Business & Economic Review 2001年01月号
【論文】
2001年度わが国経済の展望-「自立型」成長に向けた政策の抜本転換を
2000年12月25日 調査部
要約
わが国経済は1999年春以降景気回復局面にあり、2000年に入って、輸出が引き続き景気回復を牽引しつつも増勢鈍化の兆しがみられる一方、IT関連分野を中心にした国内民需とりわけ設備投資の回復が加わり、外生需要主導型から国内民需主導型の景気回復パターンに徐々に移行する動き。もっとも、秋口以降、いくつかの先行き懸念材料が台頭してきており、景気が引き続き回復基調を維持できるかどうかについては予断を許さない状況。
まず、財政政策面の景気への影響についてみると、「日本新生のための新発展政策」(2000年10月発表)の効果が2001年前半に顕在化することが期待されるものの、厳しい地方の財政事情を背景に地方単独事業が大きく下振れる傾向にあり、総じてみれば今後の公共投資は水準を落とす方向。一方、金融政策面での影響については、財政赤字が拡大するなか、ゼロ金利解除を契機に市場金利は歴史的には大底をつけたとみられるが、当面は低位安定が予想されるなか、景気への影響は限定的。
中長期的にみた場合、財政・金融政策面で重要な変化は、バブル崩壊後一貫してとられてきた拡張スタンスが政策当局の意思にかかわらず事実上終焉した点。結果としての緊縮スタンスへの転換により、これまで政策依存によって問題解決を先送りしてきた分野は、最終処理を迫られていくことは避けられず。
原油価格上昇の影響については、わが国経済の原油依存度の低下を背景に、直接的な影響は限定的。もっとも、企業業績に鈍化の兆しのみられるアメリカ経済への影響が懸念され、とりわけ、アメリカの株価が下落すれば日本の株価へ悪影響が及ぶことには注意の要。
アメリカ経済の行方を展望すると、既往利上げや株価調整の影響から、今後企業収益の増勢鈍化が明確化し、景気の減速傾向が定着していく見通し。原油価格の一段の上昇等を背景にインフレが加速すれば、そのまま景気がハードランディングを余儀なくされるリスクは残るが、(1)IT革命の着実な進展、(2)柔軟な労働市場を背景としたリストラによる収益回復可能性、(3)減税・利下げといった政策のフリーハンドの存在、等を勘案すると、基本的にはリセッション入りは回避される公算が大きい。ただし、いずれにしろアメリカ景気の減速は世界景気のスローダウンをもたらし、わが国の外需寄与度を低下させる方向に作用。
IT景気の行方については、これまでIT産業分野を牽引してきた半導体・電子デバイス輸出や半導体投資の増勢は鈍化する一方で、IT投資やIT消費の一段の強まりが予想され、わが国のIT化の構図はこれまでの半導体とりわけその輸出に依存した構造から、より広がりのある多様な構造にシフトしていくことが期待可能。これに伴い、これまでのブームともいえるハイペースの持続は難しいものの、IT関連分野が引き続き景気回復をリードする公算大。もっとも、ITユーザー企業において、IT導入の生産性引き上げ効果は依然として不十分。
企業業績の見通しについては、アメリカ景気の減速が緩やかであれば、2000年度の2割増益の後、2001年度は1割増とテンポは鈍化するものの、増益基調は維持される見込み。2001年度も増益基調が維持できることが確認されれば、2000年央以降の株価の下落基調には歯止めがかかることが期待可能。
株価が落ち着きを取り戻せば、2001年度にかけて設備投資は、(1)増益基調の持続、(2)設備過剰感の後退を背景に、IT投資を牽引役に増勢が持続する見通し。もっとも、企業収益の増勢が鈍化していくことが、2001年度下期以降の設備投資をスローダウンさせる公算大。
一方、増益基調を背景に、所得・雇用環境は緩やかながらも改善傾向が展望でき、個人消費は緩やかながらも持ち直し傾向が続く見通し。もっとも、株価の低迷が続けば、高所得者層を中心に消費が盛り上がりを欠く可能性は否定できず。
わが国経済にとって必要な産業構造転換は依然として途半ば。一方、政府部門の改革についても、とりわけ抜本改革の立ち遅れが目立つ状況。こうしたなか、バブル崩壊不況後の経緯を振り返ってみると、(1)「グローバル・技術革新・市場化」を行動原理とする成長分野と、(2)「閉鎖性・硬直性・政府依存」を行動原理としてきた成熟分野との二極化状況が持続。この間、成長分野の広がりを背景とする国内民需の強まりは徐々にみられるものの、依然としてその経済全体に対する牽引力は限定的であり、基本的には、財政・金融政策や海外景気の動向に依存する「外生需要」の動きにより景気循環が発生。
こうした構図を前提にすれば、2001年度わが国経済を展望する際のポイントの1つは、「外生需要」に関し、財政・金融政策面でのプラス効果が期待できないもとで、輸出がどの程度のプラス効果を維持できるかであり、この点についてはアメリカ経済の行方が重要。
【標準シナリオ…回復続くも減速傾向のなか二極化拡大】
アメリカ経済は、インフレ加速が実現する前に景気の減速傾向が明確化し、2001年半ばにかけて緩やかに減速基調が持続。こうしたもとで、わが国経済は、2001年度入り後についても企業収益の回復基調が維持されるなか、基本的には設備投資主導の回復局面が持続する見通し。もっとも、公共投資・住宅投資等政策関連需要が減少傾向を強め、個人消費の回復が緩やかにとどまるなか、(1)アメリカ経済の減速明確化を受けた外需寄与度の低下、(2)企業収益の増益幅縮小を背景とした設備投資の増勢鈍化等を背景に、下期にかけて景気の回復テンポが鈍化する公算大。
【リスクシナリオ:調整圧力噴出でゼロ成長へ】
一方、アメリカ景気の動向次第では、より悲観的なシナリオを想定しておく必要。アメリカ景気失速・株価暴落が生じた場合、日本株価も下げ足を速め、先行き不透明感が蔓延するなか、設備投資の慎重姿勢が強まり、わが国経済は2001年度半ば以降、後退局面へ移行する恐れ。
公共事業や海外景気といった「外生需要」への依存無しの、いわば景気の「自立型」回復を実現するためには、真の意味でのIT革命を通じて潜在成長力を高めることが必要。そのためにはまずもって民間部門が、企業間取引慣行・企業組織・人事制度全般を「競争と協働」を原理とした新しい仕組みに組み替えていく努力を、引き続き継続していくことが不可欠。
同時に、政府部門の抜本改革も不可欠。現状の肥大化した政府を放置すれば、成長機会の縮小や高コスト体質の残存を背景に、ようやく台頭しはじめた成長分野の有力企業や優秀な人材が今後海外に流出してしまう恐れ。政府はこれまでの従来型総需要政策に終止符を打ち、成熟分野の最終処理を促すと同時に、IT革命の速やかな進展をサポートし、経済成長の持続を可能とする財政の健全性を取り戻す方向に、政策スタンスを抜本的に転換することが急務。
もはや従来型政策による景気浮揚が事実上不可能となった現在、先行きの景気動向にかかわらず、政策の抜本転換を躊躇(ちゅうちょ)している余地は無し。むしろ、景気回復の展望が可能な今のうちにこそ真の改革に着手することが必要であり、それによって市場・国民の信任回復を通じて株価および企業・個人マインドが回復すれば、景気回復の持続と改革推進の両立が展望可能。