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Business & Economic Review 2003年08月号

【OPINION】
真の「抜本的」医療制度改革の断行を求む

2003年07月25日 飛田英子


医療制度の抜本的な見直しの必要性が高まるなか、2003年3月28日に「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について」(以下、基本方針)が厚生労働省によって公表された。この基本方針は、2002年度医療制度改正(2002年7月に改正法が成立)で先送りされていた諸問題のうち、医療制度の在り方そのものを規定する3要素、すなわちa.医療保険制度体系の在り方、b.新しい高齢者医療制度の創設、c.診療報酬体系の見直し、について基本的な方向を示したものである。今後2年間で具体的な改革の内容が検討され、2005年の通常国会で関連法案が成立、2008年度から新たな医療制度がスタートする予定である。
本稿では、厚生労働省による医療制度改革案の評価と問題点を指摘するとともに、本来行われるべき真の抜本改革について提言する。
まず始めに、2008年度以降に想定されている新しい医療制度の概要を整理する。
第1は、新たな高齢者医療制度の創設である。現行の老人保健制度は、2002N度制度改正のもとで制度の手直しが進行中である。すなわち、2002年10月から、a.患者自己負担が定率制に一本化されるとともに、高所得者については2割の自己負担が適用、b.5年間かけて対象年齢が70歳以上から75歳以上に引き上げられるとともに、給付に関する公費負担割合が3割から5割へ引き上げられる。さらに、実施時期は未定であるものの、老人医療費に伸び率管理制度(いわゆるキャップ制)を導入することも決まっている。
2008年度以降は、この老人保健制度に代わって新しい高齢者医療制度が適用される。すなわち、対象者は75歳以上の後期高齢者で、すべての後期高齢者は新制度に対して保険料を支払う。医療費から自己負担を除いた保険給付費は、高齢者の保険料、公費負担、国民健康保険(以下、国保)および被用者保険からの支援(「連帯保険料」として別建てで徴収)で賄われるが、具体的な負担の割合は今後の検討課題となっている。ちなみに、厚生労働省大臣の発言によると、給付費の50%を公費、残りの50%を高齢者保険料と国保及び被用者保険からの支援金が負担することになる模様である。
第2は、65歳以上74歳以下の前期高齢者を対象とする新たな給付システムの構築である。現行制度では、前期高齢者が国保に偏在していることから生じる保険者間の医療費負担の格差を調整するシステムがなく、その代わり、高齢退職者に関する医療コストの調整が、退職者医療制度のもとで行われている。すなわち、被用者保険の本人加入者(以下、被保険者)は退職後に国保に加入するため、退職者に関する医療給付をその他の国保加入者(自営業者や農業者など)が負担することになる。そこで、a.退職者とその家族(以下、被扶養者)の医療給付、b.国保が負担する老人保健拠出金(以下、老健拠出金)のうち退職者負担分、を退職者給付拠出金(以下、退職者拠出金)として被用者保険が国保に対して支払うことにより、負担格差の是正が行われている。拠出金の各被用者保険への配分は、標準報酬総額見込み額に応じて計算されており、被用者保険間の所得格差や加入者数格差が考慮される仕組みとなっている。ちなみに、2000年度の拠出金は1.3兆円、被用者保険の経常支出に占める割合は、政府管掌7.3%、健保組合7.7%である。
2008年度以降は、前期高齢者も後期高齢者と同じく、新たに創設される高齢者医療制度の対象になるが、後期高齢者との特性の違いを踏まえて、後期高齢者とは異なる給付システムが導入されることになる。具体的には、現行の退職者医療制度を廃止するとともに、前期高齢者の偏在による保険者間での医療費負担の不均衡は、加入者数に応じて調整されることになる(なお、前期高齢者は、現行と同様に国保あるいは被用者保険に引き続き加入することになる)。患者自己負担は65~69歳が医療費の3割、70~74歳が同2割で、公費負担はない予定である。
第3は、保険者の一元化である。すなわち、給付の平等や負担の公平などを図る一方で、都道府県単位を軸とした再編・統合を進める。
まず、2002年度制度改正では、給付の公平化を図る観点から被用者保険の患者自己負担が引き上げられたことにより、給付率に関して一元化が達成された。
