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Business & Economic Review 2002年07月号

【OPINION】
公的年金積立金運用方法見直しの進め方

2002年06月25日 調査部 環境・高齢社会研究センター 西沢和彦


  1. はじめに

    147兆円(2000年度末)の公的年金積立金の市場運用がスタートして一年が経過した。2001年度は、公的年金積立金の新しい運用方法が公的年金制度の信頼回復に寄与するものであるか否かが試された年であったといえる。
    しかしながら、この一年間は、新しい運用方法の抱える問題点を改めて浮き彫りにした。市場運用による収益率が、-3.53%(2001年4月から12月までの修正総合収益率)と大幅なマイナスになったことに加え、投資方針の決定方法、年金資金運用基金の組織の在り方、証券市場の価格形成に与える影響、国民に対する情報開示などにおいて多くの問題点が明らかになっている。
    本稿では、これらの問題点を検証し、諸外国における公的年金積立金運用の取り組みを参考にしながら、運用方法の見直しの進め方を提言する。折しも、2004年の公的年金制度改革に向けた議論が本格化しつつある。公的年金積立金の運用方法についても、制度改革の重要な要素として同時に議論され、見直されることを強く求める。

  2. 公的年金積立金の意義

    まず、公的年金制度の仕組み、および、公的年金積立金の市場運用の現状について整理しておきたい。
    公的年金制度は、主に自営業者の加入する国民年金制度と、サラリーマンの加入する被用者のための年金制度の二つに大別される。被用者年金制度の代表格が、民間サラリーマンの加入する厚生年金制度である。厚生年金の保険料率は、月額給与の17.35 %である。例えば、月額給与50万円のサラリーマンであれば、50万円の17.35%の半分4万3,375円が給与から天引きされ、雇用者が同額を負担する。徴収された保険料は、厚生保険特別会計年金勘定に納付される。
    国民年金の保険料は、月額1万3,300円の定額である。保険料は社会保険庁を通じて、国民年金特別会計に納付される。両特別会計から、国民年金と厚生年金の給付が行われるが、実際には、毎年度の保険料などの収入と給付にプラスの収支差額が発生している。そのプラス分が積み立てられてきたものが、公的年金積立金であり、厚生年金と国民年金をあわせると約147 兆円となる。
    このように、給付を上回る保険料を徴収し、その差額を積立金として政府が保有している理由は、少子高齢化の進行に伴い、将来世代の保険料負担が上昇するのを抑制するためである。最新の公的年金の将来像では、月額給与の17.35%の現行厚生年金保険料率は今後とも段階的に引き上げられ、2025年には同31.9%が必要になるとの見通しが示されている。国民年金も、現行月額1万3,300円の保険料は段階的に引き上げられ、2025年には2万9,600円(1999年価格)が必要になるとの見通しが示されている。
    この見通しは、今後の少子高齢化の進行具合、公的年金積立金の運用成果などの数値に、ある仮定をおいて試算されたものである。公的年金積立金に関していえば、約147兆円の積立金は、今後とも残高を増やし、名目運用利回りで4%(実質では2.5%)の運用益が得られると仮定している。積立金残高が、当初想定額を下回る、あるいは、運用成績が悪化するようなことがあれば、給付内容に変更を加えない限り、将来世代が負担しなければならない保険料は、見通しよりもさらに上がることになる。
    例えば、2025年の厚生年金保険料は、280兆円まで積み増された積立金に対し運用利回り4%のもと、運用収入のうち10.8兆円が給付の財源となることを前提に計算されている。仮に、運用利回りが2%に低下したとすれば、その埋め合わせのために、保険料を2.5%ポイント程度さらに引き上げ、月収の34.4%が必要になると試算される。

