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Business & Economic Review 2003年09月号

【OPINION】
小泉構造改革の検証と政権運営3年目の課題-構造改革への具体的な道筋を確立せよ

2003年08月25日 調査部 金融・財政研究センター  湯元健治


構造改革を標榜する小泉政権が2001年4月に誕生して2年余りが経過した。そこで本論では、現時点での小泉構造改革の成果を具体的に検証するとともに、政権運営3年目の課題について、6月27日に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本指針2003(いわゆる「骨太の方針第3弾」)」に対する評価を含めて検討したい。

相反する二つの批判
これまでの小泉改革の評価に関しては、相反する二つの批判がある。
第1は、マクロの景気動向を軽視して構造改革を強引に推し進めたことから、デフレや経済悪化を深刻化させたとする批判である。これに対して、第2の批判は、本来行うべき抜本的な構造改革が骨抜き、あるいは先送りされているという批判である。以下、それぞれの批判について検証を試みよう。
まず前者の批判の妥当性を判断するために、この2年間の日本経済のパフォーマンスを振り返ってみると、デフレが深刻化するなかで株価の大幅な下落が生じ、これが金融不安の台頭や、失業率、企業倒産件数の増大をもたらすなど、マクロ経済パフォーマンスは著しい悪化を余儀なくされたといえる。とくに、この2年間の四半期ベースの平均成長率をみると、実質成長率が0.2%とほぼゼロ成長、名目成長率に至っては▲1.6%と大幅なマイナス成長を記録している。小泉政権以前の過去5年間の平均は実質で1.4%、名目で0.5%であったことと比較すると、この2年間の経済悪化がいかに著しいものであったかが分かる。もちろん、このような大幅な経済悪化の原因として、グローバル・デフレの進行、アメリカ経済・株価の落ち込みなど、世界的な環境悪化があった点は十分割り引いてみる必要があり、デフレ・経済悪化の責任がすべて小泉政権にあるわけではない。
しかしながら、小泉政権がデフレや経済悪化というマクロ経済環境の変化に対する柔軟性・機動性に欠けていたことも否めない事実であろう。
第1に、財政健全化目標に拘る余り、機動的かつ大胆な政策発動が制約されたことを指摘出来る。小泉政権発足当時の「国債発行額30 兆円以下」目標は、デフレ進行による税収の著しい落ち込みからすでに実現不能となっているが(平成14 年度補正後予算ベースで35兆円)、それに代わって設定された「2010年代初頭までにプライマリー・バランスを黒字化する」との数値目標に基づき、基本的に緊縮型の予算編成が続いてきた。この間、小泉政権は経済活性化を目的に、予算の7分野への重点配分、雇用530 万人創出プログラム、規制改革・構造改革特区などを打ち出してきたが、厳しい財政制約の下で、十分な効果が発揮されているとは言い難く、政策運営全般が経済活性化よりも財政健全化にウェートを置いたものであったことは否めない。
第2は、デフレ・株価下落に対する政権としての危機意識が極めて乏しく、対策が常に後手に回ったことである。この2年間の教訓が示唆することは、「構造改革に伴う痛みを我慢しなければならない」といっても、名目経済成長率がマイナスに落ち込むようなマクロ環境の悪化や株価の崩落を放置したままでは、構造改革そのものが進展しないということである。デフレの進行は、税収減や不良債権の新規発生を通じて、財政健全化目標や不良債権処理目標の達成をかえって遅らせることは、現実のデータが実証している。しかも、こうした環境下では、わが国の金融システムは金融機関の自己資本比率低下と株価下落の悪循環の発生によって機能不全に陥ってしまうことも、経験した。流動性預金のペイオフ解禁を巡る混乱は、この点についての小泉政権の認識が不十分であったことのまさに証左といえよう。
第3は、デフレやマクロ経済悪化の結果としての色彩が近年強まっている不良債権問題を逆に経済停滞の原因として位置付け、不良債権の最終処理促進に政策の重点が置かれる一方、不良債権の裏側にある企業の過剰債務問題を克服するための産業・企業再生の視点が十分でなかったことである。実際、全国銀行ベースの過去6 年間の不良債権処理額は年平均9兆6,000億円に上っているが、新規発生額はさらにそれを上回る11兆3,000億円に達したと試算され、新規発生が止まらない限り不良債権問題は終結しないことを裏付けている。不良債権問題は、ミクロの経営努力をはるかに超えたマクロ的問題であるという認識の欠如が、金融不安をいたずらに増幅させたともいえよう。

