでの短・中期においては幾多の問題が発生するにちがいない。その運営に失敗して混乱に陥る可能性は十分にある。二つのテーマがある。一つは、国有企業改革に伴う失業者の発生であり、これに由来する社会不安、政治不安に党、政府がいかに対応するかという問題である。もう一つは、関税率引き下げや保護政策の削減・廃止が、生産性の低い農業に与えるダメージである。

国有企業改革の最後のカードが株式制の導入である。株式会社化が進展すれば、労働力を過剰に抱える国有企業から相当規模の失業者が輩出されよう。株式制の本格的導入以前の現在においても、すでに労働者のリストラは不可避となっている。国有企業の余剰人員は総就業者1億人ほどのうち2割を超える。失業保険、医療保険、国民年金などの社会的セーフティー・ネットが未整備の中国において、労働者の発生が社会的不安定性につながる危険性は大きい。WTO加盟は国有企業のリストラを加速させ、この危険性を大きくしよう。前方に何が待ち受けているのであろうか。

社会主義の溶解であり共産党支配の正統性喪失である。共産党支配の機構それ自体の崩れていく危険性さえあろう。1992年の小平による「南巡講和」によって中国は改革・開放を全面的に加速し、市場経済は大いに進展した。成長率も高まった。しかし、市場経済化は社会階層を著しく多様化させると同時に、党員の眼を政治から経済へ、さらには中央から地方へと向かわせた。そうして共産党による統治メカニズムは、かつてのような堅固なものではなくなってしまった。

何よりの証拠に、党中央は党員の「個人主義」「拝金主義」「享楽主義」に警鐘を鳴らし、「精神文明の確立」を訴えつづけている。長らく共産党支配の末端機構を形成し、共産党支配の「政治的核心」となってきたものが、全土に無数に存在する国有企業の党委員会である。しかし国有企業改革により企業内党委員会は利潤極大化原則に沿わなければならなくなり、そうでなければみずからの存立基盤を失う。そうして共産党支配の政治的核心が喪失していくのであろう。WTO 加盟は共産党をして、みずからの支配構造との相克という最後の難問と直面させたのである。

改革・開放期の中国を悩ませつづけてきたのが農村の貧困である。肥沃な可耕地に恵まれず過剰な労働力を抱えた小規模農業の生産性は、容易に上昇しなかった。改革・開放期においても、中国の農業は一貫して保護の対象であった。しかし、WTO加盟により中国政府は、関税引き下げはもとより輸入割り当てや輸入許可制、農業補助金、輸出補助金の廃止など、農業自由化・規制緩和措置を採用せざるをえない。国際的なスタンダードからみてはるかに生産性の低い農業が、グローバルなメガコンペティションの波に洗われるのである。潜在的な余剰労働力が顕在化して、相当規模の農村失業者が群生しよう。雇用機会の喪失は農家所得を減少させ、都市家計と農村家計との所得格差を拡大させよう。

これが都市への農村労働力の供給圧力となる。国有企業改革により生まれる失業者に農村から移出した労働力が加わって、これに就業機会を提供できなければ、社会不安や政治不安が発生しかねない。WTO加盟によって増大するチャイナリスクに、われわれはもう少し敏感でなければならない。
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