    公的年金積立金の運用方法は、2001年4月から大幅に変更された。新しい運用方法のポイントは3点ある。
    第1のポイントは、運用主体の変更である。従来、積立金は財務省が運用していた。公的年金財政の収入と支出の差額は、財務省資金運用部へ全額預託され、財政投融資の原資となっていた。預託金には、国債の利回りに一定割合をプラスした利息が付されていた。 2001年度からは、資金運用部への預託義務がなくなり、厚生労働大臣が運用の基本方針を策定し、実際の管理・運用には厚生労働省の特殊法人・年金資金運用基金があたっている。
    第2のポイントは、運用対象の変更である。従来の資金運用部への預託は、公的年金財政にとって、実質的には日本国債への投資であったといえる。すなわち、資金運用部への預託は、信用リスクは日本政府の信用に準じ、収益率は国債の利回りに連動していた(10年物国債の利回り+0.2%程度)。
    2001年度からは、より高い運用収益による将来の保険料抑制を目的に、運用対象を国内外の株式や社債といったリスク資産にまで広げることとなった。厚生労働省は、最終的に落着させる資産構成を、国内債券68%、国内株式12%、外国債券7%、外国株式8%、短期資産5%と想定している。この資産構成は基本ポートフォリオと呼ばれる。
    第3のポイントは、運用の場の変更である。一般に、資産運用は、銀行預金のように預金者と銀行が相対で行う相対取引と、株式運用のように運用者が株式市場を通じて行う市場取引の二つに大別される。従来の資金運用部への預託は、厚生労働省と財務省との相対取引であった。
    2001年度から運用の場は、国内外の株式・債券市場となり、厚生労働大臣が年金資金運用基金を通じて、市場参加者として取引を行っている。

    以上のように、将来世代の負担抑制にとって重要な役割を担う公的年金積立金に関し、2001年度には、大幅な運用方法の変更が行われている。

  3. 市場運用初年度の検証

    公的年金積立金の運用方法が大幅に変更されて一年が経過した。新しい運用方法を検証し、問題点を摘出する。

    まずは、運用成績である。公的年金積立金のうち市場運用されている26兆2,877億円(2001年12月末残高)は、国内債券に54.92%、国内株式に23.55%、外国債券に4.97%、外国株式に14.61 %の構成で投資されている。2001年4月から12月までの運用成績は-3.53%(修正総合収益率)の大幅なマイナスとなっている。 既述の通り、公的年金財政は、積立金が名目4.0%の利回り(実質2.5%)で運用されることを前提に必要保険料が算出されている。現在物価下落傾向にあることを勘案しても、運用成績は目標比5%程度の未達になっている。未達分は、即座に保険料を引き上げるか、あるいは、引き上げが行われなければ、より後世代の保険料負担となる。従来通り財務省資金運用部への預託であれば、マイナスの利回りにはならない。

    政府による株式などの市場運用には、政治リスク、市場の撹乱という問題がつきまとう。政治リスクとは、公的年金積立金が純粋に収益を追求するために運用されるのではなく、株価浮揚など政治的な目的に利用されることを指す。市場の撹乱とは、政府の投資行動に関する情報が完全には明らかではないことから、市場における価格形成が歪められることなどを指す。新しい運用方法が、政治リスクおよび市場の撹乱から、中立であったのか否かを、次に検証する。
    日経平均株価は、2002年2月6日バブル後最安値を更新し(9,420円85銭)、3月危機が懸念されたものの、その後上昇に転じた。この間、公的年金積立金が政治的な意図に利用されていたのではないかと判断される。その根拠は、2点ある。