さらに、基本方針では、健保財政の安定性、とりわけ国保の財政基盤の強化を目的として、都道府県単位を軸とした保険運営が検討されている。具体的には、まず国保については、現在は市町村単位の小規模な保険者が5,000以上も乱立している状態にあるが、これらを再編・統合することにより、都道府県単位の運営を目指す。次に政府管掌については、全国一本から都道府県単位の財政運営へ分割することにより、地域の実情に応じた医療サービスを保障するとともに、保険者間に競争原理を導入する。健保組合については、健全な組合については引き続き自主的・自律的な保険運営を認める一方、小規模で財政が窮迫している組合については、受け皿として都道府県単位の地域型健保の設立を認める。
第4は、診療報酬体系の見直しや医療供給体制の改革である。まず、診療報酬体系の見直しについては、診療報酬を定める基準や尺度の明確化を図り、国民に分かりやすい体系を構築する。具体的には、まず医療技術については、診療回数や投薬の量に応じて医療費が増える現行の出来高払いを基本としつつ、難易度、時間、技術力などを踏まえた評価を行う。一方、入院医療については、急性期・慢性期などの疾病の特性に応じた包括評価を進めるとともに、介護保険との役割分担を明確化する。さらに、患者の視点を重視する観点から、情報提供を推進するとともに、患者の選択の幅を拡大する。
一方、医療供給体制の改革については、医療機関の機能分化・連携を通じて効率的かつ質の高い医療提供体制を構築するとともに、電子カルテの普及などを進めることにより患者参加型の医療を確立する。
以上、厚生労働省が進める医療制度改革の概要をみてきた。今回公表された基本方針の最大の意義は、1997年以来続いている医療制度改革論議に終止符を打つことにあるといえる。すなわち、これまでの度重なる改革は、抜本的な改革を先送りするもとで、自己負担の引き上げや保険料率の引き上げなど国民に負担を皺寄せする形で進められており、このことが国民の制度に対する不信感を植え付けるとともに、老後に安心して医療を受けることが出来なくなるのではないかという将来不安を増幅させる結果を生み出してきた。要するに、基本方針には、安定的で持続可能な医療制度のグランド・デザインを国民に明示することにより、制度に対する国民の信頼を回復するとともに、国民の将来不安を払拭することが求められていたわけである。
しかしながら、厚生労働省が提示する実際の制度改革案は、医療制度の安定性や持続可能性を保障するには極めて不十分といわざるを得ない。抜本的な制度改革を断行するという政府の強固な姿勢がうかがえないばかりか、制度のゆがみに起因する様々な問題点が未解決のまま温存される恐れが強いと判断される。さらに、現在の医療財政の深刻さを考えると、実施時期が2008年度というのも遅過ぎるという批判は免れない。
第1の問題点は、医療制度の安定性を損なう主たる原因となってきた老健拠出金が実質的に温存されることである。すなわち、現在健保財政が危機的状況にある主因は、増え続ける老人医療費を賄うために各健保に課される老健拠出金負担の増大であり、基本方針で、老人保健制度の廃止に伴って老健拠出金は廃止されることになっている。しかし、新たに創設される高齢者制度の給付・負担構造をみると、給付の一定割合を連帯保険料として事後的に国保および被用者保険が負担するという、老健拠出金と実質的に同様のシステムが組み込まれており、この意味において、老健拠出金は廃止されるのではなく、連帯保険料に名称が変更されるだけとみなされよう。したがって、仮に老健拠出金が廃止されたとしても、連帯保険料負担が健保財政を圧迫することになり、近い将来、医療制度の抜本的な見直しが再度必要となる懸念が大きい。
ちなみに、新たな高齢者医療制度が創設された場合の各保険者の連帯保険料負担を試算すると、現行制度が維持された場合の老健拠出金負担とほとんど変わらないという結果が得られる。すなわち、新たな高齢者医療制度が創設される場合、2025 年度の連帯保険料総額は12.9 兆円となり、各保険者の経常支出に占める割合は、政府管掌33.7 %、組合健保34.5 %、国保24.0 %となる。一方、現行の老人保健制度が維持される場合、2025 年度の老健拠出金は16.1 兆円、各保険者の経常支出に占める割合は政府管掌32.6 %、組合健保31.5 %、国保33.4 %となり、いずれの場合においても各保険者の財政を大きく圧迫することが見込まれる。
