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Business & Economic Review 2001年05月号

【OPINION】
21世紀は経済原理を生かした経営力の時代-マクロとミクロをつなぐ政策を

2001年04月25日 調査部 金融・財政研究センター 菊森淳文


要約

わが国に漂う閉塞感を打破するために

わが国は21世紀が始まったばかりの今、どうしようもない閉塞感に襲われている。その原因は、個人消費を始めとした経済成長の鈍化、国・地方公共団体の巨額の財政赤字、各産業における財の価格低下が引き起こしたデフレ傾向の進行、雇用不安や老後不安、不良債権問題の未解決、そして何よりも、これらの諸問題を解決するための処方箋・政策が見えないことである。これらの諸問題を解決するために、これまで金融・財政政策を動員してきた結果が今日の現状である。今後、ポリシーミックスは不可欠であるとはいえ、金融面で政策金利を引き下げる余地は極めて小さく、またその効果をあまり期待できない。財政面でも支出の制約、景気を反映した歳入の伸び悩みから、経済成長のための有効な政策がどこまで提示できるかが危ぶまれている。筆者は、このような閉塞感を打破し、わが国が再び活力ある経済社会を築くためには、国・地方公共団体であると企業や組合であるとを問わず、経済原理を生かした収益性・生産性の抜本的な向上策を実行し、「経営力」を格段に高めることが不可欠であると考える。この点で、マクロ経済のフロー面の拡大を目標にするものの、その手段として、マクロの一つ一つの成員である企業・個人といったミクロを活性化させるところに立ち戻る必要があり、政策もこの観点から見直すことが必要である。ただし、当面はその前提として、マクロのストック面、即ち不動産の価値や、1,388兆円もの個人金融資産(2000年9月末)の中で最も価格変動性の高い株式の価値が安定することが望ましい。

団体社会から多様化社会へ

今、わが国の経済・社会が大きく変わろうとしている。既に数年前から規制緩和、金融ビッグバン、情報通信分野の自由化、年金制度改革、中小企業政策の転換など、これまでになかった大きな変革が段階的に行われてきた。21世紀初頭には、消費者行動の変化、会計基準や不動産評価方法の変更、産業・企業再編に伴う雇用の流動化等により、経済合理性に従った新しい価値観へと変化していくものと考える。こうしたことにより、個人・企業を問わず、一層多様化した社会へと変化するであろう。

そして、これは別の角度からみると、終戦以降に採られた国策の下でどの産業も一定の秩序を維持しながら、一律安定的な成長を遂げてきた経済・社会が終焉を告げ、産業・企業によって、収益性・成長性にバラツキが生じる経済・社会へと移行することを意味している。現に、伸びる産業・企業とそうでない産業・企業、富める者とそうでない者とが一層明確化してきている。京都大学の橘木俊昭教授によれば、1980年代以降、日本の所得分配の格差が拡大してきたが、最近、ベンチャー企業を始めとする新興企業の株式公開、外資系企業への労働力移転等により、更に拡大する傾向にある。富裕層に限定しなくても、家計所得の伸びは二極分化傾向にある。総務庁(現総務省)の家計調査によると、勤労者世帯の家計調査では、可処分所得の第I階級に対する第V階級の格差は91年をピークとして緩やかに低下していたが、96年から上昇し始め、98年には2.63倍、99年も2.62倍で、91年とほぼ同水準となっている。

企業・個人を生き生きとさせる社会をどう作るか

多様化する社会の中で、企業や個人を生き生きとさせるためには、まず、経済・社会のフロンティアを拡大し、成功へのチャンスを拡大させることが重要である。世界の歴史を振り返れば、国内経済に停滞感があり、政策が手詰まりになってきた時には、外交・海外進出・戦争等の「外」に活路を見いだすケースが多かった。今日では、「外」にも限界がある(戦争や国際紛争に訴えるべきでないことは当然である)ので、むしろ「内」を充実させることが必要である。その具体的な手段は、規制緩和と技術革新に求められよう。