    第1点は、運用における情報開示方法が変更されたことである。資金運用部に預託されていた公的年金積立金は、7年かけて毎年度平均約20兆円が段階的に年金資金運用基金に償還される。7年後には、基本ポートフォリオの実現が目指されるものの、年金福祉事業団から年金資金運用基金が承継した資産がすでにあること、財投債引き受け協力を行うことなどから、基本ポートフォリオに至る過程では、経過的な資産構成をとることになる。経過的な資産構成を移行ポートフォリオと呼び、厚生労働省は、毎年度の移行ポートフォリオの公表時期を、当該年度の終了後、すなわち、事後的に行うこととしていた。
    情報開示の時期は重要である。国民に対する行政情報の透明性向上の観点からいえば、移行ポートフォリオは事前に開示されるべきであるが、市場運用の原則からすれば、事後公表が望ましい。なぜならば、資産構成を事前に公表することは市場に与える影響が大きく、かつ、年金資金運用基金にとっても、他の市場参加者に運用の手の内を明かすことは、運用上不利になるためである。
    一般に、市場参加者にとっては、材料に関する予測が大事である。材料とは、資産価格の形成に影響を及ぼす重要な政治イベントや経済指標などを指す。例えば、市場参加者の注目するアメリカの雇用統計や日銀短観などの経済指標に関しては、市場参加者によって事前の予測作業が行われる。市場参加者は、指標発表前に独自の予測値に基づいて行動を開始する。景気回復を示す指標が発表されると予測すれば、積極的に株式を購入するなどの行動をとる。指標発表時、予測と結果が一致すれば今までの行動が正しかったことになる。予測と結果に乖離が生じれば、予測に基づいてとった行動の修正が迫られる。政治イベントなど、重要な材料でありながら事前の予測が困難なケースもある。この場合、政治イベントの結果が明らかになるまで、市場参加者は、積極的な売買を行いづらい。市場はこう着状態となる。このように、材料に関する予測は、市場における価格形成にとって極めて重要な意味を持つ。
    2002年2月12日、移行ポートフォリオの公表時期を事後から事前に変更する旨の方針転換が、厚生労働省から発表された。公表日時は、3月12日に設定された。目的に関する公式の書面、および、3月12日に本件に関し厚生労働大臣より諮問を受けた社会保障審議会の議事録は公表されていないものの、厚生労働省の意図は透明性の向上であると報じられている(「朝日新聞」2月13日付朝刊)。しかし、日経平均株価バブル後最安値更新後もなお1万円割れが続く状態におかれていた市場参加者は、移行ポートフォリオの事前公表を材料と捉え、予測を開始する。 例えば、市場は次のような行動をとっている。
    「公的年金の積立金を運用する年金資金運用基金(旧年金福祉事業団)の2002年度の市場への新規投資額が、前年度の4.5倍に拡大する。特殊法人改革で特殊法人の財投債の発行規模が縮小する結果、基金の財投債引受額も減り、余った資金を市場に振り向けるためだ。一定割合は株式に配分する計画なので、公的年金の株式投資が急拡大するのは確実との見方が多い」(「日経金融」2002年2月15日)「『12 日に公的年金の来年度の資金配分が決まるのを前に、資金流入への期待が一段と高まった』(新光証券)との声も多かった」(「日経」2002年3月12日)。
    市場参加者は、移行ポートフォリオ事前公表を材料とし、株式需給におけるプラスの期待を形成していく。年金資金運用基金は、事前に運用の手の内を明かすことにより、他の市場参加者を出し抜きながら、運用を有利にすすめる機会を失ったことになる。このように、移行ポートフォリオの公表時期変更は、慎重に検討を進めるべきものであり、運用方法変更初年度の途中に行われる必然性は低かったといえる。 根拠の第2点は、市場参加者の行動を通じたものである。3月の新聞の市況欄には、しばしば公的年金資金という言葉が登場する。少なくとも市場参加者は、株価浮揚のために公的年金積立金が利用され得るとみている。また、移行ポートフォリオの公表時期変更、および、年金資金運用基金の売買行動は、市場の撹乱要因になっている。

    情報開示も不十分である。例えば、社会保障審議会年金資金運用分科会は、非公開である。また、移行ポートフォリオに関しても、厚生労働大臣から同分科会に諮問が行われているが、審議内容を、国民は知ることが出来ない。すでに述べた通り、移行ポートフォリオの事前公表は、公的年金積立金の運用上不利になり、保険料拠出者である国民にとって望ましくない。本来は、オープンな形で慎重に議論されるべきものである。
    国民負担に関する情報も不十分である。2002年5月に厚生労働省から公表された公的年金保険料の将来予測は、将来人口推計のみを変更して行われたものであり、2001年度の公的年金積立金の運用成績は反映されていない。2025年における厚生年金保険料31.9%、国民年金保険料2万9,600円(99年価格)は、2001年度の積立金運用成績を反映させれば、より高くなるはずであるが、この点は明らかにされていない。

    以上のとおり、2001年度にスタートした新しい運用方法には多くの問題点があり、運用方法の見直しが必要となる。見直しの進め方を考察する前に、諸外国の取り組みを概観する。

  4. 諸外国の取り組み

    諸外国の取り組みをみると、公的年金積立金をほとんど保有していない国、保有していても運用を国債に限定し、さらには市場を通さない国、積立金の一部を株式で運用するものの、運用主体に工夫を施している国などさまざまである。

