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Business & Economic Review 2001年08月号

【OPINION】
新たな高齢者医療保険制度の創設と医療保険制度全体の再構築を同時に実施せよ

2001年07月25日 調査部 環境・高齢社会研究センター 続木 文彦


小泉内閣が発足し、聖域なき構造改革のスローガンの下、経済財政運営や経済社会構造の抜本的見直しが行われようとしている。医療分野についても、増加する医療費の抑制策として医療費に総枠を設けるなど、大胆な改革方針が打ち出された。医療保険制度については、これまで幾度となく見直されてきたが、いずれも抜本的改革はなされることなく、問題が先送りされてきた。現在、国は医療制度改革として、

  1. 診療報酬体系の見直し

  2. 薬価基準の見直し

  3. 医療提供体制の見直し

  4. 高齢者医療制度の見直し

の四つを柱として改革に取り組んでいる。しかし、現状では1~3については、まだ最終的な対応策が打ち出されていない。もはや先送りできない状況となっている保険者(健康保険組合や政府管掌健康保険組合などの保険者)の財政危機への対処を優先し、4の高齢者医療制度の見直しのみがクローズアップされている状況にある。

保険者の切迫した財政事情を踏まえると、制度改革の中でも高齢者医療保険制度の見直しを最優先するのはやむを得ない。しかし、それは増え続ける老人医療費を、誰がどういう形で負担するのかといった負担の問題の解決を目指すに過ぎない。医療保険制度改革の真の目的は、急速に高齢化が進展する中で医療費全体をいかに抑制し、限られた医療財源をいかに無駄なく効率的に使っていくべきかを検討し、維持可能な制度を構築することにある。したがって、現在検討されている2002年の制度改革においては、4の高齢者医療保険制度のみならず、1~3についても、同時並行的な見直しが必要である。以下に、改革の私案を提示したい。

わが国の国民医療費は、平成11年度の実績で前年度比3.7%増の30.9兆円と、30兆円の大台を超えた。このうち70歳以上の老人医療費は、全体の伸び率を大幅に上回る前年度比8.4%増の11.2兆円で医療費全体の4割弱を占める。このままいくと、2025年度には国民医療費は81兆円(厚生労働省推計)となり、うち老人医療費は現在の約4倍の45兆円と全体の5割以上に達することになる。

老人医療費が増加している主な理由は、一人当たりの診療費が若年者の5倍にものぼる70歳以上の高齢者が増え続けているからである。 老人医療費の負担構造は、高齢者自身の負担(保険料および医療機関での窓口負担)分が8%,各保険者からの拠出金が64%、国と地方公共団体からの公費(税金)が28%となっている(平成13年度予算ベース)。ただし、政管健保と市町村国民健康保険の拠出金については、一部国庫負担があるため、公費負担と国庫負担を合わせると、実質的には、5割近くが公費(税金)でまかなわれていることになる。

健保組合や政管健保などの財政は、保険料収入の伸び悩みと拠出金負担の増大により、極めて逼迫している。このため、解散を余儀なくされる健保組合が続出している。さらに、2002年度には全組合の9割以上が赤字に陥ると見込まれている。また、政管健保も赤字続きで2002年度には積立金が底を尽き、支払い不能に陥る懸念さえある。このように、危機に瀕している健保組合等の財政問題を解決するには、まず老人医療費の多くをこれら健保組合等からの拠出金に依存している現在の仕組みを早急に変えざるを得ない。

高齢者医療保険制度の見直しについては、医師会や経済団体などから様々な提言がなされているが、最終的には「突き抜け型」と「分離・独立型」の二つに絞られようとしている。
「突き抜け型」とは、健保連や連合が主張しているもので、サラリーマンの医療保険(健保組合や政管健保など)と、自営業者などの国民健康保険を別々に運用しようとするものである。定年等により退職したサラリーマンは、これまでは国民健康保険に加入していたが、これを元の保険に継続加入させ、現役サラリーマンと退職者とを一体化した保障体系にしようとするものである。

「分離・独立型」とは、日本医師会や経団連・日経連などが主張しているもので、現役世代と高齢者世代を分離して、一定年齢以上の高齢者を対象に新たな医療保険制度を創設し、財源として公費(税金)を主体にして充てようというものである。 両案とも一長一短あるが、以下のような諸事情を勘案すると、「分離・独立型」がより望ましいのではないかと思われる。
  1. 高齢者の場合は現役世代と同様の保険原理による設計は困難である。

