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Business & Economic Review 2003年07月号

【OPINION】
情報の偏在と不在を改め、年金改革の議論を実効性あるものにせよ

2003年06月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 西沢和彦


2004年に公的年金改革が予定されている。議論の主な舞台を厚生労働省の審議会とする従来型の政策決定プロセスは、今回の改革に向けた議論においても踏襲されている。
一方で、このような従来型の政策決定プロセスとは異なる動きも現れている。2003年4月16日の第9回経済財政諮問会議において年金改革が主要な議題として採り上げられ、厚生労働大臣だけではなく、経済産業大臣、財務大臣、民間4議員から年金改革に関する意見書が提出され、意見が交わされた。
このような新たな動きも、アメリカやイギリス、スウェーデンなど諸外国の年金改革における政策決定プロセスに比べれば、政治の主体的な関与の程度や人選などにおいて決して十分なものとはいえない。しかしながら、政策決定の枠組みを大幅に変え得ないとすれば、現行の枠組みのなかで議論の質を高めていかざるを得ない。したがって、経済財政諮問会議における議論の実効性を強化していくことは重要である。
実効性を強化するためには、議論に不可欠な情報が厚生労働省に偏在している現状を改め、また、議論に不可欠でありながら不十分であるか、あるいは、そもそも存在しない情報を整備することが欠かせない。本稿では、このような現状を明らかにした後、情報の偏在と不在を解消するための具体策を提言する。


  1. 踏襲される従来型の政策決定プロセス

    公的年金に対する国民の不信は著しい。このような不信を払拭するために、2004年の年金改革を、名実ともに「改革」としなければならないことに関しては、ほぼ国民全体のコンセンサスを得ていると言えよう。
    しかし、政策決定プロセスは、従来型のままである。議論の主要な舞台は、厚生労働省の社会保障審議会のもとにおかれる年金部会、年金数理部会、および年金資金運用分科会である。
    一方で、新たな動きもみられる。第9回経済財政諮問会議(2003年4月16日開催)では、年金改革が主要な議題の一つとなり、臨時議員として出席した厚生労働大臣に加え、経済産業大臣、財務大臣、民間4議員もそれぞれ意見書を提出し、意見を交わした。このような新たな動きは次のような理由から積極的に評価すべきである。
    第1は、現在も踏襲されている従来型の政策決定プロセスが成功していないためである。公的年金改革は、5年に1度行われる。前回の1999年改正では、97年5月から厚生省の年金審議会による議論がスタートし、98年10月には同審議会の意見書が提出された。厚生省の政策を色濃く反映した同意見書は、ほぼそのまま政府案となり、2000年3月に法律が改正され、99年改正は終了した。しかし、その後も公的年金に対する国民の不信感は、払拭されていない。
    第2は、年金改革が、得をする人を生み出す一方で、損をする人を生み出す極めて政治的な作業だからである。世代間格差の是正は、その一つである。現行の公的年金制度では、生まれた世代により保険料負担額と年金受給額に大きな格差が生じている。2004年改革では、若い世代と将来世代の負担を軽減することが不可欠であり、その財源は、先に生まれた世代の年金給付削減や増税などの追加的負担によって賄わなければならない。このような改革の意義を国民に説明し、合意を求めるのは、政治が行う作業である。
    第3は、年金改革は、経済に大きな影響を与えることから、経済政策と整合的な議論が必要となるためである。例えば、企業収益への影響がある。民間サラリーマンの加入する厚生年金の保険料は、現行年収の13.58%(労使折半)である。2000年度には約20兆円の厚生年金保険料が支払われた。これは、法人企業統計ベースの税引き前当期利益20兆7,000億円に相当する規模である。年金改革の動向いかんでは、今後の企業収益に大きな影響を及ぼすこととなる。
    また、厚生年金保険料は、企業にとって給与とともに人件費の一部を構成しており、保険料の引き上げを通じた人件費の上昇は、労働需要にマイナスの影響を及ぼす。あるいは、公的年金が保有する積立金147兆円(厚生年金と国民年金の合計額、2000年度末)の運用方法の変更は、わが国の金融市場に大きな影響を及ぼす。したがって、年金改革は他の経済政策と整合性を保ちながら進められる必要がある。
    第4は、公的年金をはじめとする社会保障制度の財源は、保険料だけでなく税にも大きく依存していることから、年金改革は税・財政と一体的な議論が必要となるためである。例えば、公的年金の収入40兆1,000億円のうち、国庫負担は5兆6,000億円と全体の14.0%を占める。医療費30兆4,000億円のうち、国庫負担と地方負担を合わせた公費負担は全体の31.9%の9兆7,000億円に及ぶ(いずれも2000年度の数値)。したがって、仮に保険料を抑制するという政策を選択するのであれば、その代替財源として他の歳出カットあるいは増税が同時に検討されなければならない。
    第5は、政策決定のプロセスに国民の合意が伴うものでなければならないためである。したがって、議論の場は客観性があり、かつ、多様な意見の持ち主を選び、参加させる必要がある。社会保障審議会の年金部会の委員は、専門性に関しては、経済財政諮問会議の議員に勝るかもしれない。一方で、社会保障審議会の委員の任命権限は厚生労働大臣にあり、客観性では劣る。
    以上のような理由から、現行のわが国の政策決定の枠組みを前提とすれば、経済財政諮問会議において年金改革が議題として掲げられ、多様な意見が出されていることは積極的に評価すべきである。諮問会議の場における議論の実効性を強化していくことが重要である。

