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Business & Economic Review 2001年06月号

【OPINION】
小泉新政権に望む-今こそ真の財政健全化を

2001年05月25日 調査部 金融・財政研究センター  湯元健治


日本経済は、昨年末頃を境に景気のピークを迎え、バブル崩壊後3度目の景気後退局面に陥っている。直接の背景は、米国経済の急激な減速に伴う輸出の落ち込みだが、その本質的要因は、この10年間日本経済の構造改革が遅々として進まなかったことに起因する。「失われた90年代」を改めて振り返ってみると、戦後の高度成長の原動力となってきた地価・株価の右肩上がりを大前提とする日本的な経済システム、日本的な経営システムが崩れ、好むと好まざるとにかかわらず、時価主義会計を始めとするグローバル・スタンダードの荒波の中で、構造的な大変革が求められていることは明白である。この10年の経験は、「痛み」を伴う構造改革を先送りしていては、いつまで経っても日本経済の再生はあり得ないということを我々に再認識させたといえる。

折しも、今回の自民党総裁選では、4候補の政策論争が、「景気回復最優先か」「構造改革断行か」で対立軸を生み出した形となったが、景気が後退局面に入った中で、「構造改革」を唱えた小泉氏が財政構造改革の看板を降ろした橋本元総理を押さえて新総裁・新総理となったことは、国民が求めているものは目先の景気対策などではなく、真の変革であることを示すものといえよう。

総裁選を通じて、小泉新総理の看板である構造改革の骨格が明らかとなったが、その中でも注目される重要課題は、
財政構造改革

社会保障改革

行政改革(特殊法人・財投改革、郵貯民営化)
の3点である。これらの課題・改革の実行は、いずれも大きな「痛み」を伴うだけに、過去の自民党政権の下では 実質的に骨抜きにされてきたといっていい。小泉新政権が過去と決別しこれらの改革をどこまで断行できるかは、小泉総理自身の政策手腕と政策手法にかかって いる。政策手腕という意味では、自民党の派閥解体と若手の積極的活用、自身が公約に掲げる「首相公選制」を実現する道を拓くことが、構造改革を本当に断行 するための突破口になる。公共事業改革をいくら声高に叫んでも自民党の体質を根底から変えなければ、真の改革など到底できない。また、首相のリーダーシッ プが本当に発揮されるためには、首相個人の資質だけでなく、首相自身が国民から直接選ばれる形で国政を負託されることが条件となろう。他方、政策手法に関 しては、故小渕総理は「経済戦略会議」という新しいタイプの総理に対する諮問機関を8条機関(国家行政組織法第8 条に基づく政府機関)として創設するとい った思い切った手法を採用した。しかし、この会議自体が与党・官僚機構とのパイプを持たない性格のものであっただけに、日本経済再生のために実行すべき構 造改革の姿を大胆に提示できた半面、実際の推進力を持たないまま廃止されることとなってしまった。小泉総理には、こうした経験を踏まえ、現在内閣府の中に 設置されており、総理自身が議長役を務める「経済財政諮問会議」を構造改革断行のための推進機関と明確に位置づけ、積極的に活用することを期待したい。

「経済財政諮問会議」は、これまでのところ足下の景気情勢・株価動向などを踏まえて、不良債権の処理促進、株価対策、日銀の金融政策、緊急経済対策など 短期的な政策課題に偏った議論を行ってきたきらいもなくはない。ただし、中長期的課題についてより深く議論すべきであるとの民間議員からの強い要望もあって、
経済財政に関する基本的考え方

社会保障制度

社会資本整備

国と地方の役割分担

経済活性化
の5つの分野について、精力的 な議論を開始している。また、財政運営の基本的あり方について、本年6月を目処に「骨太の方針」を作成するとともに、11月頃には14年度予算編成の基本方針 を取りまとめた「14年度予算大綱」を策定・公表する予定であると言われる。さらに、民間議員からは、予算編成のあり方について、予算編成プロセスの透明化、 予算配分の重点化を目的に「概算要求基準など予算編成プロセスの改革」の必要性が指摘されている。経済財政諮問会議の役割を短期的な政策運営から中長期的 な構造改革推進にシフトさせるためには、小泉首相のリーダーシップの下で、これらの課題について、当面の景気動向とは関係なく、早急に基本的考え方を取り まとめ、その実行に向けたタイム・スケジュールを含めたアクション・プランを提示することが望まれる。

