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Business & Economic Review 2003年09月号

【OPINION】
基礎年金改革の議論を進めよ

2003年08月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 翁百合


公的年金改革の議論がさかんに行われているが、負担と給付の調整を巡る現行の制度を前提とした議論が進む一方で、年金体系の改革の議論にはなかなか踏みこめていない。とくに、基礎年金については、いわゆる国庫負担2分の1引き上げ問題に議論が集中してしまっている。しかし、本質的に重要なのは、むしろ基礎年金の今日的意義、そのなかでの基礎年金における国庫負担の意義と、中長期的な財源の在り方を議論することではないか、と思われる。

  1. 現行基礎年金の仕組みと成り立ち

    筆者は、現行の公的年金制度で顕在化している大きな問題点は、基礎年金の体系を考え直さないと本質的な解決にはつながらないのではないか、と考える。問題点を指摘する前に、まず、現在の基礎年金の仕組みを簡単に述べておこう。
    わが国の基礎年金は、いわゆる「社会保険方式」とよばれる方式であり、保険料を納付して、その納付実績に応じて定額の年金が支払われる仕組みとなっている。基礎年金は、1985年当時、まだまだ多かった第一次産業(農業従事者)も含めて、全国一律の「国民皆年金制度」が必要であるとの考えから導入された制度である。そもそも所得の捕捉が難しく、しかも所得が必ずしも安定的でない自営業者や農業従事者に対して、社会保険方式の年金制度はなじみにくいという議論もあったようであるが、皆年金の実現という政策目的を実現させるために、保険料を定額納めることによって、定額の年金が受け取れる仕組みを導入したのである。サラリーマンについてはすでに厚生年金制度が存在していたが、制度は分立したまま、従来から存在した報酬比例部分の一部を財源として、全国民共通の基礎年金が提供されるかたちとした。現在、その基礎年金の3分の1が国庫負担となっているが、国庫負担の根拠や3 分の1 という水準の理由は、必ずしも明確なものとはなっていない。

    一般に社会保険方式を採用している利点として、保険料を支払った者しか年金を受け取ることが出来ない、という意味で受益と負担の関係が明確である、という点が指摘されることが多い。しかしながら、a.基礎年金は積み立て方式ではなく、賦課方式(同時代の世代間の助け合いの仕組み)をとっているため、自ら積み立てた保険料と受け取る年金とに明確な1対1の関係があるわけではなく、またb.国庫負担の存在により、受益と負担の関係が明確である、というメリットは必ずしも当てはまらなくなっている。むしろ、月額1万3,300円という定額で基礎年金の保険料を負担することは、高い所得層の保険料負担割合が低くなる、という意味で逆進性を生んでいる、といった問題点や、徴収にかかるコストが高い、という問題点が指摘されるようになっている。

  2. 現行基礎年金制度の問題点

    以上述べた基礎年金制度の本質的な問題に加えて、現行基礎年金制度で顕在化している問題点は、次の通りである。第1に、未納・未加入者の拡大に伴い、年金の空洞化を招いている点であり、これがさらに年金不信に輪をかけるというかたちで不安の増幅が起きているという点である。まず、2002年度の保険料納付率は62.8%と、前年度から8ポイントも低下している。また、過去2年間全く保険料を納めなかった未納者は327万人、第一号未加入者は64万人で、公的年金加入対象者の5.5%である。さらに、免除者は376万人となっている(未納・未加入との合計で公的年金加入対象者の10.8%)。この最大の原因は、賦課方式の下では、少子高齢化が進めば、確実に負担と給付の関係(現状で負担は月額1万3,300円、給付は月額約6万7,000円)がより厳しくなることが予見されるため、若年層を中心に年金の定額給付のために自ら保険料を納めようというインセンティブが起こらないことにあると思われる。しかも、これによって引き起こされるさらに複雑な問題は、国民年金の未納者が増えれば、基礎年金拠出金単価の上昇というかたちで、サラリーマンの年金である厚生年金や共済年金から余計に基礎年金に財源が拠出されることになり、しかも、免除期間に相当する給付分は特別国庫負担とされる点にある。すなわち、基礎年金は産業構造の変化に対応し、制度を安定的に運営するためにサラリーマンの現役が、農業専従者や自営業者OG・OBを実質的に支えている所得再分配政策がビルトインされている。サラリーマンと自営業者の間で目に見えないかたちで所得再分配が行われるため、サラリーマンのサイドからは制度間の不公平感が常に残り、厚生年金などの年金財政にも影響を与えてしまう構造となっているのである。