  2. 偏在する情報と、そもそも存在しない情報

    一般に、議論の場において、主張の採否がその主張の良し悪し以外の要因で決まるとすれば、望ましい結論は期待し得ない。年金改革の議論に必要な情報は、次に述べるように、厚生労働省に偏在しているか、公表されていても不十分であるか、あるいは、そもそも存在していない。年金改革の議論の実効性を強化するには、情報の偏在と不在を解消し、主張の背景となる情報が不足しているが故に説得力が削がれるような事態は、回避しなければならない。
    (1)国民年金の空洞化に関する情報
    一つは、国民年金の空洞化に関する情報である。国民年金の空洞化とは、本来国民年金保険料を支払うべきでありながら、支払っていない人が拡大している現象を指す。しかし、その実態の定量的な把握は不十分である。
    現在、国民年金の空洞化に関する情報は、次のような数値を用いて説明されている。国民年金(第1号被保険者)の対象者2,253万人に対して、制度にそもそも加入していない未加入者が99万人、加入していても理由なく保険料を払っていない者(未納者)が265万人、合計364万人いる。このほか、国民年金保険料の納付免除者が505万人いる。未加入者と未納者が国民年金の対象者に占める割合は、16.2%である。ここに免除者を加えると保険料を払っていない人の割合は38.6%となり、この数値だけみても空洞化は深刻にみえる。しかし、この数値も次のような理由から実態を正確に表していない。
    第1に、未加入者、未納者、免除者の調査時点と調査方法が異なり、正確な比較が不可能なためである。未加入者の数値は「平成10年公的年金加入状況等調査」、未納者は「平成11年国民年金被保険者実態調査」、免除者は平成13年3月末の数値である。また、未加入者と未納者の調査時点が古く、雇用情勢の悪化が長期化している現在では、空洞化の一層の進行が推測される。
    第2に、未納者が過少に推計されている可能性があることである。未納者数の出所である「平成11年国民年金被保険者実態調査」、社会保険庁を調査実施主体とした郵送調査である。ここでは、保険料を払っているか否かが問われているが、保険料を払っていない人がアンケートに回答して返送する確率は、納付者よりも低いと考えられる。したがって、未納者の数値は過少推計されている可能性がある。
    第3に、保険料納付者の定義の甘さである。保険料納付者の定義は、完納者と一部納付者に分かれている。一部納付者の定義は、2年間のうち1カ月でも保険料を支払っている者となっている。一部納付者は、納付者の15%を占めており、保険料納付者のうち、全額納付している人は85%に過ぎない。
    国民年金空洞化に対する認識の程度によって、現行制度をこのまま続けていくのか、あるいは、まったく新たな制度を作るのか結論が異なってくる。国民年金空洞化の実態を正確に把握することが欠かせない。
    (2)厚生年金の空洞化に関する情報
    空洞化の懸念は、国民年金にとどまらない。法人および従業員5人以上の個人事業所に加入義務があり、給与から保険料が天引きされるはずの厚生年金制度も例外ではない。しかし、その実態把握の現状は、次のような傍証的な数値や定点的に報告される事例からの推測にとどまる。
    99年時点では、厚生労働省は、2000年度における厚生年金の被保険者数を3,434万人と見込んでいた。しかし、2000年度の実績は、見込みより215万人少ない3,219万人にとどまった。この乖離幅は、単に雇用情勢の悪化による正規雇用の減少だけでは説明しにくい。
    厚生年金の適用事業所数の減少も顕著である。法人および従業員5人以上の個人事業所は、厚生年金の適用事業所となる義務がある。2000年度の適用事業所数は、3年連続で減少し、167万カ所となっている。一方で、適用要件がほぼ同様の雇用保険の適用事業所数は、この間も増加し続けているので、理由は事業所数の減少ではない。厚生年金保険料の負担に耐えかねた事業所が、違法を承知しながらも、加入を取りやめているケースがあるものと推測される。