抜本改革はこれからが正念場
それでは、抜本的な構造改革が骨抜きないし先送りされているとの批判については、どうみるべきであろうか。この点に関しては、a.「経済財政諮問会議」という新しい政策決定の場を活用して、従来型の与党・官僚主導の政策決定プロセスを政府主導に変えようとしていること、b.中期的な視野から構造改革のビジョンと具体的な方向性を「骨太の方針」として示すとともに、「改革工程表」という形で具体的なスケジュールを明示していることなど、従来の政権にはなかった新しい手法で政策運営を行おうという小泉政権の決意とスタンス自体は、高く評価されよう。改革を断行するための新しい仕組みの構築と同時に、国民に対する改革への支持をいかに確保するかが改革を持続・成功させるキーファクターであるからである。
もっとも、これまでのところ、個別の構造改革について際立った成果が得られているとは言い難く、抜本的な改革の成否は、今後の小泉首相自身のリーダーシップと決断にかかっているといえる。この点、小泉政権にとって生命線ともいえる重要な構造改革への取り組みに対して、切り込み不足との批判は免れ難い。
第1 に、小泉改革の目玉ともいうべき郵貯民営化・特殊法人改革などで民営化など大胆な改革の方向性を打ち出した点は評価されるものの、実質的な改革論議が行われたものは道路関係四公団や住宅金融公庫など先行7法人にとどまっており、全体として改革の歩みは鈍いと言わざるを得ない。すなわち、郵政三事業の民営化については、当初の首相の意気込みとは裏腹に、最終的には、a.特殊会社、b.3事業を維持する完全民営化型、c.郵貯・簡保廃止による完全民営化型の3類型が提示されたにとどまり、郵政公社の発足とともに民営化論議はたな晒し状態となっている。他方、特殊法人改革についても、対象特殊法人118法人中、廃止17、民営化など45、独立行政法人化38、その他(現状維持・未定)18と数字のうえでは、一応の成果が上がっているかにみえるが、a.廃止については、整理後、新法人に移行するものが大半である、b.民営化などについても、本当に民営化といえるものは19 にとどまっている、c.独立行政法人に移行する法人に対しても引き続き政府からの出資金・融資・補助金が出ている、などの点で改革自体が骨抜きになりかねない危険性を孕んでいる。
第2に、地域経済活性化の切り札として期待され、今回の骨太方針第3弾のなかにも盛り込まれた「構造改革特区」を活用した規制改革についても、一定の前進はみられるものの、各省庁の頑強な抵抗の下で決して満足とはいえない内容にとどまっている。すなわち、昨年8月以降、地方公共団体から2次にわたり提案された特区構想数は1,077件(規制緩和件数では804件、このうち特区で実現可能と判断されたものは140件)に上ったが、最終的に本年4月の第1次申請では129件、うち認定件数は117件と当初の期待を大きく下回るものにとどまっている。一方、総合規制改革会議が本年2月に重点検討項目として掲げた7分野12項目の規制緩和についても、株式会社などによる農地取得の拡充、労働者派遣業務の医療分野への対象拡大など3項目が認められたものの、大半は「特区での状況をみながら検討」、「対象を限定する形で一部実施」など、実質的には結論を先送りする内容となっている。
第3は、年金・医療などの社会保障制度改革、国と地方の補助金・交付金・税源移譲を一体的に改革する「三位一体改革」など構造改革のなかでも最大のハード・コア分野での改革に、遅れが目立つことである。すなわち、年金制度改革については、本年4月にそれまで凍結されていた厚生年金のマイナス物価スライドが実施された以外は、厚生労働省から「年金改革の骨格と方向性に関する論点2002 年12月)」が公表されたにとどまっている。基礎年金国庫負担の2分の1への引き上げ問題も、財源不足を理由に先送りされた。ま、医療制度改革については、2002年度改正において「三方一両損」の名の下に、a.患者窓口自己負担の引き上げ、b.保険料の引き上げ、c.診療報酬の引き下げが実施されたが、懸案の高齢者医療制度の創設や骨太方針第1弾(2001年6月)に盛り込まれた「医療サービス効率化プログラム(仮称)」の実施は、遅々として進んでいない。さらに、「三位一体改革」については、骨太方針第2弾(2002年6月)で「具体的な改革工程を含む改革案を、今後1年以内をめどにとりまとめる」と宣言したにもかかわらず、今回の骨太方針第3弾には、目標数値を含めた改革の具体的な姿が十分に盛り込まれたとは言い難い(詳しくは後述)。