    第2の問題点は、現状のままでは、第三号被保険者という1,133万人(公的年金対象者の約16%)もの極めて大きなグループの扱いについて、明快な答えを出すことが出来ないことである。第三号被保険者は、基礎年金の受給者となっているが、個人単位でみた場合は、所得がないということで、負担を免除されるかたちとなっており、第一号、第二号被保険者からの批判が高まっている。こうした第三号被保険者制度を抜本的に改革し、公平を担保しようと思えば、第三号被保険者に負担を求めるか、給付を削減するというような調整にならざるを得ない。しかしながら、第三号被保険者自身には保険料の源泉となる所得がないというネックがあり、明快な問題解決は困難となっている。

    以上のように、公的年金の加入対象者で、未納、未加入、免除者、第三号被保険者といった個人単位で負担をしていない、または免除を受けている人は、1,900万人程であり、公的年金の対象者全体の3割弱にものぼっている。

    こうした問題点を解決するためには、短期的にはもちろん、現在社会保険庁が努力しているように保険料徴収体制を一層強化することが重要である。また、第三号被保険者に対しても何らかの負担調整案または給付調整案を工夫する、といった対応策がある。しかし、これらの対策は、先ほど述べた通り抜本的な解決につながるとは考えにくい。最終的には、a.所得捕捉体制を整備して、厚生年金を自営業者なども加入可能な所得比例年金にするかたちで年金制度を一本化し、b.低所得者に対する最低生活保障分を年金目的消費税を中心とする国庫負担で対応する、という方向で解決を図っていく必要があるだろう。すなわち、スウェーデン型のような方向を目指して改革を行うことを今後の有力な選択肢として考え、現行の仕組みや、経済団体などから提案されている基礎年金全額消費税方式などと、比較検討していくことが必要である、と考えられる。

  3. 新しい年金制度体系の検討の視点

    (1)年金制度の体系
    新しい年金制度の体系としては、他の多くの先進国と同様、年金制度は被用者を原則対象とし、これに自営業者も加入出来るかたちとする所得比例年金に一本化する。所得比例年金とすることにより、自営業者などの年金加入インセンティブを高めるようにする。これに、低所得者向けに最低保障年金を補完する。現行の基礎年金制度とは異なり、所得比例年金は国庫負担分による最低保障年金との関係は断ち切られ、所得分配政策と切り離され、完全に個人単位のものとなる。このため、原理的には国で運営することも、民営化することも可能となる。そして、国庫負担による最低保障年金は、低所得者層のための所得保障として位置付けられ、明確な所得再分配政策として位置付けられる。一定の所得のある自営業者などは所得を申告したうえでの強制加入とするが、前述の通り所得額が高く保険料が高くても、将来もらえる年金額も増えるため、申告のインセンティブは、従来より高まるはずである。こうした制度は、国民皆年金の旗を降ろすようにみえるが、国庫負担で最低保障年金を提供すれば、実質的には国民に基礎的な年金を提供することは可能となる。

    (2)国庫負担の主要な税源は年金目的消費税
    最低保障年金については、消費税を主要な財源とすることが考えられる。それは、未納問題や第三号問題がその解決に向けて、大きな前進をみるからである。なお、スウェーデン型に移行する場合には、夫婦間の年金は分割しておくことが適当であると考えられる。一般的に、年金を消費税財源とするデメリットとして、a.社会保険方式の年金で実現されている自助自立の精神から離れ、また負担と給付の関係が明確でなくなるため、給付の削減が不可能となる、b.消費税は他の税に比較すると逆進性がある、c.財政事情が厳しくなった場合に、年金が保障されなくなる可能性がある、d.国庫負担で年金を最低保障する場合、低所得者層のモラルハザードを招くのではないか、といった点が指摘されることが多い。とくに、a.とc.は、基礎年金を全額消費税にするといった提案に対して、寄せられる批判に多い。