    厚生労働省は、現行13.58%の厚生年金保険料を、国庫負担割合を引き上げたうえで、2022年度に20%まで引き上げるとの改革案を示している。しかし、保険料引き上げの議論を行うには、保険料引き上げの帰結(企業収益の圧迫、雇用への影響など)を極力正確に予測しなければならない。帰結を予測するためには、現在厚生年金の適用事業所でありながら加入していない事業所がどれくらいあるのか、本来加入させるべき被用者でありながら加入させていない被用者が何人いるのか、を理由とともに定量的に把握する作業が不可欠である。 このような情報が整備されれば、例えば、第9回経済財政諮問会議における「社会保険料負担は、税負担以上のインパクト」であるとの経済産業大臣の問題提起も、今後さらに深まることが予想される。
    (3)財政見通しに関する情報
    財政見通しに関する情報の開示も不十分である。
    公的年金の財政見通しは、5年に1度、厚生労働省によって行われる。前回は、99年の財政再計算であり、次回は2004年の予定である。ただし、厚生労働省は、2002年の12月に同省の改革案「年金改革の骨格に関する方向性と論点」のなかで、99年財政再計算の数値を全面的に改めた将来見通しを公表している。
    しかし、この見通しの公表内容も十分ではない。代表的な例が、厚生年金財政の支出の内訳が未公表である点である。民間サラリーマンの支払う厚生年金保険料は、厚生年金と基礎年金の財源となっているものの、どこまでが厚生年金分でどこまでが基礎年金分であるかという明確な区別がない。保険料は、政府の厚生保険特別会計年金勘定にいったん全額納付され、同勘定から支出される際に、厚生年金の給付と基礎年金の給付財源となる国民年金特別会計基礎年金勘定への拠出金に振り分けられる。この時点になってはじめて、厚生年金と 基礎年金に分けられる仕組みとなっている。国民年金特別会計基礎年金勘定に振り分けられる部分(基礎年金拠出金と呼ぶ)については、国庫が3分の1を負担することになっており、「国庫負担割合三分の一」とはこの部分を指す。
    厚生年金財政の支出とは、すなわち、厚生年金の給付と基礎年金拠出金の二つである。「年金改革の骨格に関する方向性と論点」には、2005年度から2060年度までの厚生年金財政の支出額が記載されているが、記載されているのは合計額のみであり、厚生年金の給付に充てられる部分と基礎年金拠出金の内訳が記載されていない。このような情報開示は、例えば、基礎年金拠出金の国庫負担割合の3分の1から2分の1への引き上げを議論するとしても、大きな障害となる。各年度でいくらの基礎年金拠出金が必要となり、その試算根拠が正しいのか否か検証することが出来ないからである。
    (4)医療制度改革の財政見通し
    2003年3月28日、「医療制度改革基本方針」が閣議決定された。同基本方針では、高齢者医療費の50%を公費で賄うことなどが明記されているが、財政見通しに関する情報は公表されていない。
    前述の通り、年金をはじめとする社会保障制度の財源は、保険料だけでなく、税にも大きく依存している。予算制約がより厳しくなるなかで、年金改革を行うにあたっては、社会保障制度のなかにおける国庫負担の配分に軽重をつける作業を行わなくてはならない。ところが、医療制度改革に関し、閣議決定された基本方針に基づく財政見通しがない状態では、年金改革も進めることが出来ないはずである。
    (5)世代間格差に関する情報
    前述の通り、公的年金制度には、保険料負担と年金受給に大きな世代間の格差がある。厚生労働省は、従来、世代間格差に関する試算を公表してきた。「平成11 年版年金白書」においても、29年生まれから2009年生まれまで、20年間隔で五つの世代に関して、所得や寿命などに関するモデル夫婦世帯を想定した試算が行われ、定量的な情報が提供されている。
    その試算結果は、若い世代ほど、生涯に支払った保険料(労使計)に対し、年金受給額が少なくなるという厳しいものであったが、定量的な情報は改革の議論にとって有効なものであったといえる。ところが、以降厚生労働省は、同種の試算を公表していない。本来、2002 年12月に、「年金改革の骨格に関する方向性と論点」を公表した時点で、「平成11年版年金白書」の試算フォームにのっとって世代間格差の試算を公表すべきであった。第9回経済財政諮問会議において、経済産業大臣の資料では、同省の手による世代間格差の試算が公表されているが、政府のなかで、継続的に試算が作成されているべきものである。

