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RIM 環太平洋ビジネス情報 2002年4月Vol.2 No.5

韓国の財閥再編が本格的に動き出す

2002年04月01日 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫


韓国の対外債務返済資金が底をついてデフォールトの淵に立たされたのが、1997年の暮れから1998年の初めにかけてであった。悪夢のような時期であったが、その後の復調は見事であった。わが国の手のほどこしようのない低迷ぶりと比べてみれば、韓国のパフォーマンスの優位性は明らかである。中国経済大国論の陰に隠れて、韓国論が表に出ることがこのところ少ないので、今回は私の現在の韓国論の骨格を示しておきたい。

韓国の実物経済の中枢に位置するのが財閥である。財閥への経済力集中度が韓国ほど高い国は他にない。山のように築かれた既得権益を取り崩して財閥構造を再編するという実に厄介な仕事を完遂させなければ、韓国経済の真の潜在力は発揮されない。

韓国の経済危機の起因は、財閥の経営破綻にある。財閥の破綻がここに放漫な融資をつづけてきた金融機関を崩壊させ、これが韓国経済の国際的信認を失わせてウォンの暴落をもたらした、というのが危機のストーリーの大筋である。

韓国の財閥構造は「フルセット」型である。石油化学、産業機械、半導体、コンピューター、通信機器、造船、建設、製薬、食品などの製造業はもとより、証券、デパート、ホテル、ゴルフ場など、さらには新聞、病院、旅行代理店にいたるまで、きわめて多くの業種をフルセット擁した一大コングロマリット、これが韓国財閥の構造である。

韓国経済の中枢に位置する財閥がフルセットであるということは、すなわち韓国経済の構造がフルセットであるということを意味する。フルセット構造とは、資源(資本、労働力、土地)を比較優位業種に「集中的」に配分するのではなく、比較劣位業種にいたるまでこれを「分散的」に配分するパターンである。

フルセット構造といえば、これは第2次大戦後に形成された日本の産業構造をいいあらわす概念であった。日本は少なくとも製造業についていえば、ほとんどすべての産業部門を国内に抱え、これが広範な自給基盤を形成してきた。国内需要を満たした後の余力が輸出市場に向けられるというという意味では、フルセット輸出型の構造でもあった。

しかし日本のフルセット構造は、強い政府の産業保護や金融支援があって形成されたものではない。しかも、人口規模において大きく、所得水準と所得分配の平等度において高い、つまりは広く深い国内市場を背景として形成されたものである。そうであれば、日本のフルセット構造は経済的な合理性をもつものだといえよう。かつての日本の輸出競争力が強かったのは、広い国内市場で厳しい消費者の選別を受けた生産物の余剰が輸出に向けられていたからである。

市場規模が日本に比べて小さい韓国において、あらゆる財閥があらゆる業種を抱えるというのはいかにも不合理であるが、この構造が形成されたのにはそのための政策があった。

韓国経済をフルセット型にした政策的要因が、銀行による財閥への「政策的金融支援」である。この支援を受けて各財閥は拡張主義に走り、そうして激しい設備投資拡大競争を繰り広げてきた。その帰結がフルセット構造である。

韓国の銀行は民営である。しかし、危機以前、政府は銀行を強力に指導しており、融資分野や融資条件、さらには予算や人事にいたるまで強い支配権を行使してきた。韓国における財閥の力は圧倒的に大きいが、しかし銀行のみは大財閥といえども現在なお所有を許されていない。財閥による銀行支配はこれを許さず、銀行を通じての政策的金融支援によって財閥の行動をコントロールしようとしてきた、政府の意思の帰結である。

政策的金融支援が銀行と財閥の双方に与えたネガティブな効果を問題にしないわけにはいかない。銀行についていえば、融資先の財務状況や担保能力を冷静に判断し、その判断にもとづいて融資業種や融資条件を決定する裁量の幅は小さく、それゆえリスク管理の能力がここには容易に育成されなかった。

財閥の側には、低利の政策的金融支援を受けて放漫経営が許容された。危機直前の1996年における、負債総額を自己資本額で除した負債比率は、当時の五大財閥、三星、現代、LG、大宇、鮮京において、小は315%(大宇)、大は470%(三星)という高水準であった。タイ危機の原因が「不動産バブルの崩壊」であったとすれば、韓国危機の原因は「設備投資バブルの崩壊」であった。

金大中政権は危機の真因に対し正確な認識をもって対処したと評価していい。採算の見込みのない財閥企業の整理・統合、比較優位業種への経営資源の特化・集中、財閥間重複投資の自律交換(ビッグディール)を一貫して財閥に要求した。加えて、財閥統帥の経営責任の明確化、会長室・企画調整室の改廃、相互債務保証の廃止、財務構造の改善、情報開示の徹底化を求めた。財閥再編に不可欠な労働市場の流動化を求めて、「整理解雇制」をも成立させた。

ビッグディールを中心とする財閥の構造改革は、なお道半ばである。財閥企業間のディールの事例は枚挙に暇がないが、成功したものもあるが、失敗したものも少なくない。ディールは政府の勧告により進められてきた。しかし、強い行政力を発揮できる金融機関についてはその整理・統合にかなりの成果を得たものの、巨大な製造業のディールは、まさにその巨大さのゆえに、また市場経済原理を基本としてこれを再編するより他ないという本質的な難しさが加わって、進展は全体的にはかばかしくない。

しかし、財閥再編は間もなく本格的に動き出すであろう。外資系企業の圧力がこのところ急速に強まってきたからである。危機以降の為替レートと株価の低迷は、韓国製造企業の資産価値を低下させ、欧米系の多国籍企業が積極的にM&Aに乗り出し、これに対抗する民族系の財閥企業の再編はまったなしの状況にある。財閥企業の中に多国籍企業が食い込んで、財閥がフルセット構造を保持していくことはもはや困難な状態になっている。

民族企業を中心にナショナリスティックな工業化を推進してきた韓国政府も、外国人投資に対して全面的な開放政策へと転じた。外国人による韓国企業のM&A に対する規制は、ほとんどはずされてしまったのである。政府は、道半ばでとどまっている財閥のビッグディールを外圧を利用して促進しているかにみえる。

「韓国財閥は今後持ち株会社の形をとって、ゆるやかな企業集団として発展する可能性が高い。かつての企業グループのような相互出資、保証、内部取引による結束力は弱まる。世代交代による分裂に加え、企業独自が比較優位を求め、グループから離れようとする遠心力も作用する。鈍重で効率の悪い恐竜的組織から身軽で効率のよい組織集団に分裂する。生物進化の歴史では、巨大化した生物は環境の変化に適応できず、やがて絶滅し、小さな生物が生き残ることを繰り返した。人間の組織集団も同じだ」

これは、今年2月に上梓された池東旭氏の名著『韓国財閥の興亡』(時事通信社)の結論であるが、同感である。
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