そもそも、わが国の財政を巡る基本的な問題を整理すると、第1 に、財政赤字の規模がフローだけでなく、ストックベースでも巨額に膨脹しているため、年々の赤字抑制といった視点だけは、財政のサステイナビリティー(持続可能性)を回復することが極めて困難になっていること、第2 に、プライマリー・バランス(国債の発行・償還・利払い費を歳入・歳出から各々控除した基礎的収支)の大幅な赤字に象徴される通り、中期的に政府長期債務残高の名目GDP比率が発散してしまうという意味で財政運営のコントローラビリティーが失われていること、第3 に、赤字拡大のメカニズムが制度的にビルトインされている結果として公的部門が肥大化するとともに、時代の要請にそぐわなくなった非効率的な資源配分が温存され続けていること、の3点に集約される。

こうした問題を解決し、中期的な財政の健全化を達成するには、質的に異なる2つのアプローチを並行して進める必要がある。

第1は、財政健全化に向けた中期的なグランド・デザインを描き、これに基づいた中期健全化目標(スタート時期、期間、具体的数値目標)を設定することである。勿論、開始時期は景気回復を待つ必要がある。景気回復後の赤字削減の実効性を担保する新法の制定も視野に入れるべきである(詳しくは、JRR2000年3月号オピニオン「財政健全化法の制定を」参照)。ただし、橋本政権時の失敗を教訓とすれば、財政再建(=財政赤字の量的削減)を自己目的化し、景気動向に関わりなく一律かつ硬直的な歳出削減目標を設定することは、避けるべきである。財政健全化は、10年程度の中期的タームで達成することを目標とし、目標自体も、プライマリー・バランスの黒字化などフロー目標と、長期債務残高を債務返済原資(税収-利払い費等義務的経費)の一定倍数(例えば10倍)以下に低下させるといったストック目標の双方を設定することが必要である。こうしたストック目標の設定は、年々の財政収支の改善だけでなく、国公有資産の売却・有効活用(証券化等)や既存事業の廃止・損切り、民間へのアウトソーシング、特殊法人等の民営化といった手段を通じて、国と地方政府のバランス・シートの健全化を促す意味で重要である。

第2に、以上のような財政健全化に向けた中期目標を達成するためには、次のような3つの制度改革に早急に取り組むことが必須条件である。こうした制度改革が伴わなければ、数値目標は絵に描いた餅に終わりかねない。

(1)財政・予算制度の改革
周知の通り、わが国の財政システムは、一般会計、特別会計、財政投融資、国から地方への移転支出(補助金、交付金)など複雑な制度の下で、各制度間の資金の流れが極めて分かりにくいシステムとなっている。また、概算要求基準(シーリング)など省庁別予算配分の仕組みが硬直的な予算配分を招く要因となっていることは夙に指摘されている。さらに、バブル崩壊以降は、景気対策として補正予算を組むことが常態化するなど、公共投資の規模の膨脹のみならず、個別事業の採算性や必要性が十分議論されないまま、非効率・無駄な投資がなされてきた。こうした問題点を克服し、限られた予算を真に必要な分野に重点配分する仕組みとして、「首相特別枠方式」が採用されてきたが、規模も小規模であり、現実には各省庁が看板を付け替えただけの事業も多く、実質的に省庁別・分野別の予算配分の硬直化は是正されていないなど限界が目立つ。小泉政権は、大胆な予算配分の重点化と効率的な財政の実現を目指し、次のような方向で財政・予算制度の抜本改革に取り組む必要がある。

(1)景気対策としての補正予算は、災害復旧や非常事態(大幅なマイナス成長などに陥る場合等)以外は原則として行わないこととする。単年度予算主義の弊害から脱却するためには、経済・財政運営の中期計画(中期経済見通しの策定が前提)を策定し、これに基づき年々の予算編成を行う。

(2)概算要求基準制度は廃止する。予算編成の基本方針だけでなく、重点配分分野の特定、主要な新規施策の妥当性の判断、既存施策の中で廃止すべきものの判断、大規模な個別事業・プロジェクトでの優先順位付けなどについて、内閣府が主体的な判断を行える仕組みを構築する。

(3)米国で採用されているCAP 度(社会保障費など義務的経費の伸び率に一定の制限を設ける方式)やPay- As- You- Go 制度(新たな裁量的支出の拡大 について財源<増税または歳出削減>を明示する方式)など財政支出のディシプリンを確保するための仕組みも導入する。