  2. 「突き抜け型」では高齢者や無職の人が多い国民健康保険の財政が逼迫することは必至であり、改めて何らかの形で財政面での補填や調整が必要になる。

  3. 雇用の流動化が進み、サラリーマンや自営、あるいは無職などの間を移動する人が増えているが、こうした人々をどの医療保険に加入させるべきか、判断が難しい。

  4. 少子・高齢化の進展にともない現役世代が高齢者世代を支えるという仕組みはもはや限界にきている。高齢者世代の社会保障費は、高齢者も含めた国民全体で分担していくのが望ましい。

「分離・独立型」では公費を主な財源とすることで、安定的な運営を確保することができる。ただし、問題は公費の財源確保である。現在、同時に見直しが進められている公的年金制度においては、基礎年金部分の公費負担割合を現行の3分の1から2分の1へと高めることが予定されている。国家財政が逼迫しており支出の抑制、見直しが迫られているなか、既往予算の一部を老人医療費に充当することは難しく、新たな財源確保が必要となる。消費税の引き上げや、たばこの値上げ(1本1円アップで2,500億円)などが考えられるが、高齢者も含めた国民全体で負担するという考え方からすると、消費税の引き上げが妥当ではないかと思われる。しかし、これに伴う経済へのマイナス影響や国民の反対等を想定すると、安易な増税はできない。したがって、ある程度の公費負担増はやむを得ないとしても、それを最小限にとどめる必要がある。そのためには、負担の公平化の観点から高齢者にも支払い能力に応じて相応の負担を求める新たな保険制度を創設すべきではないかと考える。以下にその構想を述べる。

新たな高齢者医療保険制度の創設

新保険制度の対象者(被保険者)は、支払い能力と罹病率の高さを勘案して、現行同様70 歳以上(寝たきりの場合は65歳以上)とする。ただし、一定水準を超える所得のある者は制度の対象外とする。すなわち、支払い能力のある高所得高齢者(世帯)の場合は現役(70歳未満)と同様の保険料及び窓口負担(2~3割定率負担)を求める。老後に夫婦2 人がゆとりある生活をするために必要な生活費は1カ月平均40万円程度(年収換算で約500万円)といわれている。また、健康保険法の「高額療養費制度」では、ほぼ月収に相当する標準報酬月額が56万円以上の者を上位所得者(全体の2割に相当する)と規定している。

こうしたことから年収基準は600万円程度が一つの目安として考えられる。仮に600万円以上とすると、厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、高齢者世帯のおおよそ1割程度が新たな高齢者医療保険制度の対象外となる。 次に、高齢者の負担については、保険料(地域によっては国民健康保険税)のほか、窓口での自己負担を月別支払い上限のない1割定率制とする。1割としたのは、複数の疾患を抱えていることが多い高齢者の場合、現役並みの2~3割では負担が大き過ぎることや、介護保険との整合性を保つためである。窓口負担が大き過ぎると診療の抑制により重症化し、むしろ費用増につながる恐れもある。

現行制度でも窓口での自己負担は原則1 割の定率制となっている。しかし、医療機関により1カ月あたり3,000円または5,000円の支払い上限があること、診療所では定率制と定額制を選択できることなどから、実際に高齢者が負担しているのは、保険料を含めても老人医療費全体の7~8%程度にとどまる。 なお、現行のように支払い額に上限があると、それを超えると診療費が無料になることから安易な受診を誘引しやすい。支払い上限を設けないと診療費が高額になるケースが生じる懸念があるが、その場合は、現行の「高額療養費制度」により、一定額以上を補填すればよい。

さらに、老人医療費全体の負担割合を、高齢者の負担、各保険者からの拠出金、公費(税金)のそれぞれについて、15:35:50とする。先述の通り現行では上記の割合が、8:64:28となっている。高齢者負担分以外をすべて公費負担とすると(日本医師会の主張)、公費負担があまりに大きくなる。したがって、ただちに拠出金負担をゼロとするのは難しく、引き続き拠出金にある程度の負担(35%)を求めるのはやむを得ないと考える。なお、この部分を介護保険の場合と同様、現役層から保険料として別途徴収する案も考えられる(介護保険では40~64歳層で徴収)。しかし、高齢者のために現役層に新たな負担を求めるのは、当該層の抵抗が大きく保険料の未納問題が深刻化する懸念があり、この案は実現性に乏しいと思われる。 老人医療費を11兆円として以上のような新たな分担割合で計算すると、各保険者の拠出金負担は現行の7.1兆円が3.8兆円へと半減する。一方、公費による負担は3 兆円から5.5兆円へ2.5兆円の負担増(消費税で1%に相当)となる。ただし、一部の高所得高齢者を制度の対象から外すため、実際の公費負担増はこれを下回る。