    イギリス、ドイツ、フランスは、公的年金の財政方式は、完全な賦課方式であり、給付に必要な数カ月分程度の積立金しか保有していない。したがって、積立金運用に関する政治リスクなどの問題はそもそも発生しない。それでも、これらの国々は、少子高齢化の進行による公的年金保険料のピーク時にも、現行水準より対年収比0~3%程度の上昇で済むとの見通しを示している。

    アメリカでは、公的年金制度としては、連邦政府による社会保障制度の老齢遺族障害保険(OASDI:Old‐Age and Survivors Disability Insurance )のほか、2,211にのぼる州・地方政府ごとの職員退職制度など複数の制度が存在する。そのなかで、わが国の国民年金・厚生年金に相当するのが、OASDIである。 OASDIには、米国の全労働者の96%に相当する1億5,400万人が加入している。
    OASDIには、2001年末で1兆2,125億ドル(約155兆円)の巨額の積立金があるが、運用は、全額米国債であり、取引は社会保障庁と財務省の相対取引となっている。積立金は、国民からの受託資産と位置付けられ、社会保障庁長官、労働長官、財務長官、保健社会福祉長官、国民代表2名の計6名が受託者となっている。
    OASDI が全額国債で運用している背景について、社会保障制度諮問委員会(Advisory Council on Social Security)専門委員会のレポートは、以下のような整理を行っている。なお、同レポートは、社会保障制度の積立金を株式・社債に投資することに関し、委員会のコンセンサスを得ることが出来ないと結論づけている。

    a.国債であれば、事実上債務不履行リスクがない。
    b.株式への投資は、社会保障税の変動を拡大し、社会保障庁の目的に反する。
    c.株式と債券の収益率の相関関係を調べた実証研究も、政府による株式への投資を支持しない。
    d.公的年金は、人口動態・経済要因などの不確実性をすでに抱えており、まずは、これらの不確実性を確率的に取り扱うモデルづくりをする必要がある。
    e.株式への投資主体を政府ではなく、個人にシフトする考え方もある。
    f.個人の株式市場へのアクセスは、社会保障制度を通じなくても可能である。
    g.政府による株式投資には、政治リスクがあり、資産規模が大きくなるほど深刻である。
    h.その他

    OASDIの積立金は、全額国債による運用であるが、受託者は国民代表を含む複数の異なる母体出身者で構成されている。現行の運用方法が選択された背景には、上記のように、政府による株式運用のもたらす政治リスクの存在などの諸要因がある。 一方、わが国では、運用の基本方針の策定は厚生労働大臣が行う。年金資金運用基金には、理事長1名と理事2名以内、監事1名が置かれるが、理事長および監事は、厚生労働大臣による任命である。理事は、理事長が任命し、厚生労働大臣が認可する。このように重要事項の決定は、厚生労働大臣によって行われる。

    一方、カナダ、スウェーデンなど、積立金の一部による株式運用を行っている国もある。 スウェーデンの公的年金制度は、99年より新しい制度に段階的に移行中である。保険料を将来にわたり年収の18.5%で固定することを前提に、その範囲内で給付を行うことが新制度の柱となっている。保険料18.5%のうち、2.5%は、個々の名義のもとに積み立てられる完全な積立方式で運営され、16.0%は、賦課方式の財源となっている。賦課方式で運営する場合にも、年ごとの給付額と保険料収入額には、人口動態、給与の伸びなどによってブレが生じる。このブレを調整するためのバッファーとして積立金が存在し、積立金の運用主体も2001年に再編が行われている。
    スウェーデンの積立金運用における特徴の第1は、運用主体を複数設立していることである。運用主体として、AP基金(AP Fonden)と呼ばれる国民年金基金(National Swedish Pension Funds)を第1AP基金から第4AP基金まで、四つ設立することにより、運用成果を互いに競わせるとともに、外部からの評価を容易にしている。2001年の年初に、再編された各AP 基金は、1,340億スウェーデンクローネ(約1兆6,750億円)ずつ再分配され、長期的なリターンの向上という同一の目的のもと、独自のポートフォリオを組んで運用を再スタートしている。ポートフォリオは、国内外の株式や債券、不動産などで構成されている。
    特徴の第2は、AP基金の理事の選出方法にある。各基金には、各々9人の理事(理事長一人を含む)がいる。理事は、政府の任命であるが、労働者団体や経営者団体の推薦に基づき政府が任命した理事が含まれる。例えば、第4AP 基金の理事9名のうち、2名は労働者団体の推薦、2名は経営者団体の推薦によって選ばれている。
    特徴の第3として、リスク運用の結果が給付額で調整されることである。自動的収支均衡メカニズムの導入により、すでに述べた通り、保険料収入の範囲内で給付が行われるとともに、運用の成果も給付額で調整されることとなっている。 一方、わが国では、公的年金積立金は、名目で4.0%の利回りが目指されているが、4.0%に達しなかった場合、給付は固定されているので(確定給付)、不足分は保険料の引き上げで調整されることになる。すなわち、リスク運用の結果を、誰が負担するのかが、スウェーデンと日本とでは、全く異なる。

