RIM 環太平洋ビジネス情報 2003年4月Vol.3 No.9
胡温新体制は何を課題に船出したのか
2003年04月01日 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫
昨年11月の第16回共産党大会、今年3月の第10期全人代(全国人民代表大会)を経て胡錦濤党総書記、温家宝国務院総理の党・政府最高人事が決定した。「胡温体制」の船出である。両者とも60歳、中国の最高指導部もついに革命第4世代に入った。
超越的な権力を振りかざし中国を苦窮におとしめた毛沢東、「救亡」の思い止み難く毛に異議を申し立てた劉少奇・小平の実権派、毛と実権派との凄絶の暗闘がプロレタリア文化大革命(文革)であった。文革によって怪物中国への関心を駆り立てられた研究者は少なくないが、私もその一人である。あの時代から三十数年、テレビでうかがう人民大会堂雛壇の「胡温」の顔からは革命はもはやイメージできない。位階をきわめたテクノクラート官僚の風貌といったらいいのだろうか。
1992年春節の小平の南巡講話に始まり今日にいたる10年間の中国は、量的規模の拡大期であった。この間の成長率は10パーセントを前後する。統計的根拠に疑問はあるものの、過去10年が超高成長期にあったことは確かである。胡温新体制においても高成長は追求されよう。実際、党大会と全人代のいずれにおいても今後20年間における所得四倍増(「翻両番」)が提起された。
しかし新体制は、過去10年の高成長の過程で放置され、高成長過程で生まれた諸矛盾の解消を最重要の任務としており、矛盾解消のために高成長を持続しなければならないという錯綜したテーマとの格闘を余儀なくされよう。
中国大国論や中国脅威論に傾いてきたジャーナリズムも、このところ落ち着きをみせるようになった。東アジアの産業配置の重心が中国へと向かって急速にシフトしていくかのごとき「世界の工場」中国論は、一方に偏した議論であることにようやくにして気がついたのであろう。外から観た中国がいかに輝いてみえようとも、内から中国を眺めれば実に重たい課題を引きずりながら歩を進めているのだという事実に改めて視点を向け始めたのであろう。バランスの取りにくい中国論議を経験してきた私には、好ましい傾向と映じる。昨秋の共産党大会初日の党総書記演説では、冒頭の「過去5年間の活動と13年間の基本的経験」において早々次のようなネガティブな評価が語られた。異例のことであった。
「われわれの活動にはまだ少なからぬ困難と問題があることをはっきりと認識しなければならない。農民と都市の一部住民の所得の伸びは遅く、失業者が増え、一部大衆の生活はなお苦しい。所得の分配関係がまだ正されていない。市場経済の秩序は引きつづき整頓し、これを規範化する必要がある。一部の地方の治安はよくない。一部の党員指導部の形式主義、官僚主義的作風、ならびに虚偽を弄し派手に浪費する行為がひどく、腐敗は依然として際立っている。党の指導と政権担当の方法が新しい情勢や任務の要請に完全には即応しておらず、中には弱腰でばらばらな党組織もある。われわれは存在する問題を大いに重視し、引きつづき強力な措置をとって解決しなければならない」
所得格差の拡大、失業者の増大、腐敗・汚職の蔓延などに警告が発せられたのである。
私ども環太平洋研究センターも「時代の子」として中国経済の力を正当に評価する調査・研究をつづけ、本誌に成果を発表してきた。これをベースに一昨年には『アジアに向かう中国 中国に向かうアジア』、昨年には『中国の躍進アジアの応戦』(いずれも東洋経済新報社)を上梓した。タイトルはまだ決まっていないが、今年も新しい中国論を同社から世に問うことになっており、目下、鋭意、編集を急いでいる。
新著の大きな特徴は「WTO加盟後の大量失業時代にどう対処するか」「拡大する所得格差」「共産党の統治能力」といった中国政治経済の深層の問題に深く切り込んだことである。
WTO加盟は中国にとって「諸刃の剣」である。貿易と外国企業活動の自由化は、中国の潜在力を引き出すインパクトとなる一方、国有企業や農業などの弱体部門の市場淘汰を促すというディスインパクトをもつくり出す。国有企業と農業に潜む余剰労働力が失業者となって顕在化し、これが社会・政治不安に火をつける懸念がある。いや、火はもうついてしまったのかも知れない。
前号の巻頭言でも記したことだが、「翻両番」に要する年率7パーセント超の成長率は、これを下回れば社会不安を惹起しかねないという意味で政治的に許容しうる最下限だというのが私の見立てである。失業抑止のためにも、農民所得引き上げをねらう内陸部開発の財源確保のためにも、高成長持続は不可避なのである。
対外開放の進展は中国の構造を、米国や日本、東アジア周辺国の経済変動の風波に対して脆弱なものとしたと考えることもできる。内に籠もってフルセットの産業構造を保ちつづけるという安穏な時代はすでに遠い過去である。長い低迷が予想される世界経済の中で是が非でも7パーセント超の成長率を維持しなければならないという胡温新体制の前途は、まことに強い緊張を強いられたものとなろう。