RIM 環太平洋ビジネス情報 2003年1月Vol.3 No.8
ロシア・東欧の経験と教訓からみたチャイナリスク
中国の増量改革と双軌制の特徴と限界
2003年01月01日 調査部 環太平洋戦略研究センター 大泉啓一郎
要約
- 本稿は、ロシア・東欧における移行政策の経験と教訓を踏まえて、中国経済が直面する課題とリスクを検討することを目的としたものである。
- 1990年~2000年のロシア・東欧と中国の経済パフォーマンスは、ロシア・東欧が経済後退と高インフレを余儀なくされたのに対し、中国は成長と安定を同時に達成するという好対照を示した。
この経済パフォーマンスの格差については、中国が漸進的な移行政策を選択したこと、政治・社会・経済の諸条件(初期条件)が中国の移行政策に有利に作用したこと、農業を中心とした中国の産業構造や共産党一党体制による政治的安定が移行のコストを低めたこと、などで説明されてきた。
しかし現在直面する国有企業・金融・財政問題の悪循環からの脱却や対外自由化政策によるマクロ経済への影響の軽減などは依然残された移行政策の課題である。 - ロシア・東欧では急進的な国有企業改革は実体経済の大幅な縮小をもたらした。
ロシア・東欧の失敗から得られる教訓は、国有企業改革には厳しい規律(Discipline)を課して積極的に推進する一方で、それに伴う生産縮小のショックを軽減するために非国有企業の活動を促進・奨励(Encouragement)する必要があることである。
中国の構造改革は「増量改革(Incrementalism)」の枠組みの下で進められ、非国有企業の生産規模を拡大させた。
工業生産に占める国有企業の割合は80年の8割から2001年には2割弱に低下した。
しかし「増量改革」は、国有企業の抜本的改革を視野に含めなかったこと、非国有企業の成長を反映するような調整がなされなかったことから、財政・金融の健全性をゆがめる原因となった。 - ロシア・東欧では急進的な自由化政策がマクロ経済を不安定化させた。
ハイパーインフレは、貯蓄率の低下や資本逃避、貨幣代替などを招き、構造改革の遂行を困難にした。自由化政策の実施に際しては、そのマクロ経済への影響を軽減するために、財政・金融システムを整備し、安定化政策が効率的に行われるようにしておくことが肝要である。
中国においては、「双軌制(Dual Track System)」の概念の下で自由化を進め、他方で政府が安定化を最重視した政策を採ったことから、マクロ経済の不安定化を回避することができた。
ただし、対外自由化政策についても漸進的に進めているが、近年の巨額な直接投資の流入は経済成長を促進する一方で、貨幣流動性の増加、家計・企業の貯蓄の貨幣代替や資本逃避の原因になっており、マクロ経済の運営が徐々に困難になっている。 - 中国は生産シェアが2割にも満たない国有企業に依存した財政・金融システムから脱却する必要がある。
とくにWTO加盟により対外自由化が加速する現状を勘案すると、マクロ経済への影響を抑えるためにも、財政・金融システムの整備・強化を急がねばならない。
財政・金融システムが脆弱なうちに自由化を進めることのリスクはロシア・東欧の失敗だけでなく、アジア通貨危機が示した通りである。
ただし、ロシア・東欧に比べて中国には発展著しい非国有企業がすでに存在することから、この潜在力を経済発展に反映するように財政・金融システムを再構築することで、リスクを軽減できる。
その意味で、第16回党大会で民営企業家を社会主義の主体と位置付けたことは評価されよう。