  3. 情報の偏在と不在を解消し、真の年金改革の議論を

    情報の偏在と不在を解消し、年金改革の議論の実効性を強化するためには、次の諸点が必要である。
    (1)国民年金空洞化の実態を明らかにする。
    現在、社会保険庁を調査実施主体として、「平成14年国民年金被保険者実態調査」が行われている。しかし、すでに述べたように、保険料を払っているかいないか、と問われたアンケートに未納者が回答し返送してくる可能性は低い。依然として未納者が過少に推計されてしまう可能性がある。
    国民年金の未加入者と未納者の調査は、社会保険庁ではなく、より中立的な組織が行うべきである。そして、調査結果を待ってから、年金制度の全体像を作らなければならない。空洞化の直近の実態が明らかでないまま、現行制度を前提とした議論は出来ないはずである。
    (2)厚生年金の空洞化の実態を明らかにする。
    次に、厚生年金の空洞化の実態を明らかにする。本来加入すべき事業所と未加入の事業所は、調べようとすれば調べられるはずである。この実態を明らかにし、保険料をさらに引き上げていった場合の企業収益や雇用への影響を十分に踏まえなければ、厚生労働省が主張するような厚生年金保険料の引き上げシナリオは描き得ない。
    (3)「年金改革の骨格に関する方向性と論点」および次回財政再計算のための資料をすべて公表する。
    その際、とくに重要なのは、厚生年金財政の支出の内訳とその算出根拠である。例えば、基礎年金拠出金の算出の基礎には、国民年金保険料に一定の徴収率が想定されているはずであり、その妥当性が検証されなければならない。
    (4)「医療制度改革基本方針」にもとづく財政見通しを公表する。
    国庫負担が行われているのは、年金だけではない。医療、介護保険にも行われている。社会保障制度改革においては、限られた予算のなかで、医療・年金・介護のどの分野に重点的に国庫負担を行うか軽重をつけなければならない。したがって、年金財政の見通しと整合的であるように、医療についても財政見通しが作成されなければならない。医療の財政見通しがなければ、基礎年金の国庫負担割合の2分の1への引き上げの議論は本来出来ないはずである。
    (5)世代間格差の試算を公表する。
    「平成11年版年金白書」のフォームで、世代間格差の試算を行う。その際、従来から行われてきた専業主婦のいるモデル夫婦世帯の試算に加え、単身世帯や共働き世帯の試算も追加的に行う。このことによって、世代間格差のみならず、世代内の格差も定量的に明らかになる。
    (6)情報の偏在と不在の改善状況に合わせて年金改革のスケジュールを柔軟に見直す。
    以上の(1)から(5)は、いずれが欠けても議論に支障を来たすものばかりである。年金改革は、2004年に予定されているが、このスケジュール自体も、従来型の手法を踏襲したものに過ぎない。従来型の手法とは、5年に1度の財政再計算に合わせて年金制度改正を行うというものである。
    公的年金には、巨額の積立金があり、制度改革を行わなければ即座に財政が破綻するわけではない。十分な議論がないまま2004年に結論を急ぐよりも、仮に追加的に1年から2年を要したとしても、公的年金が国民の信頼を取り戻し、以後大幅な改革を行わずに済むようにすることの方が重要である。したがって、(1)から(5)が揃うまでは、現行制度の存続を前提とした議論はいったん中止するなど、改革スケジュールを柔軟に見直す必要がある。
    年金改革の議論が政策の良し悪しのみで行われるのが本来の姿である。そうではなく、政策の良し悪し以前に、情報の多寡で政策の説得力が左右されるとすれば、それは真の「議論」とはなり得ない。導かれる結論も、望ましいものとはならない。有効な議論がなされないまま、2004年に年金改革法案が国会に提出され、通過し、国民の公的年金に対する不信や将来不安が一向に解消されないのが最悪のシナリオである。今行っている議論を形だけのもので終わらせることは、決してあってはならない。
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