小泉構造改革の何が問題か
小泉政権が掲げてきた「構造改革なくして景気回復なし」との改革理念は、バブル崩壊後の後遺症と少子・高齢社会の急速な進行など大きな環境変化が続く下で、資源配分を「官から民へ」、「国から地方へ」と大胆に変革することを通じて、日本経済の潜在的な成長力を高めようというものであり、基本的に妥当性を有すると思われる。しかしながら、以上述べてきたように、小泉改革の2年間の成果が景気回復、構造改革推進のどちらの側面からも不徹底なものにとどまっている理由は、基本的に以下の二つの要因に集約される。
第1は、小泉政権が構造改革の先にある新しい経済・社会の姿を国民に明確に示しきれていないことに加えて、改革そのものの目標や優先順位付けを誤ったことによる面が大きいと判断される。構造改革の目的は、経済の資源配分を効率化することに加えて、個人・企業など民間部門の将来不安を払拭し、期待成長率を高めることにある。しかし、改革の初期段階で小泉政権が想定していなかったデフレの深刻化という環境変化が生じたにもかかわらず、財政健全化や不良債権処理という強いデフレ作用を持つ構造改革にファースト・プライオリティーが置かれ続けてきた結果、デフレがさらに加速し、先に述べたように、これが税収の減少や不良債権の大量の新規発生をもたらすことによって、財政赤字や不良債権問題をかえって悪化させてしまったといえる。他方で、前述の通り、国民の将来不安を払拭するための年金・医療など社会保障制度改革は、遅々として進んでいない。要するに、構造改革のプライオリティーは、財政健全化や不良債権処理ではなく、経済活性化と国民の将来不安払拭に置くべきであったといえよう。もちろん、本年に入って小泉政権の政策スタンスにも微妙な変化がみられる。例えば、不良債権処理と産業・企業再生を一体的に取り組むとして、本年4月に産業再生機構を発足させたほか、本年5月には「証券市場の構造改革と活性化に関する対応について」を取りまとめ、従来リラクタントであった株式市場の活性化策を打ち出したが、これを契機に株価は大底を脱する動きがみられている。
第2の要因は、政策決定プロセスを変えようという小泉政権の試み自体が不徹底なものにとどまっていることである。昨年の税制改革論議において、小泉首相は政府税調と経済財政諮問会議の双方に対して、年初から税制の抜本改革を審議するよう要請した。これは、従来の自民税調主導型の政策決定プロセスを政府主導型に変えようという試みであり、ある程度成功を収めたといえる。
しかし、構造改革の本丸ともいえる社会保障制度改革や国と地方の「三位一体改革」については、必ずしもそうした試みは、成功していない。すなわち、今回の骨太方針第3弾のなかで、社会保障制度改革については、「潜在的国民負担率を50%程度にとどめる」ことを目標に掲げた当初原案が、厚生労働省および自民党の反発で数値の例示表現にトーンダウンされたほか、「三位一体改革」については、歳出削減を進めたい財務省と、税源移譲に固執する総務省、補助金削減による権限喪失を恐れる各省庁の間で議論が迷走し、最終的には3年間で4兆円という補助金削減目標および税源移譲の目安(義務的補助金は徹底的な合理化を行ったうえで全額、その他は8割を税源移譲)は示されたものの、具体的な削減対象補助金、税源移譲の規模と具体的税目については銘記されずに終わった。さらに、骨太方針原案の中で40ページに及んだ「国庫補助負担金等整理合理化方針」は、自民党の反発からわずか7 ページに圧縮されるなど、内容は骨太ならぬ骨抜きに終わったといっても過言でない。骨太方針第3弾を「官僚や民間主導の政策決定」として反発する自民党に配慮し、過去2回と異なり自民党の事前了承を取り付ける形となったが、そのために、40カ所以上の修正を余儀なくされる結果となっており、政策決定プロセスを政府主導に変えようという当初のもくろみは完全に後退したといえる。