第2の問題点は、退職者拠出金の廃止によって、(財政状況が保険者のなかで最も深刻な)国保財政のさらなる悪化が見込まれることである。すなわち、現行制度では、64歳以下の退職者についても、医療給付や老健拠出金に係る費用が、被用者保険から国保に対して支払われている。これに対して、新制度では、65 歳以上の医療給付に関して財政調整が行われることになるので、64歳以下の退職者に関するコストは国保が負担することになる。ちなみに、a.現行制度が続くケース、b.新制度への移行が行われるケース、の二つのケースについて、新制度への変更が行われる2008年度における被用者保険から国保への財政調整額を試算すると、現行制度維持ケースの2.4 兆円に対し、新制度移行ケースでは1.3兆円となり、新制度への変更によって国保の収入が差し引き1.1 兆円減少することが見込まれる。
第3の問題点は、老人医療費に伸び率管理制度が導入される場合、医療の質の低下が懸念されることである。同制度は、経済のマイナス成長が続くもとで実際の導入は見送られている状況にあるが、仮に経済がプラス成長に転じたとしても、医療供給体制の改革の進展と関係なく同制度が導入される場合には、診療内容の制限や診療拒否、診療報酬の不正請求などを通じて、高齢者の厚生水準が大きく低下する懸念がある。実際、予算制が採用されているイギリスのNHS (National Health Service )では、80年代の緊縮財政のもとで 待機者の増大や病棟の閉鎖など、医療の質の低下が大きな社会問題となった。このようにみると、医療費の増加抑制は重要ではある、医療サービスが生存上不可欠な公共財であることを考えると、それはキャップ制の導入ではなく、効率化を通じたコストの削減によって達成されるべきである。
さらに、そもそもの問題として、基本方針には不明確・未確定な要素が多く、医療制度に関する具体的な将来像が描けないことが指摘される。すなわち、基本方針では、前期高齢者と後期高齢者の保険料負担の在り方、後期高齢者給付に対する公費と連帯保険料の負担割合、前期高齢者の財政調整方法など、将来の医療費負担を考えるうえで重要な項目が今後の検討課題とされている。これらの項目は、設定次第では保険料水準や各保険者の財政状況に大きな影響を及ぼすという意味で非常にデリケートな情報であり、慎重にならざるを得ない厚生労働省の立場も理解出来る。しかし、基本方針の目的が安定的で持続可能な制度の構築であることを考えると、将来の財源対策に重要な影響を与える情報こそ早期に公表されるべきであろう(利害関係者の意見衝突を背景に、抜本的な制度改革が先送りされてきたことを考えると、この問題についても早期の結論は期待薄と判断される)。
抜本的な医療制度改革に求められる最大の要件は、国民の将来不安の払拭と制度に対する信頼の回復である。そのためには、国が国民に対して将来的な医療給付を保障し、それに必要なコストの中長期的な見通しを明らかにすることに加えて、これまで聖域とされてきた医療市場に変革のメスを入れる必要がある。
そこで、望ましい改革の方向性を提示すると、以下の通りである。
第1は、横断的な社会保障制度の構築である。すなわち、2008年度を待たずに2005年度をめどに高齢者医療制度と介護制度を統合することに加えて、将来的には年金も含めた横断的な高齢者保険制度を創設する。
現行制度では、治療と介護の線引きが曖昧であるにもかかわらず高齢者医療と介護が別々の制度で運営されているため、同種のサービスであっても利用者負担が異なるなど、制度の縦割り的な運営の弊害が生じている。加えて、介護保険導入の主目的の一つであった社会的入院の解消は、病院サイドや市町村サイドの要因によって進んでいない。さらに、このような縦割り的な社会保障制度が、将来不安を増大させていることも指摘される。すなわち、将来的な年金給付の削減が検討される一方、医療の患者自己負担や介護保険料などをはじめとする社会保障コストは相次いで引き上げられており、このままでは安心して老後生活を送れないのではないかとの懸念が高まっている。ちなみに、高齢者一人当たりの医療・介護コスト(自己負担+保険料)を試算すると、2000年度の18.3万円から2025年度には51.9万円にまで増加する見通しである。
そこで、65歳以上を対象として、医療と介護(さらに将来的には年金)をカバーする新たな高齢者保険を創設することを提案したい。現行制度との継続性や改革の実現可能性を考えて、保険者は市町村、自己負担は定率1割とする。
なお、給付費の負担については、高齢者からの保険料収入ですべてをカバーすることが困難なことを考えて、公費と現役世代からの支援金も充てることとする(具体的な負担構造は後述)。なお、64歳以下の退職者については引き続き被用者保険に加入することとし、現行の退職者医療制度は廃止する。
第2は、保険料負担の上限の明確化である。相次ぐ負担の引き上げが将来不安を増幅させていることはすでに指摘した通りであるが、今後を展望しても高齢化の進行に伴って高齢者給付が増大するもとで、保険料負担のさらなる引き上げは不可避である。そこで、高齢者給付の負担システムに上限制を設けることにより、将来不安の払拭を図る。負担システムの具体的な仕組みは、以下の通りである。
