Business & Economic Review 2001年05月号
【REPORT】
電子商取引(Electronic Commerce)についての日米比較研究
2001年04月25日 研究事業本部 青田良紀
要約
インターネット導入が企業活動に与えるメリットを考えると、受発注や商取引への活用が最も大きなものであると考えられ、部品調達・製品販売・広告費用の低減が図られている。インターネットが急激に普及してきたのは平成7年頃であり、電子商取引はそれ以降の事象であることから、電子商取引に関する先行研究はまだ始まったばかりの段階である。アメリカでは、取引費用低下効果などのメリットを実証するために、企業の事例研究をもとにして、電子商取引が企業活動に与える影響が論じられてきた。しかし、わが国における電子商取引に関する先行研究は、電子商取引の現状と課題を論じたものが現れつつあるのみである。本稿は、電子商取引に関する日米の環境相違を踏まえ、電子商取引導入による企業活動への影響を、アメリカ企業とわが国企業との比較により行う。
一般に、電子商取引とは、広義には「ネットワークを介した商取引一般」、「企業間(B2B)あるいは企業対個人(B2C)における電子データ交換(EDI)による商取引」を意味し、狭義には「インターネットを利用したオンライン通信販売」を意味する。他にも、政府内調整(G2G)、情報発信・収集(G2B、G2C)、公的なIT系の調達(B2G)、納税(C2G)、価格比較(C2B)および新たな財・サービスの市場として消費者間における競売市場(C2C)が示されている。なお、最近ではP2P(Peer to Peer)と言われる仲介機関(企業)を通さず、同種の事業を行う仲間同士の間で直接取引を行う形態がアメリカで生まれつつある。電子商取引のメリットとしては、i)取引費用の削減(取引が瞬時に行われることによる時間の節約と経費の低減)、ii)流通費用の削減、iii)設備投資の軽減、iv)取引市場の拡大、v)広告費用の削減などがあげられている。一方、電子商取引のデメリットは、i)実物が見えない、ii)セキュリティの問題、iii)取引の相手先が見えないため信頼性に欠ける、iv)異文化による障壁などがあげられている。
電子商取引の導入状況について、日米を比較した場合、アメリカの電子商取引における優位性は、OECD諸国における企業-消費者間(B2C)の電子商取引に関する指標を見ると明らかで、電子商取引額や小売における電子商取引浸透度、電子商取引利用購買者数、インターネット利用者に対する電子商取引利用購買者数、生産者年齢人口に対する電子商取引利用購買者数が他のOECD諸国と比較して圧倒的優位にあることなどに示されている。
日本における状況については、財団法人日本情報処理開発協会のアンケート調査によると、企業-消費者間の電子商取引実施状況は全産業で6.2%にすぎない。また、電子商取引の売上高に占める割合は、1%未満のものが65.9%と過半数の企業においては大きく浸透してはいない。企業間の実施状況を見ると、電子商取引実施企業の割合は全産業で35.7%であるが、製造業が50.6%であるのに対し、非製造業は27.5%にとどまっている。現状のわが国の企業間電子商取引は、製造業の生産財取引において主に実施されているがその規模はまだ過小の域を出ていない。
業種別の実施状況について、通商産業省アンケート調査「我が国情報処理の現状-情報処理実態調査」結果の数値を用いて見ると、各業種とも軒並みに電子商取引実施率が上昇している。最近時の平成11年度の状況を見ると、製造業の割合が高く、製造業全体では69.0%の実施率である。一方、非製造業全体では31.9%である。年間事業収入別に、業種ごとの電子商取引の実施状況を見ると、全産業では、年間事業収入が大きくなるにつれて電子商取引の実施率が高くなっており、大規模企業の方が実施率について高い。なお、製造業、非製造業別には、製造業における電子商取引が進んでいる。従業者規模別に見た場合も同様の傾向にあり、大規模企業の方が実施率が高い。しかし、従業員100人未満の小規模企業においても、非製造業ではやや低いものの一定の導入企業があり、電子商取引が中小企業にも浸透している。
