RIM 環太平洋ビジネス情報 2002年4月Vol.2 No.5
フィリピン企業部門の財務状況とコーポレート・ガバナンス
2002年04月01日 清水聡
要約
フィリピンの企業部門の状況を債務比率やROE(株主資本収益率)からみると、通貨危機以前には、アジア諸国の中では比較的健全であった。通貨危機により、フィリピンを含む各国企業の財務状況は大幅に悪化したが、その後フィリピンでは、最近まで債務比率の高止まりとROEの低迷が続いている。債務負担が企業経営を圧迫しているとみられ、そのことが不良債権比率の上昇となって現われている。
通貨危機によって銀行・企業部門が深刻な危機に見舞われたインドネシア、韓国、マレーシア、タイなどのアジア諸国では、政府主導による本格的な企業のリストラが行われた。一方、フィリピンでは政府による直接の関与はなく、企業のリストラは当事者間の交渉によって行われている。政府は、企業のリストラを促進するために、倒産制度の改善や法廷外の枠組み作りなどの環境整備に注力する必要がある。
長期的には、コーポレート・ガバナンスの改善が重要な課題である。これはリストラの促進にも有効である。フィリピンにおける具体的な問題点として、(1) 同族経営の企業グループによる経済支配がみられること、(2)少数株主保護や情報開示に関して、法律は比較的整備されているものの実施面で大きな問題があること、(3)債権者保護の面で他のアジア諸国と比較しても遅れていること、(4)資本市場の整備が遅れていることなどがあげられる。
これらの問題に対して、銀行規制の強化や証券法の改正などによる対応が行われてきたが、政府による包括的な対策は行われてこなかった。最近になって、ようやくSEC(証券取引委員会)が中心となり、コーポレート・ガバナンス法の制定に向けた動きが進んでいる。
韓国の通貨危機後の金融・企業部門改革は、きわめて迅速に実施され、一定の成果をあげた。しかし一方では、過去数十年間にわたり、政府が銀行・企業部門に深く関与してきたために、ガバナンスの改善が難しくなっている。
韓国の状況を参考にすると、フィリピンの企業リストラやガバナンス改革における政府の役割は、「枠組み作りとその実施」であると考えられる。企業の所有構造を変えることは容易ではなく、当面は少数株主保護や情報開示などに関する規制の改善を図り、それらを着実に実施していくことがガバナンス改革にとって重要である。経済の「透明性」を高め、政府・企業・銀行間の距離を置いた関係(arms-length relationship)を構築していくことが、その重要な目的である。