まず、公費については、原則として高齢者給付の5割を負担する(なお、後述の通り、現役世代からの支援金と高齢者の保険料の合計が給付費の5割に満たない場合には、その不足分をさらに公費が負担する)。
次に、現役からの支援金については、現役世代の医療給付とは別建てで徴収するとともに、その料率に上限を設定する。具体的には、2005年度の総報酬の3.9 %から毎年0.1%ポイントずつ引き上げ、2026年度以降は同6%に固定する。これにより、制度の透明性が高まるとともに、現役世代の負担の不公平感をある程度解消することが期待される。
最後に、高齢者保険料については、高齢者給付から公費と現役世代からの支援金を控除した金額を賄うこととする。保険料は所得割とし、保険料率は年収の10%を上限とする。また、保険料率を10%超に引き上げる必要がある場合には、その不足分を保険者である市町村が負担することにより、保険者にコスト削減インセンティブを付与する。なお、保険料の賦課方式として資産割や均等割などを加味することも考えられるが、これについては、被保険者の実情を勘案して各保険者が独自に採用を決定することとする。
改革の方向性の第3は、効率化の推進である。すなわち、医療の質を維持しつつコストを抑制するためには、効率化の推進を通じてコストが膨らみにくい体質に医療市場を体質改善することが不可欠である。そこで、以下を柱とする効率化プログラムの断行を提案したい。
第1は、医療市場への競争原理の導入である。具体的には、医療IT 化の一層の推進を通じて、医療機関の評価尺度として日本版DRGを構築するとともに、治療水準やコスト・パフォーマンスに関する各医療機関のデータを比較・分析することにより、医療市場全体の効率性の向上を図る。
第2は、診療報酬の包括化である。現行の出来高払い方式は、診療回数や投薬の量に応じて医療費が膨らむため、医師に過剰診療や過剰投薬のインセンティブを付与するとの指摘がある。そこで、入院医療や慢性期医療のうち、包括化がなじむ部分については原則として包括払い方式を適用する。
第3は、診療所・病院間の機能分化の明確化である。プライマリ・ケアが導入されているイギリスでは、患者はまず診療所で一次診断を受け、より専門的な治療が必要と認められる場合にのみ病院で二次診断を受ける。これに対して、日本では両者の役割分担が不明確なため、診療所に比べて割高な病院外来の利用が多く、このことが医療費を必要以上に増やしている。そこで、プライマリ・ケアを導入・強化することにより、医療資源の有効活用を促進する。
さらに第4は、予防医療の徹底である。医療費の約3分の1を生活習慣病が占めていることから、生活習慣の改善を通じて、健康増進を図るとともに発病を予防する一次医療の重要性が高まっている。そこで、診療所を中心とした地域密着型の予防医療体制を確立することにより、個々人に応じた健康指導や病気の早期発見を図る。
以上が改革案の概要である。ちなみに、これらすべての改革が行われた場合の効果を試算すると、まず、2025年度の国民医療費は58.5兆円となり、改革が行われない場合の72.5兆円に比べて約8割の水準にとどまるという結果が得られる。また、同年度における医療・介護の一人当たり保険料負担は、高齢者で年6.4 万円(改革なしのケースでは年28.2 万円)、現役世代で総報酬の9.2 %(同11.9 %)となる。一方、公費負担は29.8兆円(同35.7兆円)となり、改革の断行によって家計と公費の負担が大幅に軽減されることが見込まれる。
これまで小泉政権は、「三方一両損」の方針に沿って医療制度改革を進めてきた。すなわち、患者に対しては窓口自己負担の引き上げ、保険者に対しては保険料の引き上げ、医療機関に対しては診療報酬の引き下げ、という形で痛みを分かち合うことにより、利害関係者の調整を図ってきた。しかし、窓口自己負担も保険料も国民が負担していることを考えると、これまでの改革は、結局のところ国民に過重な負担を課すことにより進められてきたといえよう。安定的で持続可能な医療制度を構築することは国の重要な責務であることを考えると、真の「三方」とは、国民、医療機関および国であるべきである。すなわち、国民と医療機関に負担の増加を求めるのと引き換えに、国が責任を持って効率化を進めるとともに、歳出構造の見直しや新たな財源開拓などによって給付に必要な財源を確保し、国民に対して将来にわたって医療サービスを安定的に保障することが求められる。3年目を迎えた小泉政権の強力なリーダーシップを期待したい。
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