アメリカにおける電子商取引の効果に関する先行研究によると、電子商取引の導入により、生産者である企業は価格の頻繁な微調整を強いられることとなったが、一方で価格分散が小さくなり、予想収益の設定が容易になったとされている。また、マーケティングなどの市場調査費用の削減、製品差別化が図ることができるようになったとされている。Goldman Sachs(2000)の研究によると、産業により差はあるものの、アメリカの各産業について総費用削減の可能性が示されている。
日本における実証研究は、データ入手の困難性から既存の統計データではその分析には制約があるため、情報化に関するアンケート調査を一部加工して電子商取引による効果を把握した。大阪市内の中小企業322社を対象として、「ネットワークを接続している」企業を「電子商取引実績のある企業」として分析した。分析結果について、年間売上高および従業員規模別に比較すると、企業規模が大きくなるにつれて電子商取引の実績率が上昇している。産業別に電子商取引の利用実績を見ると、製造業、卸売業では半数前後の利用実績がある。しかし、小売業やサービス業では1割程度とあまり電子商取引が浸透していない状況にある。企業の生産性への影響として、従業員1人当たり売上高(年間売上高/従業員規模)を企業の生産性と呼び、その統計値を電子商取引実績の有無別に見ると、全産業では、電子商取引実績のある企業の方が平均値で見ると生産性が低い。産業別でも、製造業、卸売業で同様の結果が得られている。しかし、小売業およびサービス業においては、電子商取引実績のある企業の方が、平均値で見ると生産性が高い。このように、わが国では、生産性に与える影響を見るに、企業-消費者間(B2C)の取引でその効果が表れていることがわかる。しかし、電子商取引の発展形態として、その取引額等企業活動における影響を見ても(B2C)から(B2B)に発展すべきであり、その意味でまだ遅れは否めない。アメリカにおける研究のように、製造業における電子商取引実施による効果はわが国では見られなかった。
電子商取引に関する日米の相違について、わが国はアメリカと比較して、電子商取引市場の規模では、15倍以上の隔たりがある。他にもインターネット広告市場については20倍以上、オンラインショッピングユーザー数ではなんと30倍以上もかけ離れている。インターネット商取引についても、アメリカが全世界の75.6%の市場シェアを占めており、わが国の5.1%と比較して圧倒的優位にある。さらには電話料金を含むインターネット等の通信料金にも、日米間に大きな格差が表れており、わが国の通信料金面における高コスト構造が見受けられる。また、ホスト数がアメリカと比較すると圧倒的に劣位の状況にあり、インターネットの使い勝手について諸外国と比較してまだまだ向上の余地がある。わが国の情報化投資は不十分であり、この点から見てもわが国はアメリカに大きく引き離されている。
アメリカ企業は電子商取引導入により、取引費用削減など大きな効果が与えられていることが明らかになった。とりわけ、電子商取引という、インターネットの活用により、中小企業においてもその導入が容易な項目について、本研究により、企業活動に与える貢献度の高さが見受けられた。一方で、わが国企業における電子商取引は、製造業で導入実績が非製造業と比較して進展しているものの、生産性向上という効果が表れているのは小売業、サービス業等の非製造業であるという皮肉な結果が導かれた。すなわち、わが国では、電子商取引の導入は手法の導入にとどまっており、具体的な効果が表れている段階にはないと言える。それは、日米の情報環境の相違により、ある程度の説明ができるものと思われる。現在、わが国企業を取り巻く環境は非常に厳しいものがあるが、電子商取引の導入により、アメリカ企業のようにその活路が大きく開かれる可能性がある。ただし、今後、わが国企業が、電子商取引の活用によって、さらなる飛躍を遂げるためには、日米の情報環境の相違が示すように、わが国全体としての情報化の進展に取り組んでいくことが不可欠である。また、電子商取引の導入が企業の生産性の向上に貢献することなど、IT関連投資の重要性を認識し、電子商取引のメリットを十分に活用した企業活動を展開していくことが重要である。