規制緩和とは、規制のために資源の活用に何らかの制約があったものを自由に活用できるようにすることで、経済効率性を高めて、生産可能曲線を右上方へ拡大する効果がある。二次的には、新規参入による新たな競争条件の中で勝ち抜くため、既存企業は生産性・経営効率を高めて、財・サービスの価格が低下しても収益を確保し、競争のための新たな投資ができるようにする行動をとる。したがって、規制緩和は、一時的には既存企業の業績を悪化させたり、淘汰される企業を生み出す可能性があるが、業界全体の生産性が高まれば、経済成長に寄与できる。規制緩和は、現在は非効率な生産や商品・サービス提供を行っている企業や個人が、さまざまな経営上の工夫を通じて生産性を高め、効率化を図り、各業界や産業全体を拡大させることに役立つ。例えば最も生産性とは縁がないと考えられていた労働集約型のサービス業である理容・美容業においても、適正化規定という一種の規制がなくなり、異業種を含めたディスカウント形態での新規参入が相次ぐ中で、自らのサービス内容や経営方法を見直し、時間効率性を高める努力を図っている。規制緩和を経済成長に結実させるためには、企業や個人が生産性・経営力を高めることが不可欠である。

技術革新(イノベーション)は、経済的には取引費用(情報費用+制度費用)を低下させ、生産方法、商品・サービス提供方法を飛躍的に効率化し、以前であれば不可能だったことを可能にするという点で、フロンティアを切り開く最も重要な手段である。規制緩和と比べても、ほとんどの業種にかかわり対象が広い。技術革新の中でも、IT(情報技術)革命が、21世紀の経済に与える影響が最も大きいと考える。IT革命は、情報の非対称性や不完全性を修正して、完全情報に近い「市場化」を促し、次のステップでは、参加者を増加させることにより、市場を効率化させる効果がある。例えば、インターネットを使った電子商取引により商品売買の参加者が増え、需要と供給に関する情報が集まり、建築資材や書籍などの財の価格が安定し、市場の効率化が促進されるという現象は日常茶飯事である。そして、市場が効率化されることにより、消費者は一般的な財(コモディティー)を従来に比べて安価に入手できるようになる。また、競争を通じてさらに規制緩和を促すことになる。

経済原理を生かした経営力の時代

産業・企業の収益性・成長性にバラツキが生じる時代への移行は、既に数年前から起こっている経営環境の大きな変化と密接に関わっている。経営環境の変化としては、経済成長の鈍化・後退に伴う消費者の嗜好や行動の変化、代替・類似技術の出現等により、従来の顧客基盤が失われたり、規制緩和に伴う価格の下落により、同一商品では企業の採算が取れなくなったりするような、かなり重要な変化が顕著になってきている。これは、需給に影響を与える要因によって、財の価格・数量が経済原理に従って素直に反応したに過ぎないことが多い。この点からは、マクロやセミマクロがミクロに大きな影響を与えることは当然である。

ここで経営環境が変化する場合、従来のような物を作れば自然に売れるといった「プロダクト・アウト」の発想では対応できず、「マーケット・イン」の発想が不可欠になる。そして、経営環境の変化に対応できるような、経営戦略の構築と戦略を実行するための経営資源(人・モノ・金・情報)と経営管理技術・ノウハウといった「経営力」が必要になる。わが国では、自動車や電機といった一部の国際的な競争にさらされてきた産業では経営戦略が策定・実行され、成果を収めてきたが、いわゆる規制業種を始めとする大企業では経営戦略発想は必ずしも一般的ではなかったと考える。中小企業についても一部の企業を除くと、経営資源の不足を理由に、「経営力」を高める努力が行われてきたとは必ずしもいえない状況にあると考える。そして、一部を除いて最も「経営」を考えてこなかったのが国・地方公共団体・第三セクターや諸団体・組合ではなかろうか。しかし、中には、住民に与える影響の大きな施策に注力することにより、住民の顧客満足度を高めながら、事業の再構築を図り、歳出削減を敢行し、財政収支を大幅に改善したり、経営チェックが行われずに不正の温床にもなりかねないような組合の組織・運営体制を見直した幾つかの例がある。

経営環境の変化に直面したとき、対象顧客を変更して成長するマーケットに乗っていく戦略や、既存顧客に対して付加価値のある商品・サービスを提供する戦略など、さまざまな戦略がとれるが、これにより、経営環境の変化を自己革新の絶好の機会とすることも可能なのである。

