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Business & Economic Review 2003年10月号

【POLICY PROPOSALS】
わが国新産業創出力の強化に向けて-拡大するコーポレート・ベンチャリング

2003年09月25日 藤井英彦


要約

  1. わが国経済の先行き不透明感が依然根強く残存している。これには、少子高齢化の進行や構造改革の進捗遅延など、様々な要因が指摘されよう。しかし、根因はリーディング産業の不在にある。
    戦後わが国の長期にわたる経済成長はリーディング産業の相次ぐ台頭によって実現されてきた。すなわち、1950年代の繊維工業、60年代の鉄鋼や石油化学、造船、70年代以降の自動車や電機、一般機械である。その成長メカニズムをみると、時代の経過とともに、賃金など、安価な生産コストによる価格競争力は次第に後退し、代わって、技術革新や製品開発による新市場の創出、あるいは生産技術向上による開発期間の短縮など、非価格競争力の強化が成長の源泉となった。一方、プレーヤーの観点からみると、単に大企業や中堅企業など、既存企業が競争力を一段と強化するのみならず、ソニーやホンダに代表される通り、ベンチャー企業の牽引力も強力であった。加えて、産学連携でも様々な成果が実現され、大学など、研究機関も新産業創出の重要な役割を担ってきた。
    しかし、90年代入り後、新市場を創出し、リーディング産業を生み出す活力に翳りが拡がっている。すなわち、単に低付加価値製品の生産拠点が国内から海外へシフトするのみならず、半導体や医薬品に象徴される通り、最先端分野でも海外企業がわが国企業に先行するケースが次第に増えてきた。その結果、戦後長らく経済成長を支えてきたわが国新産業創出メカニズムが機能不全に陥ったのではないかとの懸念が拡大している。

  2. そうした危機意識をベースに、近年、特区構想や規制緩和など、経済再生に向けた様々な施策が打ち出されてきた。とりわけ、新産業創出の分野ではベンチャー企業や大学発ベンチャーの活性化に中心的位置付けが付与されている。その根底には、大学をはじめとしてわが国の基礎・応用研究は世界的にも高水準であるだけに、技術シーズをベースに新たな市場を創出する事業化スキームの整備が問題の核心という認識がある。
    確かに、従来型の研究開発スタイルを固持したままでは、わが国企業が現状を打破し、新産業の旺盛な創出が実現される公算は小さい。IT革命によって情報コストが飛躍的に低下したためである。その結果、プロジェクトごとに最適なチームを世界規模で組成し、技術や市場の変化に即応して研究開発を進める柔軟かつオープンな推進手法が可能となる一方、それによって研究開発スパンの飛躍的短縮が実現され、スピード競争が加速されたためである。その端的な事例が、研究開発競争でわが国企業が海外企業の後塵を拝するに至った、半導体や医薬品など、最先端分野である。
    このようにみると、少なくとも、わが国企業がこれまで得意としてきた社内開発を中心とし、大学や他企業など、社外資源を活用する場合でも、原則としてチーム構成の見直しを行わないクローズドな推進体制だけで、国際的なスピード競争を勝ち抜いていくことは、もはや容易でない。近年、ベンチャー企業や大学発ベンチャーなど、技術開発型起業を通じた新産業創出策が政策面からも積極的に推進され始めた背景には、わが国経済・産業を巡るそうした構造変化がある。