医療保険制度全体の再構築

しかしながら、高齢者医療保険制度は単独で改革を行っても、いずれ再び厳しい状況に追い込まれる可能性が高い。維持可能な医療保険体制をつくるためには、医療保険制度全体を早急に再構築することが不可欠である。 医療の現状をみると、罹病率の高い高齢者が増加したり、医療技術の進歩により費用のかかる高度医療が様々な治療に導入されていることから、医療費がある程度増加するのはやむを得ない。しかし、医療の現場では、治療効果がないまま行き場がなく長期間の入院を続けているような社会的入院や、過剰ともいえる検査や投薬、あるいは回復が見込めないにもかかわらず治療が続けられ単なる延命のためだけの終末期医療、などが多くみられ、いずれも見直しを迫られている。 なかでも見直しを急がねばならないのは、医療費が際限なく増加するような診療報酬の仕組みである。その最も有効な対策は、「定額払い制」の拡大である。

現行では医療機関への診療報酬支払いが、一部を除きほとんどが「出来高払い制」となっている。「出来高払い制」では、診察や検査、投薬を行えばそれだけ医療機関の収入増につながる。これでは、医師の裁量により際限なく医療費が増加することになりかねない。特に薬については、薬価差益が医療機関の収入源の一つとなっていることや、患者側にも薬の処方を強く望む傾向があるため、過剰処方になりやすい。患者の中には薬を飲み残し廃棄してしまっているケースも多い。医療費の増加を抑制するためには、診療内容や検査、投薬の量にかかわらず診療報酬を一定額までしか医療機関に支払わない「定額払い制」を拡大することが有効である。

しかし、「定額払い制」にすると、医療機関の利益確保のため、必要な医療処置が十分になされない、といった手抜き診療や過小診療につながることが懸念される。これを回避するためには、疾病毎の「診療内容の標準化」が必要となる。 これは、過去の診療内容とその結果についてより多くのデータベースを積み重ね、費用対効果の面から最適と思われる「標準的な診療指針」をつくり、マニュアル化するものである。この標準的な診療指針に応じて、疾病ごとに定額の診療報酬が決定される。この指針に従った診療が行われているか、診療内容が過小か否かは、後日医療機関から保険者に請求されるレセプト(診療報酬請求明細書)をチェックすれば確認ができる。

「診療内容の標準化」については既に一部で検討が進められているが、医師の裁量権を奪うものとして医療機関側の抵抗が強い。しかし、コスト面だけでなく、全国どこでも同質の医療を受けられるという効果もあるので、国が主体となって早急に導入を進めるべきである。 経済財政諮問会議は「基本方針」で、医療費総額の伸びの抑制(医療費総枠規制)を打ち出した。しかし、現実の問題として、医療費を総枠内に抑えるために、患者に受診を控えさせることは困難である。診療報酬の1 点あたりの点数(現在は10円)を調整する方法も考えられなくはないが、医療機関の経営に与える影響が大きい。いずれにしても、財政的観点から医療費の総枠を厳格に守らせようとすると、医療サービスの質の低下は免れない。したがって、現行の医療制度を部分的に手直しするだけでは医療費抑制効果は多くを期待できないことから、「定額払い制」への移行拡大をはじめとする抜本的対応が必要になる。

これまで医療保険制度改革の名の下で実施されてきた制度の見直しは、患者の保険料や窓口での自己負担の引き上げなど部分的な対策に終始してきた。このため、患者側の負担はもはや限界にきている。医療保険制度改革は、患者側だけの問題ではなく、医療の供給側も主体的に自己改革を図るべき問題でもある。これまでは主に患者側の痛みを伴う見直しが主であったが、これからは、医療供給側にも相応の痛みを分かち合ってもらわなければならないのである。 抜本的改革を実現するには多くの問題を乗り越える必要がある。改革は当事者(患者、医療機関・医師、国など)の合意なくして達成することは難しい。今後、維持可能な医療保険制度への改革実現に向けて、さらに国民的議論を高めていく必要があろう。
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