    しかし、国庫負担を最低保障年金とする年金体系であれば、a.の観点は、いわば年金制度そのものを社会保険方式の所得比例年金で一本化するため、原則として年金は自己責任、低所得者のミニマムな分については保障するという点で、現在の仕組みよりも負担と給付の関係が明確となり、国庫負担の意義も明確になる考え方であろう。d.については、最低保障年金の水準をあまり高くせず、しかも、年金を適用する最低所得水準を引き下げ、所得捕捉体制を整備すること、また最低保障年金を付与する際には、低所得者に対して厳格なミーンズテスト(所得・資産審査)を行うなどの工夫をこらすことによって、問題点をクリアする必要があると思われる。また、生活保護との調整をどのようにつけていくか、という議論も別途必要である。
    b.およびc.の観点については、基礎年金を全額消費税にする提案との比較も含めて詳細な検証が必要となる。仮に現在の基礎年金をすべて年金目的消費税とした場合、消費税は現状でおよそ5%程度、高齢化の厳しい2025年には8%強の消費税の増税が必要になると考えられる。しかし、最低保障年金とすれば、これより相当低い水準にとどめることが出来るであろう。
    一方で、現役世代の保険料負担は、基礎年金の保険料負担分(現行3分の2)が軽減される。その一方で、従来、年金のための負担を強いられていなかった高齢者や専業主婦が、自らの消費に応じて広く負担を負うこととなり、現役世代に偏らず、支え手を増やす方向には作用することになる。もちろん、家計がどこまで消費税の負担に耐えられるかの検証や、逆進性を緩和するために、食料品などの消費税率を緩和するといったことを検討する必要が出てこよう。
    基礎年金の保険料負担から軽減されるのは、企業部門も同様であり、これがどのようなかたちで経済の活性化に結び付き、経済のパイの拡大と税財源の確保に結び付いていくか、という検証も必要になろう。一方で、相続税、資産課税や所得税(例えば、公的年金控除の縮減分)で、年金目的消費税を補っていくという考え方も可能であり、これが出来れば、最終的な消費税率をさらに引き下げることは可能となろう。これらを総合的に考えると、最低保障年金のレベルにもよるが、財政事情が苦しくなった場合に、これが対応出来ないほどのものになるとは考えにくく、また、こうした体系にすることによる経済活性化へのメリットは大きいように考えられる。

    なお、基礎年金の財源を年金目的消費税にすることによって、徴収コストが引き下げられるメリットがあることも大きい。社会保険庁は、所得比例年金の保険料徴収だけをすればよいことになるから、徴収体制は相当程度効率的になり得るし、所得比例年金の民営化も可能になることから、社会保険庁をエージェンシー化したり、民営化していくことも展望出来ることとなる。一方で、社会保障番号を納税者番号制度に活用していくことも展望されれば、自営業者や金融所得の所得捕捉がより容易となり、税務当局にとっても、効率的な徴収体制が確保されることが期待される。

    (3)所得捕捉体制確立への課題
    さきほど述べたように、低所得者層のモラルハザードを招かないようにするためには、所得の捕捉が大きな鍵を握る。そのためには、a.ミーンズテストの実施、b.所得捕捉体制の整備(納税者番号制度の導入も含む)、といった課題をクリアしていく必要がある。諸外国における低年金者に対する税財源による最低保障は、フランスおよびカナダがミーンズテストを行ったうえでの最低保障を行っている。一方、スウェーデンでは、1960年分から個人の所得履歴の電子記録が存在しており、ミーンズテストなしでの最低保障年金の導入を可能にしている。
    また、自営業者に関しては、所得の捕捉が難しく、とくに資本性の所得に関する捕捉が困難である。例えば、近年ノルウェーが労働所得と資本所得に対する二元的所得税を導入した際に、この問題に直面している。二元的所得税制においては、労働所得の方が税率が高いため、自営業者は出来るだけ資本所得を多く申告するインセンティブが働く。このため、ノルウェーでは、資本所得の捕捉を、一定のみなし資本収益率(10%、内訳は機会費用としての利子率5%、投資のリスクプレミアム5%)を想定して、資本所得を計算し、そのうえで、所得を資本所得と労働所得に配分する、といったかたちで分配を行っている。わが国では二元的所得課税の議論も進められているが、所得捕捉の体制整備という観点からも様々な工夫がなされるべきであると考えられる。
    なお、所得捕捉に貢献することが期待される納税者番号制度は、すでに多くの先進国で実施されている。例えば、アメリカ・カナダは社会保障番号の任意使用を促すかたちで納税者番号制度を導入している。一方、北欧諸国では、住民番号を納税者番号制度に活用している。わが国でも現在の基礎年金を最低保障年金に進化させていこうとするのであれば、基礎年金番号を活用して納税者番号制度としても使えるようにしていくことが考えられる。

    (4)経過措置
    仮に新しい年金体系に改革していくとしても、これを実現していくには、時間がかかることが予想される。それまでの経過期間をどうすればよいであろうか。その間は、a.現状の全国民共通の基礎年金の税源を消費税化するかたちで改革を行い、高額所得者の年金について課税をして、スウェーデン方式に近づけていく、b.現行の制度で夫婦間の年金分割を行いつつ、個人単位化を図り、自営業者も含めた所得比例年金に一本化しながら、税源の比率を引き上げることなく、低所得者の所得捕捉体制の整備を行い、スウェーデン方式に近づけていく、という対応が考えられよう。少なくとも、いずれかの方向で基礎年金の空洞化を防ぎながら、スウェーデン型に近い最終的な着地点に持っていくことが必要であるように思われる。どちらの方策を選択するかによって、第三号問題の解決方法(年金分割をすべきかどうか)なども違う選択になっていくはずである。
    いずれにせよ、現行制度との比較を行いつつ、どのような制度が国民の信頼を取り戻せ、コストの低い持続可能な制度となり得るかについて、議論を深めることが必要である。
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