    カナダでは、98年から運用方法を変更し、従来の連邦債・州債のみの運用から、積立金の株式運用を段階的に開始した。2001 年3月末において、カナダの公的年金積立金の14%に相当する71億5,487万カナダドル(約5,900億円)を株式に投資している。株式投資の規模は、今後拡大し、2011年には1,300 億カナダドルに達するとの見通しが示されている。 政府から独立した運用主体として、カナダ年金制度投資委員会(CPPIB:Canada Pension Plan Investment Board)が新たに設立され、運用にあたっている。CPPIBの特徴は、運用における政府からの独立性と、資金規模の制限である。
    CPPIBの政府からの独立性を確保するために、理事の選出に工夫が施されている。CPPIBは、12名の理事(理事長を含む)で構成される。理事の選出方法は、次の通りである。まず、指名委員会(nominating committee)が、候補者を指名する。指名委員会の議長は、民間出身者が務め、政府と民間出身者でメンバーが構成される。次に、連邦政府財務大臣が、州政府財務大臣と協議のうえ、指名候補のなかから、理事を任命する。 CPPIBに流入する資金の経路は2種類ある。一つは、各年度の年金給付と保険料収入の差額である。もう一つは、連邦財務省によって運用されている債券の償還資金である。しかし、償還資金の借り換えの選択権は、連邦財務省にあり、この点において、CPPIBへの資金の流入は制限されることになる。
    このように、カナダにおける投資委員会理事の選出方法は、出身母体の異なる複数のメンバーが関与し、かつ、多段階的であることにより、運用における政府からの独立性を保証している。一方で、資金の流入の一部には連邦財務省に選択権があり、公的年金積立金全体のポートフォリオ策定に、連邦財務省も関与していることを意味する。

    わが国の公的年金積立金の運用方法を、以上の諸外国のなかに位置付ければ、運用対象のリスクはカナダよりやや高く、資金規模はアメリカのOASDI並みに大きい。しかしながら、運用主体としての厚生労働大臣・年金資金運用基金には、カナダやスウェーデン、あるいは、わが国よりもリスクの小さい運用を行っているアメリカよりも、政府からの独立性や投資の基本方針策定・投資行動における客観性に乏しいといえる。

  5. 見直しの議論の進め方

    わが国の公的年金は、巨額の積立金を保有し、年金資金運用基金は、既に10兆301億円(2001年12月末、時価)の国内外の株式投資を行っている。これまでの考察から、現行の運用方法の見直しは不可欠である。前掲のアメリカの社会保障制度諮問委員会専門委員会のレポートにおける指摘事項は、わが国にも積み残された課題としてそのほとんどが当てはまるだろう。見直しの議論は、次の二つのステップに分けられる。

    第1ステップは、積立金運用の落着点を定めることである。落着の類型は、次のように整理される。 第1の類型は、すでに保有している株式については運用を行いつつも、積立金残高全体を段階的に縮小し、最終的に積立金残高をほぼゼロにするドイツ・フランス型(完全な賦課方式)である。第2の類型は、すでに保有している株式を順次国債に転換し、最終的にアメリカ型(積立金保有、全額国債運用)にシフトしていくものである。第3の類型は、カナダ・スウェーデンのように株式運用を今後とも行うものである。 いずれの類型に落着させるにしても(それは、国民が選択するものであるが)、経過的に株式運用を行う組織が必要になる。すでに10兆円に達している年金資金運用基金の株式保有規模は、今後とも厚生年金基金の代行返上に伴う積立金の償還、毎年度の資金運用部からの償還で残高の増加が予想される。これらを売却した際の株式市場への影響を考慮すると、一度に売却するのは、公的年金制度にとって望ましいか否かにかかわらず、現実的な選択では、もはやなくなってしまっているためである。

