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Business & Economic Review 2001年04月号

【STUDIES】
不確実性とディスインフレ下の消費構造変化-家計行動へのマクロ~セミマクロ・アプローチ

2001年03月25日 新美一正


要約

本稿は、長期に亘り不振が続くわが国家計消費に関する以下の2つの問題意識に対し、われわれなりの回答を試みたものである。第1の問題意識は、消費は所得水準に依拠して決まるという従来の標準的消費理論に対する疑問である。このような主張は直観的に不自然であるばかりではなく、雇用不安や賃金格差の拡大といった家計が直面する種々のリスク要因の影響を十分に分析できない問題点がある。一方、第2の問題意識は、全体的なディスインフレ傾向の下でも各商品分野別にみれば価格変動パターンは大きく異なるという事実認識から提出された、家計が非対称な価格変動に対しどのように反応しているか(あるいはいないのか)という素朴な疑問である。

第1の問題意識に回答するため、われわれは本稿の前半部分(第2章~第5章)において、所得の不確実性を明示的に取り込んで定式化された消費-貯蓄関数を採用し、その計測作業を行った。その結果は以下の3点に集約できる。
第1に、家計消費は所得不確実性から支配的な影響を受けている。所得不確実性の影響を明示的にコントロールした後では、所得の期待成長率は消費成長率にほとんど有意な影響を持っていない。
第2に、貯蓄関数の推定結果から、将来不安の高まりが家計の貯蓄率を引き上げるという、いわゆる「予備的貯蓄仮説」の成立を支持する結果が得られた。
第3に所得ショックの影響は速やかに貯蓄行動によって吸収され、消費は異時点間のスムージングによって比較的安定的に推移することがわかった。

以上のファクト・ファインディングは、構造改革過程で拡大しつつある消費者間の所得格差を税制改革などによってさらに促進し、「消費の二極化」を進展させることによって消費拡大の起爆剤とする、という一部エコノミストが描く消費回復シナリオときわめて対立的である。シナリオ通り、富裕層主導の所得成長が実現したとしても、付随する所得不確実性の高まりによって、消費の成長は大きく減殺されてしまう可能性が高い。供給サイドの構造改革のみによって消費の回復が実現できるという主張にはかなりの無理があるように思われる。

本稿の後半部分(第6章~第9章)では、第2の問題意識に回答を与えるため、5費目分類による消費者需要関数を推定し、費目別の所得・価格弾力性を計測して、消費需要構造の変化を分した。

後半部分におけるわれわれの分析作業の結論は以下の4点に集約される。

第1に、総体的にみた消費需要構造には計測期間(75年1~3月期から99年1~3月期)を通じてそれほど大きな変動がなかった。「価格破壊」や「市場の自由化」が消費行動をとくに価格感応的にしているという事実は観察されない。「消費の二極化」を窺わせるような需要の所得弾力性における変動もみられなかった。したがって、供給サイドの強化と「消費の二極化」の2つを主柱とした消費回復論は必ずしも消費不振の実態を踏まえた主張とはいえない。
第2に、異なる費目の価格変動が他の費目の需要へおよぼす影響を表す交差価格弾力性の推定結果をみると、例外的に医療・保健、教育サービスなどからなる雑費費目に関わる推定値が比較的大きい値を示しており、しかもその符号はマイナスである。このことは受益者負担ないし財政悪化などの名目による安易な公共料金の値上げが、消費に対しかなり大きい負の影響をおよぼす可能性を示唆している。
第3に、費目別需要の所得弾力性推定値は飲食費と雑費が1を超え、他の3費目も1にきわめて近い値をとっている。さらに雑費を除く4費目需要の所得弾力性は横ばいないし緩やかな上昇トレンドを維持している。以上の推定結果は、消費行動の底流には依然として趨勢的な生活水準向上志向が存在することを示唆している。したがって、現下の消費不振を単純な消費飽和説で説明することは適切ではない。家計が直面する種々の不確実性要因を除去することができれば、消費不振からの脱出は十分に可能である。

本稿の分析を通じて、長引く消費不振に対して供給サイドの強化に特化した処方箋は無力であり、包括的なセイフティー・ネット構築に向けた政府の果たすべき役割がますます大きくなっていることが改めて示された。セイフティー・ネットの整備は「小さな政府」をめざす構造改革の断行と必ずしも矛盾しない。それによって消費者の不安心理が一掃され、消費の拡大を促して不況感を和らげる効果が期待できるので、構造改革推進論の立場からみてもむしろプラスである。
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