経営力における経営戦略発想とITの重要性

このように経営環境が激変している環境下で、経営力のうち、最も重要なものは経営戦略発想である。経営戦略とは、経営環境の変化に対応するために、中長期的な視点に立って、「顧客」と「商品・サービス」の組み合わせを決定することである。そして、経営は常に競争の中で行うものであるから、競争相手から差別化できるような独自の組み合わせを自分のポジションとすることが必要であり、しかも、その「独自の組み合わせ」は、ライバルの追随などにも対応できるように、常に変えていかなければならない。経営戦略が的確である場合には、たとえその産業・業種は停滞・縮小に追い込まれていたり、過当競争に見舞われていても、4 ~5年は成長を続け、その間に新しい市場を開拓したり、業種転換まで成し遂げてしまう例も多く、経営戦略は継続を原則とする企業経営には不可欠である。そして多くの場合、そのような業種の勝ち組企業は、同業種の市場シェアを高めたり、新しい顧客ニーズを創造したりして勝ち残っているのである。例えば、今、業種としての不振が喧伝されている建設業界にあっても、新潟県のある企業のように、高齢化社会を背景として、独自に確立している安価な海外の集成材を利用して、提案型グループホームの建設を合理的な価格で提供し、売り上げで前年比2 割程度の成長を続けているところもある。もっとも、このような企業であっても、旧来の業種や市場にとどまっている限り、ミクロはマクロに従うから、成長には限界があることに留意することが必要である。

経営力の中で、今後、企業等の経営に大きな変革をもたらすことが予想されているのがIT(情報技術)である。ITの活用により、少なくとも管理・営業等に関するコストを飛躍的に低下させ、顧客情報の蓄積によりマーケティング戦略の精度と効率を高め、あるいは効果的な情報発信の手段を提供して、企業収益や企業価値を高めることが可能である。さらに、21世紀に重要性が増す「知識(ナレッジ)」という経営資源を企業戦略にどう生かすかが、差別化を成功させ、企業成長の鍵になると考える。また、電子商取引以外にも、ネットワークにより、医療・法律・技術等の専門的情報のニーズをマッチングさせる「ナレッジ・コミュニティー」も出現している。企業・組織内外のナレッジを効率的に収集・集積して活用するためにも、ITは不可欠な手段となろう。

経営力を高めさせる政策を

最後に、経営力を高め、生産性を高めるために有効な政策としては何があるのであろうか。経営力はあくまでも民間の問題であるが、政府は何もしなくてよいというのではない。まず、国家としての方向性、例えば、今後、日本は経済・産業面で何に注力していけばいいかを明確に示すことが必要である。その方向性は、日本のフロンティアを切り開くという点で、規制緩和・技術革新(特にIT分野)であると考えるが、重要なのは、これらを推進する際に不可避的に発生する軋轢を緩和し、資源(労働力・資本・財)の再配分を円滑に進展させる政策であろう。例えば、労働力であれば、規制緩和に伴う産業構造の変革により、若年層・中高年を問わず、産業間での労働力の再配分を行うことが必要であるが、そのための人材の再教育の機会提供や、一定の準備期間の賃金保障が必要となるであろう。資本についても、企業が事業再構築を行う際に必要となる円滑な資金供給や、創業・ベンチャー企業の資金調達手段の多様化を図る等の施策が重要である。これらの施策の一部は既に実施されているが、IT化のための再教育機会の提供など、不十分な施策も多い。さらに、わが国の政策を考えるとき、財政への配慮から、税制上の優遇措置に躊躇しがちであるが、上記の方向性に合致し、かつ国民的なコンセンサスを得られる政策については、企業・個人等に税制上の特典を与えてもいいのではないかと考える。

今後の国家運営・企業経営に共通して重要な点は、「スピード」「時間」である。これまでのわが国の歴史をみると、政策の大きな方向転換には時間がかかっていることが多かった。時間をかけてコンセンサスを得ながら、段階を追って進めていくことにより、内部での軋轢を避けてきたのである。しかし、それは平和時の場合であって、国難に見舞われた明治維新や戦後体制への変革は、極めて短時日のうちに行われている。今日のわが国が置かれた状況は、政治体制の変革を見込めない状況にあることから、あくまでも平和時の対応にとどまっているが、規制緩和と技術革新(特にIT )を後日振り返って見た場合、経済・産業史の中に、埋めることの出来ない大きな断層を生じている可能性が大きいと考える。官民とも、国内での軋轢回避を優先して、今できることをしなかったばかりに、国際的な水準から大きく引き離されてしまっていた、という事態に陥ることのないようにしなければならない。

そのためには、政策の方向転換と実行には「スピード」「時間」が重要な要素となる。規制緩和・技術革新の流れに沿った形で、しかもこれらによって生じる問題を解決するためにも実行を急ぐべき政策は、年金制度の変革をはじめとする社会政策、中小企業政策等、極めて多岐にわたっている。

構造改革を実行すべき時に、国家としてのフロンティアを切り開くための方向性を明示し、国民が豊かになるマクロとミクロをつなげる政策を立案し、政策をスピードをもって実行することが、今こそ必要ではないだろうか。
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