    第2のステップは、従って、株式運用にも耐え得る経過的な組織づくりである。その際、すでに運用を行っているカナダやスウェーデンの例に学べば、次の五つの諸条件が充足される必要がある。

    a.政府からの独立性が確保されていること。純粋に、収益のみを追求するためには、政府からの独立性が備わっていなければならない。市場に与える影響を中立にするためには、客観的にみて、政治的な影響の及び得ない組織でなければならない。そのためには、厚生労働大臣という単一の主体によって運用の基本方針策定から人事まで重要事項のほとんどが決定される現在の運営体制を改め、次のb.c.によって、組織の独立性を担保する必要があろう。あるいは、スウェーデンのように、複数の機関を並列させることによって外部の評価を容易にし、投資行動をチェックするのも一案である。
    b.民間・政府など複数の異なる母体出身者による役員構成であること。
    c.役員の選出における客観性が確保されること。
    d.公的年金制度との整合性が保たれていること。特に、運用目標未達の場合、未達分を誰が負担するのかを明確にしておかなければならない。保険料で調整するのが現行方式であるが、後世代に負担を先送りしないためには、スウェーデンのように、給付額で調整するのが望ましい。
    e.情報開示が徹底されていること。

    しかしながら、五つの条件を完全に充足するのは難しい。例えば、役員を民間・政府など複数の異なる母体出身者に求めるとしても、出身企業の影響を払拭し得ないなど、完全に中立な人選を行うことは困難である。そこで、五つの条件の充足状況に合わせ、取り得る運用リスクと運用規模を調整することが必要になる。例えば、5条件の充足度が低ければ、リスク資産のウエートを大幅に減らし、また、運用手法をパッシブ運用に限定するなど、運用対象と規模をあらかじめ制限しておく必要がある。要するに、議論のなかで、運用主体の独立性など必要条件の整備度合いと運用対象のバランスをとっていくことが肝要である。

  6. おわりに

    公的年金制度に対しては、特に若い世代ほど不信感が強い。不信感を払拭し、公的年金制度の信頼を回復しなければならない。公的年金積立金の運用方法を見直すことは、信頼回復に不可欠な要素である。 公的年金積立金の運用方法が抱える問題は、単に公的年金制度の枠内のみにとどまらない。公的年金制度の信頼回復は、将来不安の払拭による個人消費喚起などマクロ経済上の重要課題でもある。
    また、公的年金積立金運用方法の抱える問題は、株式市場の活性化にとってもマイナスの影響を与える。一つは、公的年金積立金に対する市場の依存、本来の機能の後退である。本来の機能とは、企業価値を見極めることにより、市場を通じて効率的な資金配分を行うことにあろう。公的年金積立金による、継続的かつインデックス運用を主とした大規模なニューマネーの流入は、こうした機能を後退させる可能性がある。もう一つは、個人の資金流入を妨げることである。本稿で検証した公的年金積立金の動向は、個人投資家にとっては、撹乱的な情報となってしまう。これでは、個人投資家は、安心して株式市場に参入してくることは出来ない。
    特殊法人改革にとってもマイナスの影響を与える。行政改革推進事務局の「特殊法人等整理合理化計画」(2001年12月)によれば、年金資金運用基金は、2004年の次期財政再計算時までに、年金資金運用方針に則して、廃止を含め組織のあり方を検討することとされている。しかしながら、年金資金運用基金による2003年度の株式買い増しが3月12日の移行ポートフォリオにより既に公表されていることは、公的年金積立金運用のイギリス・ドイツ・フランス型、あるいは、アメリカ型への移行をより困難にする。本来は、年金資金運用基金の組織の在り方が決まる2004年まで、株式の買い増しは保留すべきであろう。いったん政府が株式を保有すれば売却が困難となるからである。政府の政策に整合性がなければ、特殊法人改革に対する国民の信頼も揺らぎかねない。
    このように、影響の及ぶ範囲は大きい。政府のみならず、経営者団体・労働組合・保険料拠出者代表(世代間格差の存在を考えれば、多世代にわたることが望ましい)などを交えたオープンな検討の場を設け、本稿で提示した議論のステップに則り、公的年金積立金運用方法の見直しが行われることを期待する。
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