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Business & Economic Review 2002年10月号

【STUDIES】
市場規律活用型の監督行政-その効用と限界

2002年09月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 翁百合


要約
  1. 近年、銀行の経営に関する監視をできるだけ市場に任せていくという市場規律活用型の監督行政が注目を浴びている。バーゼル銀行監督委員会でも、わが国の金融庁も、こうした方向の監督行政を志向している。本稿では、こうした監督行政が、具体的にどのようなものであり、どのような効用や限界、課題があるかについて、明らかにする。

  2. 市場規律活用型とは、経営に関する監視を市場の価格メカニズムに期待するかたちの規律づけという意味で用いられる。株価は主に経営者に対して収益向上に対するプレッシャーとして働き、企業の債務償還可能性に対する評価としての負債の利回りは、経営の健全性に対するプレッシャーとして働く。市場価格が銀行経営の健全性に対するプレッシャーとして働くルートは、負債価格の変動を通じて直接銀行の健全性を高めるよう経営者に働きかけるというルートと、これを監督当局がモニターし、何らかの活用を図ることによって健全性を高めるという間接的なルートがある。市場規律活用型監督行政とは、こうした多様なルートを積極的に活用する監督政策である。

  3. 市場規律と監督当局による規律の関係は多面的である。市場規律は、多くの市場参加者のチェック・アンド・バランスによって形成されるという意味で多様な情報が反映されたり、経営のインセンティブと整合的である、という優位性がある。また、市場規律は監督当局の規律づけに対して情報の収集という点で補完的な役割も果たす。一方で、市場のシグナルを通じて預金者による預金取り付けを起こしたりするというように、とくに経営状況が相対的に良くない場合に、市場規律が強く働きすぎ、監督当局による規律づけと対立する局面もある。

  4. 監督当局による規律づけを補完する市場規律のシグナルとして適切なのは、劣後債利回りである。アメリカの監督当局でも劣後債利回りの情報を株価などとともにモニターし、実際監督政策に活用している。

  5. わが国の場合、銀行社債、銀行劣後債市場の厚みは、発行銀行数が少ないことから極めて薄く、また投資家の保有インセンティブが高いことから流動性も乏しい状況にある。さらに、これに代わる信用リスクを反映する指標としてのクレジットデリバティブ市場などについても、外人投資家の活用が多く、投機的な動きが多いといった特徴を持つ。このような状況では、市場規律活用型監督行政といっても、これらの市場情報を主軸にするにはあまりに力不足の状況であり、補完的に活用していくのが精一杯である。当局にはこうした市場の厚みを増していく努力と、これら市場データと倒産確率との関係などの分析を深めていく努力が求められる。

  6. 監督行政に収益目標を反映させる、という考え方については、現行の自己資本比率規制を前提とする限り、収益性の目標を例えば早期是正措置などにビルトインすると、その規制体系は矛盾をはらむことになる。こうしたことを惹起させないためには、自己資本比率規制の体系を変革したり、株式市場からの収益性向上に対するプレッシャーがより効果的にかかるような環境整備を展望すべきであり、当局が市場に直接介入しない方向が望ましい。

  7. バーゼル銀行監督委員会など国際的な場で議論されてきているのは、情報開示内容の自主性をどのように担保するか、という問題である。自主性を重んじていく方向は基本的に望ましいが、比較可能性が担保されない、といった問題や、情報内容が経営の実態を反映しなくなる、といった問題も指摘されている。しかし、金融技術進歩の速さや、リスク管理向上インセンティブとの整合性、ビジネスモデルの多様化などを考えた場合、監督当局が画一的なガイドラインを出す、というアプローチのみでは限界があることは明らかであり、当局は金融機関の自主的な経営情報開示を促す触媒として機能する方向が望ましい。

  8. 最近のアメリカの金融資本市場の動向をみても、市場規律には様々な限界があることが露呈している。市場規律の限界と、監督当局による規律づけの限界を認識し、当面相互補完的に金融機関の健全性と収益性向上を正しい手法で促していくことが、金融システムの活性化と安定化のために重要である。
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