RIM 環太平洋ビジネス情報 2003年10月Vol.3 No.11
購買層から展望するアジア自動車市場
わが国の経験とタイおよび中国へのインプリケーション
2003年10月01日 環太平洋研究センター 森美奈子
要約
- 東アジア、とりわけタイと中国において、自動車市場の成長が期待されている。しかし自動車の価格が高額なことから、購買層が富裕層に限定され、市場規模は小さい。
- 1960年代から70年代にかけて、わが国においてモータリゼーションが進展した要因として、a.高度経済成長を背景とした所得の増加と将来の所得上昇期待、b.量産体制や技術革新による自動車価格の低下、により所得に対する乗用車の相対価格が低下したことが指摘出来る。自家用車需要が拡大し始めた 63年には小型車の価格が世帯当たり年間可処分所得とほぼ等しくなり、その後さらに低下した。そして、所得格差の縮小により購買層の裾野が拡大したことが、持続的な市場の成長を可能にした。
- わが国の経験をもとに自動車価格と年収が等しくなる時点を自家用車需要が拡大する起点と仮定すると、タイと中国はその段階には達していない。タイでは所得水準は上昇しているが、価格低下圧力は弱い。中国では、所得が上昇し、企業間競争の激化によって価格低下圧力が強いことから、所得に対する相対価格は低下している。
- 両国とも自動車を購入出来る層は一部に限られており、所得格差の解消による裾野の拡大はみられない。タイでは通貨危機以降、自動車を購入出来る所得をもつ層の厚みは全世帯の15%程度のままである。中国では、都市部を中心に、購買力をもちながら政策的な要因により自動車を保有していなかった潜在需要層が多数存在するが、中国全土でみるとこうした層の割合は数%にすぎない。
- タイ市場が継続的に拡大するためには、安定的に購買力をもつ層が増加することが必要である。中長期的には、所得格差が是正され、購買層の厚みが増すことが欠かせない。中国では都市部において、潜在需要の表面化により当面の間マイカーブームが続くものと予想される。その一方、インフラ整備および環境対策の遅れや、地域格差の拡大が懸念される。
- 企業は、市場構造や購買層の特性を加味した戦略を組み立てている。タイのように、購買層が高所得者層に限られ、参入企業がそれほど変化していない市場では、価格低下よりも、質的な面で工夫をこらすことが重要である。また、市場が小さいうえに、購買層の消費行動が経済変動に左右されやすいことから、国内需要の変動をカバー出来る生産体制を構築することが極めて重要である。
- 中国のように潜在需要が大きく、多数の企業がほぼ同時期に参入した市場では、企業は短期間のうちに一定の販売シェアを確保して消費者の認知度を高める戦略をとる。同時に、中長期的な視点に立った総合的な生産・販売体制の整備が求められる。中国では都市家庭に自動車が普及する今後数年の間に、消費者の自動車に関する知識や経験が深まり、各ブランドについての総合的な評価が確立されることが見込まれる。短期的な対応以上に、中期的な視点からの対応が重要である。
- アジアの自動車市場を展望するうえでは、第1に、安定的な購買層がどの程度存在するのかを見極める必要がある。第2に、所得格差の解消や、インフラや環境対策といった周辺環境の整備が進んでいるかという点にも着目する必要がある。わが国自動車メーカーにとって、生産サイドの視点に、購買層の特性を加味した生産・販売戦略を展開していくことが、リスクを抑えながら市場シェアを高めていくための鍵となろう。