(2)国と地方の関係の見直し(補助金・交付金制度の改革) すでに述べたとおり、経済財政諮問会議は、社会資本整備のあり方、社会保障制度の改革、国と地方の関係の見直しを個別テーマとして各々審議しているが、これらは本質的に一体的な問題として捉える必要がある。例えば、平成13年度予算における補助金総額21 兆6,000 億円のうち、8割に相当する17兆4,000億円が国から地方公共団体向けの補助金となっている。また、補助金総額を分野別にみると、社会保障関係費が46.8%、公共事業関係費が19.5 %とこの2 分野で7 割近くを占める。補助金総額の一般歳出に占める割合が1980 年の45.1 %から平成13年度予算ベースで44.5%とこの20年間ほとんど変わっていないのは、公共事業や社会保障制度の改革ができないためである。

一方、地方交付税の段階的縮小・廃止が叫ばれながら、現実にできないでいるのは、国から地方への財源委譲を伴う抜本的な税制改革が実行できず、地方の自主財源確保が困難なためである。国と地方の関係の見直しとは、単なる財源配分の問題ではない。それは、公共事業の補助事業を通じた中央による地方統制システムを廃止し、地方が真に必要な社会資本整備は地方独自の財源調達で行うシステムに変革することであり、市町村を保険者とする新たな高齢者医療制度を構築し、その財源の大半を保険者たる自治体が税や保険料で自己調達できるシステムを構築することを意味する。要するにその本質は、国と地方の役割分担の再定義に他ならない。その意味で、123票もの地方票を獲得した小泉総理が自民党のバラマキ体質から脱却し、真の地方の自立と活性化に資する改革を断行できるかどうかが正に問われているといえよう。

(3)公会計制度の改革 わが国では、昨年秋にようやく国レベルでバランスシート作成が試験的に試みられた他、三重県など一部の先進的な自治体では公会計制度に企業会計原則(発生主義会計による将来債務の認識、固定資産の減価償却によるメンテナンス・コストの認識など)を導入しようという動きが広がっているが、地方全体で統一的な財務諸表を作成するまでには至っていない。また、国と地方の連結、国と公団・事業団などの公的企業との連結、地方政府と地方公社、第三セクターなどとの連結もなされておらず、特殊法人、公益法人などへの資金の流れ、経営実態の把握を通じた組織存廃の判断などが困難となっている。米国では複式簿記による貸借対照表、運営(行政活動)計画書、資金運用表などの財務諸表の作成が連邦政府に義務づけられている。
また英国では、エイジェンシー、地方自治体、特殊法人に対して発生主義会計が採用されるとともに、公務員の退職金などの将来コストが予算書に明記され、基本的には省庁の会計と連結させる形で公開されている。ニュージーランドでも国と地方を合わせた一般政府レベルの財務諸表が作成され、国有企業も連結対象となっている。さらに、英国やニュージーランドでは、キャピタル・チャージと呼ばれる資本コストの概念が導入され、政策評価や個別の事業の採算性評価に活用されている。わが国の場合、公会計制度の改革は、国や地方のストックベースでの財政危機の実態を国民・住民に示すというアカウンタビリティー向上の観点に止まっている感が強い。しかし、より重要なことは、

第1に、公会計制度の改革をテコにわが国の複雑な財政システム・カネの流れを明確にし、効率的な財政システムの再構築につなげていくこと、

第2に、公会計 制度の改革をトリガーとして、予算制度の改革に結びつけること、そのためには英国やニュージーランドのように決算情報の予算へのフィードバックが可能となるシステムを作り上げること、

第3に、資本コストまで含めた事業毎のコスト(原価)を正確に算出することで、個々の政策の必要性、コストの透明性、民間と比較した場合の採算性などを明示し、政策評価・事業評価の質の向上に結びつけることが重要である。要するに、公会計制度の改革と強固な政策評価システムの構築、情報開示の強化は、まさに三位一体として実行しなければ意味がないといえよう。

以上を要すれば、財政健全化とは単なる財政赤字の量的一律削減ではなく、資源配分の効率化・重点化を通じて、経済活性化に結びつけることに他ならない。構造改革もその意味においては、日本経済の資源配分を歪め、非効率化させているシステムの抜本改革と捉える必要がある。小泉首相の持論である郵貯民営化も単なる行政改革ではなく、リスクを取りうる民間主体となることを通じた金融システムの再構築と位置づけるべきであろう。当然のことながら、「痛み」を伴う構造改革を断行するためには、既得権益を打破し、既存の制度・仕組みを根底から見直す勇気と実行力が求められる。「自民党を変える。日本を変える」を旗印に掲げて登場した小泉首相に求められているのは、改革を断行する決意と熱意を持って「国民意識を変える」ことである。
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