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Business & Economic Review 2002年03月号

【POLICY PROPOSALS】
医療保険制度における世代間格差-社会保障制度の世代間格差是正に数値目標設定を

2002年02月25日 調査部 環境・高齢社会研究センター 西沢和彦


要約

  1. 社会保障制度の将来設計に当たっては、a.医療・年金・介護を一体として捉えること、b.将来世代の負担増への配慮、というニつの重要な視点がある。政府もこのニつの視点の重要性は認識しているはずであるが、昨年秋に公表された政府・与党の「医療制度改革大綱」をみる限り、いずれも十分生かされているようには見受けられない。
    その理由は、次の2点である。第1は、医療保険制度における世代間格差の定量的情報が不足していることである。公的年金制度に関しては、厚生労働省より世代間格差の試算が提示されているが、医療保険制度には公的年金制度と比較出来る試算がなく、社会保障制度全体における世代間格差を論じることが出来ない。第2の理由は、医療・年金・介護といった制度ごとの議論の実施時期がバラバラであることである。現在は、医療制度改革の議論が行われている。2002年度は、制度発足後3 年目を迎える介護保険制度において、介護報酬単価改定の議論が本格化する。2004年度は、2005年度実施に向けた公的年金制度改正の議論が行われる予定である。そこで、本稿では、大綱実施前後での医療保険制度の世代間格差を試算し、公的年金制度における世代格差とあわせて総合的に検証する。

  2. 医療保険制度における世代間格差の試算にあたっては、1930年生まれ(夫の生まれ年)から2010年生まれ(同)まで、20年間隔で5世代に同一のモデル世帯が存在すると仮定し、各モデル世帯の給付と負担を計算した。その結果を要約すると、次の通りである。

    第1に、政府・与党の「医療制度改革大綱」実施後も、なお大きな世代間格差が存在する。30年生まれの給付/負担比率が1.70倍(大綱実施前比0.17 ポイント低下)、すなわち、2,741万円の負担で4,669 万円の給付が受けられるのに対し、世代が若くなるにつれて同比率は低下し、2010年生まれの同比率は1.15倍となる(生涯ベース、以下同様)。

    第2に、医療制度改革大綱の実施前と実施後で、将来世代の負担と給付はほとんど変わっていない。大綱実施後の90年生まれの給付/負担比率は1.22 倍、2010年生まれは1.15倍であるが、大綱実施前とほぼ横ばいである。その理由は、大綱実施により現役時代の健康保険料負担の上がり幅は抑制されるものの、一方で自己負担額の増加に加え、医療費財源の公費負担割合引き上げの結果、国民が追加的な税負担を負わなくてはならないためである。

  3. 医療保険制度と公的年金制度の世代間格差をあわせて検証すると、次のようになる。

    第1に、公的年金制度に比べれば、医療保険制度における世代間格差は、相対的に小さい。公的年金における世代間格差は、30年生まれの給付/負担比率が4.20 倍もある一方、2010年生まれは0.50倍に過ぎず格差が極めて大きい。医療保険制度にも世代間格差は存在するが、格差は公的年金ほどには大きくはなく、かついずれの世代でも、負担を上回る給付が受けられる。

    第2 に、健康保険料と公的年金保険料を合算した将来世代が負わなければならない保険料率が高く、国民負担が重いことである。例えば、2030年には健康保険料12.4%(当社試算、標準報酬月額比)に公的年金保険料30.70 %(同)を加えると、合計43.1%が必要になる。同様に2050年には、標準報酬月額の46.6 %が必要となる。医療や年金における負担と給付の関係は、個別に論じてもあまり意味はなく、社会保障制度全体で議論しなければならない。

  4. 本稿における試算結果を踏まえて、以下のような政策を提言する。

    第1に、政府は公的年金制度のみならず医療保険制度においても、世代間格差の現状をデータ面から明らかにするとともに、世代間格差の是正を優先的な政策目標と位置づけ、具体的な数値目標を設定すべきである。

    第2に、世代間格差の是正や医療・年金・介護の効率的な組み合わせは、政府が恣意的に決定するのではなく、国民のニーズに裏づけられたものでなくてはならない。そのためには、経済財政諮問会議による「社会保障個人会計」のアイディアは、国民一人一人が給付と負担を把握するために不可欠な仕組みであり、本稿の試算プロセスを応用した早急な具体化が必要である。 なお、本稿の試算結果を踏まえれば、世代間格差の是正は、主として公的年金制度の改革で行い、医療保険制度はそれを補完する位置づけにとどめるべきであろう。

    第3 に、社会保障制度におけるバラバラな政策決定スケジュールを統一し、一元的な制度改革を行う必要がある。すなわち、公的年金制度は、99年財政再計算の内容がすでに現実と乖離しており、2004年の制度改正作業まで待つと歪みが拡大しかねないため、早急な制度改正が必要である。医療保険制度も政府・与党の大綱は、現行制度の一時的な延命策に過ぎず、抜本改革にはほど遠い。政府は、2003年度からの新制度への移行を前提に、2002年度中に社会保障制度トータルの具体的な改革を提示し、国民の合意を得る必要がある。
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