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RIM 環太平洋ビジネス情報 2003年10月Vol.3 No.11

タクシン政権下のタイにおける財政改革
持続的な経済発展に向けた財政面での課題

2003年10月01日 調査部 環太平洋戦略研究センター 大泉啓一郎


要約

  1. 本稿は持続的な経済発展に向けた課題という観点からタイの財政問題を検討することを目的としている。

  2. タイは「小さな政府」すなわち民間主導による経済発展を実現してきたが、財政収支は通貨危機以降6年連続して赤字となり、公的債務残高のGDP比は 96年の14.9%から2001年には57.6%に急増した。公的債務残高の急増には、財政赤字の累積だけでなく、国営企業の債務増加、金融システム再編に伴うコストの増加などが影響した。IMFや世界銀行は、財政危機に向かう可能性があるとして、公的債務管理の強化と財政改革を要請した。

  3. IMFのシュミレーション結果によると、基準シナリオでは公的債務残高のGDP比は2010年においても56.3%と高止まりし、最悪の場合には 80%を超える。これに比してタイ政府のシュミレーションは、公的債務残高のGDP比は今後急速に低下し、2009年には40%を下回るとした。

  4. IMFとタイ政府のシュミレーション結果の差異は、その前提となるa.実質経済成長率と実質金利の見通し、b.偶発債務の見積もり、c.財政収支改善の見込みのいずれにおいても、タイ政府の方が良好な条件を前提としたことに起因する。また、景気回復の現状や金融再編の進捗状況を勘案すれば、財政危機の可能性は低くなったといえる。

  5. ただし、タイ政府が示した公的債務残高のGDP比の急速な低下は、今後の財政収支の改善を強く反映したものであり、タクシン政権の財政改革の効果を盛り込んでいる。同政権は、歳出面では、行政改革によりムダを徹底排除し、歳入面では、間接税の徴税強化と直接税の減税を通じた景気拡大により税収増を図る方針である。

  6. 財政収支見通しには、社会保障制度の整備や貧困削減・地方経済活性化策の財政負担も考慮すべきである。これは、通貨危機以前の経済成長促進に偏重した政策への反省と人口構成の変化への対応を背景に、経済発展戦略と並行して社会安定化を図る政策であり、「デュアルトラック政策」と呼ばれている。

  7. 社会保障制度としては、全国民を対象とした健康保険、年金、失業保険の制度化が進められている。このうち健康保険についてはすでに実施されているが、現行の予算配分では医療サービスが十分に提供出来ないという問題が発生しており、今後実施される老齢年金、失業保険の制度化にあたっても、新たな財政負担が発生することが予想される。

  8. 貧困削減・地方経済活性化策としては、すでにa.村落基金の設置、b.農民の債務返済繰り延べ、c.人民銀行・中小企業発展銀行の設立が実施されており、今後はd.低所得者向け住宅建設、e.財産の資本化が進められる予定である。これらは、いずれも国有銀行・政策銀行からの貸し出しを通じて行われる。タイ政府は、これらの資金回収を十分に見込めるとして、「偶発債務」としては計上していないが、財政の健全化には、これらの貸し出しの監視を強化する必要がある。

  9. これらデュアルトラック政策の財政負担は、今後の進展度合いに依存するが、歳出のGDP比が20%にまで拡大した場合には、IMFの基準シナリオよりも悪い結果になる。このようなデュアルトラック政策を効果あるものにするためには、法人所得税や個人所得税の徴税強化、相続税・資産税の導入など直接税の見直しを含め、新たな財源確保に取り組むべきである。タイの財政は世界的にも小規模であり、拡大の余地を十分に残していること、現政権が財政改革を行うために適した安定政権であることは、タイにとって有利な条件である。タイが持続的な経済発展を実現するために、タクシン政権には財政基盤を確保する次なる財政改革を期待したい。

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