Business & Economic Review 2001年07月号
【STUDIES】
インターネット放送とデジタル放送は両立するか
2001年06月25日 調査部 メディア研究センター 西正
要約
ブロードバンドインフラの整備、ストリーミング技術の向上などを背景として、インターネットを通じて、テレビ放送並みの映像を流すことが可能になり、新たにインターネット放送というコンセプトが提唱されるに至っている。電話や郵便に代表される「通信」が「1対1」を原則としているのに対して、テレビやラジオに代表される「放送」は「1対多」が原則となっている。インターネットは「1 対1 」を原則とする通信手段なので、そもそもの性格は放送と相いれるものではなかったが、技術革新の成果として、インターネット上で「放送」並みのサービス、つまり「1対多」が実現できるようになった。
一方、放送のデジタル化も国策として着々と進められている。デジタル化によって実現するメリットは、多チャンネル化、高画質化、双方向化である。デジタルテレビに大容量のハードディスクが備わることにより、視聴者はあらゆる番組をテレビに蓄積して、好きな時に好きなだけ視聴できるようになり、視聴者からテレビ局への上り回線として通信回線などを使うことにより、双方向サービスも実現することになる。
ただし、放送のデジタル化によってもたらされるメリットが本当に視聴者のニーズに応えたものでなければ、受け入れられるとは限らないことに注意を要する。これは、インターネット放送の登場により、デジタル放送が不要になるのかどうかという議論を生み出すポイントとなる。
インターネット放送が普及していくことにより、既存の地上波ネットワーク、及び各テレビ局は崩壊していくのではないかとすらいわれるようになっている。この論拠として、以下のことが挙げられている。
まずは、デジタル化のための重い投資負担に耐えられない局があるという事実である。地上波放送のデジタル化に要するコストは、NHKと民放をあわせると1兆円にものぼるといわれる。地上波放送の持つ社会的影響力の大きさから、体力のないローカル局の経営が破綻しかねないということで国費支援まで検討されている。
さらに、BSデジタル放送では設備を維持運営するだけでも1社当たり年間50 億円程度が必要であり、キー局系のBS放送局の累積赤字は1,000億円規模にまで膨らむことが予想される。BS 放送局の抱える累損の大きさは、各キー局にとっても致命的なものになりかねない。新たなビジネスを目論む大企業群が放送業務に乗り出してきて、テレビ業界が様変わりする可能性も考えられる。
また、キー局が恐れているのは、インターネットに代表される新興勢力に視聴者の時間が奪われてしまうことである。インターネット上の無限のコンテンツが、1日24時間という有限の時間の一部を費やすに値するかどうかは、ユーザーが決めることである。コンテンツの数が増え、質が高まっていけば、当然それを選択する人は増えるだろう。その時に真っ先に押し出されるのが、メディアの王様として君臨してきた地上波ネットワークおよび各テレビ局なのかもしれない。
これに対して、地上波ネットワークおよび各テレビ局が引き続き存続するという論拠は、テレビ局も十分にインターネットを活用しているというところにある。デジタル放送における双方向ビジネスのポイントは、視聴者にテレビを見てもらうだけでなく、積極的に使ってもらえるようにすることである。視聴者からのリターン・チャンネルをどうしたら増やせるか、どうしたら活用できるのか、といった疑問に回答を求めようとすれば、おのずとインターネット事業に力が入ろうというものだ。インターネットとテレビが競合すると分かっていても、テレビ局がインターネット事業に取り組んでいるのは、テレビ局として提供できる情報サービスとは何かを模索しているのと同時に、何とかお互いの相乗効果を発揮させることにより、テレビ番組の魅力を高めていこうという狙いがあるはずだ。どうせ競合するのなら、他の事業者に視聴者を奪われるより、テレビとインターネットの双方を使って顧客の囲い込みをしていこうという発想が強いのではないかと思われる。
インターネットが普及のピークを迎えた米国では今、「テレビがポータルになる」という考え方になっている。かりにIP マルチキャストのビジネスを立ち上げる場合、単独で動かすより、テレビ局と連動した方がはるかに反響が大きいということになったようだ。インターネット放送とデジタル放送は競合するのではなく、インターネットの普及がテレビ局を崩壊させることにはならないだろうとの結論が得られたことになる。
「放送」の競争力は、伝送路ではなく、コンテンツのパワーであることは間違いない。光ファイバで実現するブロードバンドが伝送路になろうと、「電波の流し方がアナログからデジタルに変わる」既存の放送が伝送路になろうと、視聴者にとっては大きな問題ではないのである。「媒体力」=「コンテンツ」+「編成力」+「ブランド」だと考えられる。どれほど優れたコンテンツを持とうとも、弱小サイトではブランドによる集客力に大きな差が生じる。
ブロードバンドが実現し、インターネット放送が登場してくれば、使い方によっては非常に便利なものとなることが予想されるが、それが既存のテレビ局を凌駕してしまうとは考えにくい。インターネット放送でもデジタル放送でも、人気のある番組は視聴者を引きつけるし、つまらない番組は誰も見ない。何が人気があるのかは視聴者が決めることであって伝送路は関係ない。デジタル放送も、新しいメディアとして、新しいメディア環境に沿ったコンテンツと編成能力とブランド力があれば、十分に生き残れることは間違いないということである。インターネット放送とデジタル放送は、共存共栄が可能だといえるだろう。