  3. しかし、90年代後半にアメリカで盛行したベンチャー起業モデルは現在も有効であろうか。そうした観点から、近年の米欧企業の動きをみると、ベンチャー起業モデルが下火になる一方、コーポレート・ベンチャリング、すなわち、ベンチャー企業と既存企業が協力して新規事業やニュービジネスの創出に取り組む起業モデルが次第に台頭している。
    そこでまず、現象面に即してみると、a.2001年以降、コーポレート・ベンチャリング件数が増加し、b.コーポレート・ベンチャリングの動きがアメリカ企業から欧州企業に拡がる兆しがみられ、c.投資分野が各企業のコア事業を中心に多様なエリアに及んでいる、などの変化が看取される。
    次に、そうした動きを整理してみると、コーポレート・ベンチャリングが台頭してきた要因として、次の点を指摘することが出来る。まず、IT革命による事業環境の変化である。すなわち、IT 革命によって情報コストが飛躍的に低下し、距離や時間、さらに国境や企業など、物理的障壁を超えて情報が行き交うことが可能になった結果、研究開発から新市場創出に至る一連の事業化プロセスでも、企業や大学、研究機関など、組織を跨ってアライアンスを組成し、スピィーディーにプロジェクトを進めることが可能になった。
    次に、このモデルにはベンチャー・モデルを上回るメリットがあることである。とりわけ、ベンチャー企業の技術シーズと既存企業の販売力や資金力との融合によって、新市場創出に向けた推進力が総合的に強化される点が重要である。ベンチャー企業からみれば、技術シーズの向上だけに専念すれば良い一方、既存企業からみれば、社外資源を活用することで研究開発に伴うリスクや資金を圧縮しながら、最先端の技術・市場動向に関する最新情報を入手出来る。加えて、一国経済全体としてみると、有望な技術シーズが販売力や資金力不足によって事業化出来ない、いわば技術と市場展開力とのミス・マッチを克服しながら、市場動向に敏感な既存企業の厳しい選別を通じて、分野とボリュームの両面で、新市場創出に投入される経済資源の最適化が図られる。
    さらに、a.技術と市場の変化スピード加速に対応するために、国際的規模でアライアンスを活用する動きが増大する一方、b.急速に変化する市場動向への適応には、大学や政府セクターよりも、企業セクターが適切であるなか、開発研究のみならず、基礎・応用研究でも近年企業セクターの役割が急速に増大しており、企業が中核となって多様なリソースを活用する柔軟な研究開発スキームの必要性が一段と増大した、の2点も看過出来ない。

  4. わが国経済・企業には、チーム・ワークをベースとする組織原理や、取引関係企業が一体となった業務推進スタイルといった特質がある。こうした特徴は、総じて欧米など、海外企業に見られず、わが国経済・企業の強みの源泉である。一方、コーポレート・ベンチャリングの成否は、企業や大学など、組織間の連携の巧拙に大きく左右される。これらを総合してみると、ベンチャー起業モデルの後退とコーポレート・ベンチャリングの台頭は、わが国にとって、新規事業創出を起爆剤に経済の再生や産業の高度化を実現する絶好のチャンスと位置付けることが出来る。
    もっとも、少なくともこれまでのところ、わが国でコーポレート・ベンチャリングの活用は低調である。これには、a.社内開発など、クローズドな推進体制の方が、知財やノウハウをブラック・ボックス化するなど、ナレッジの社外流出を回避し、競争優位の立場を維持しやすい、b.ベンチャー企業や産学協同プロジェクトは年を追って増加しているものの、アメリカなどと比べてみると、依然として隔絶した格差があり、市場規模が小さいため、参画出来る企業が事実上限定される、などの要因が指摘出来る。
    しかし、大学やベンチャー企業など、他組織とのアライアンスに対するわが国企業の姿勢を国内外で対比してみると、国内では消極的であるものの、海外では一段と積極化しているうえ、コーポレート・ベンチャリングを活用する企業も少なくない。こうした点を踏まえてみると、使い勝手の良し悪しなど、アライアンスやコーポレート・ベンチャリング活用を巡る内外の制度格差に起因する公算が大きい。

  5. 無論、知的財産権制度や迅速な紛争処理システムなど、新規市場創出に向けたインフラ整備では積み残された課題が少なくない。加えて、積極的にリスクに挑戦する旺盛な起業マインドや、新市場の所在や要素技術の活用方法を的確に見抜く洞察力を備えた人材育成も重要な課題である。
    しかし、これらの問題の克服には総じて中長期的な取り組みが必要である。新産業創出に向けたスピード競争が国際規模で激化している現下の状況に照らせば、まず新市場創出メカニズムの始動・定着に向けて、コーポレート・ベンチャリングのスキーム整備を図るべきである。すなわち、コーポレート・ベンチャリングの本格化に不可欠な有力なベンチャー企業の育成に向けて、現在、推進中の新産業創出政策を引き続き強力に推進する一方、国内でもコーポレート・ベンチャリングの使い勝手を良くするための制度改正を断行することである。とりわけ、a.企業セクターが研究開発推進の中核という新たな位置付けのもとで、研究開発体制を一段と強化、b.LLC や NPO 型研究機関などを創設したり、営利企業との連携やM&A など、組織形態を超えた柔軟な事業展開を可能にするシームレスな法人制度の構築、c.二重課税制度の見直しやインセンティブ税制の導入、法人税実効税率の引き下げを中心とする現行税制の見直し、の3点は焦眉の急である。
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