小泉政権3年目の課題-構造改革の具体的な道筋を確立せよ-
以上、小泉構造改革の2年間の成果検証と問題点を指摘してきたが、最後にこうした点を踏まえて、政権運営3年目に入った小泉政権の課題について述べたい。
第1の課題は、構造改革の優先順位をマクロ経済の実態に合わせて柔軟に見直すことである。具体的には、今回の骨太方針第3弾のなかでなされた「3つの宣言」-a.経済活性化、b.国民の「安心」の確保、c.将来世代に責任が持てる財政の確立-の優先順位をこの順序の通りにすることを明確に打ち出すべきである。とくに、短期的には「デフレの早期克服」を最優先課題と位置付ける政策運営の大胆な転換が求められる。そのためには、財政のプライマリー黒字化目標は、「デフレ克服後10年」をめどとするなど、現実に合わせて再設定する必要がある。その間の財政運営は、a.毎年の財政赤字水準に過度に拘らず、重点分野の一段の絞り込みと同分野への大胆な予算配分を行う「経済再生特別枠」の設定、b.政策金融も含めた特殊法人改革の具体化スケジュールの策定、c.国と地方の補助金、交付金、税源移譲の具体的な目標数値設定と改革スケジュールの早期策定、d.複数年度予算をはじめとする新しい予算編成プロセスの早期実現、e.効率的な資源配分を可能とする政策評価の枠組みの早期確立を基本とすべきである。また、経済活性化をファースト・プライオリティーに置く限りは、a.「構造改革特区」の位置付けを規制緩和の実験区域にとどめず、規制改革・予算・税制の三位一体で、地域経済活性化を目指すこと、b.530万人雇用創出プログラムの具体化に向けたアクション・プログラムの策定と中期的な同プログラムへの予算配分明示、c.経済活性化に、より軸足を置いた税制改革の実行(とくに積み残された課題である法人実効税率の引き下げ)などが喫緊の課題である。
第2の課題は、望ましい社会保障制度と国民負担の関係について複数の選択肢を提示するとともに、国民の理解・コンセンサスの確保に全力を傾注することである。欧米諸国を上回るスピードで高齢化が進行するわが国において、国民負担の増大は不可避であることは論をまたない。問題は、国民にとって望ましい国民負担と給付水準の組み合わせが政府の責任によって明確に提示されていないことにある。すなわち欧州大陸諸国並みの高福祉・高負担か、英米諸国のような低福祉・低負担か、それともその中間の中福祉・中負担か、これらのどれが最も望ましいかは、現在および将来の現役世代の価値観に依存する問題である。今回の骨太方針第3弾原案において示された2025年度時点の潜在的国民負担率(税+社会保険料+財政赤字の国民所得比)をイギリス、ドイツを下回る50%レベルに抑制するためには、年金、医療などの社会保障給付を12%抑制することが不可欠である。経済財政諮問会議の試算では、現行制度を維持したままでは、潜在的国民負担率が将来フランスや北欧諸国並みの60%を超えることが避けられない。その場合、経済活力を殺ぐ懸念がないのかどうかの検討も不可欠である。逆にアメリカのように、社会保障を極力個人の自助努力・自己責任にゆだね、政府の関与を最小限にとどめるシステムが許容されるならば、国民負担率を40%以下に抑制することも可能である。社会保障制度改革を巡る現在の状況は、欧州大陸諸国並みの給付水準を維持することを前提に漸進的な制度改革を想定している厚生労働省と、財政バランスを過度に重視し大幅な給付カットの必要性を主張する財務省、その中間を目指す経済財政諮問会議の提案が錯綜し、まさに方向感が見いだせない状況ともいえる。こうした膠着状況から一刻も早く脱却するためには、与野党含めて社会保障制度改革の具体的プランとスケジュール、最終的な国民負担の姿を提示することが重要である。少子・高齢社会を乗り切るには、給付削減にせよ国民負担増大にせよ、あるいは双方の組み合わせにせよ、必ず何らかの形で国民に対して「痛み」を求めなければならない。小泉政権には、この点を明確に国民に訴え、理解・コンセンサスを得るために最大限の努力をする責務がある。
第3の課題は、政策決定プロセスの変革が後戻りしないよう、構造改革の具体的な道筋を確立することである。そのためには、a.他の主要先進諸国に例をみない与党・政府のねじれ現象解消のために、与党3役を国務大臣兼務としたうえで、与野党が独自の「マニフェスト」に基づき、政策の優劣を競い合う健全な民主主義の基盤を確立すること、b.政策決定の骨抜きや先送りが生じないよう「経済財政諮問会議」を他省庁の審議会などの上位機関と明確に位置付けること、c.首相自身が責任とリーダーシップある政策運営を行えるよう総理の政策アドバイザー機能を担う実務能力の高い政策秘書を相当数設置し、プラクティカルな政策立案・運営を行うことなど、政策決定システムの大胆な改革が求められよう。
小泉構造改革が後の時代からレーガン革命、サッチャー革命と並び称される「小泉革命」と称賛されるかどうかは、首相自身が自らの理想・ビジョンを総合的な政策体系として具現化し、政策スタッフのアドバイスの下、自らの責任と判断で政策決定を行い得る新しいシステムの構築に成功するか否かにかかっていると言っても過言ではない。小泉首相は、今回の骨太方針第3弾の成否がまさにその試金石となることを銘記したうえで、年末の予算編成、税制改正に不退転の決意で臨むことを期待したい。
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