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Business & Economic Review 2004年09月号

【STUDIES】
エコノミック・キャピタルについて-銀行経営と監督の観点から

2004年08月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 翁百合


要約
  1. エコノミック・キャピタルは「銀行がリスクをとって個々のビジネスを行っていくうえで、当該ビジネスから発生する予想外の損失をカバーするために、用意し、配賦しておくべきリスクのバッファーとして必要な資本」と定義される。すなわち、エコノミック・キャピタルは銀行経営の内部リスク管理上必要とされる自己資本である。現在、わが国の金融機関は、不良債権を最終処理すると同時に、企業や事業の再生に取り組むことが優先課題となっているが、このためには、自らのエコノミック・キャピタルが十分確保されていることが必要条件である。

  2. 銀行のリスク管理上「信用コスト」がEL(期待損失)を意味するのに対し、「信用リスク」はUL(予想外の損失)を意味している。信用コストに対しては利鞘を確保するだけでなく、従来は検査マニュアルに基づき、ELの1年分または3年分の引当金を積んでいたのに対し、金融再生プログラム導入後、銀行は将来キャッシュフローから貸出残存期間全体にわたる信用コスト(EL)を差し引いた差額の割り引き現在価値を貸出の経済価値として算出し、減価している分に引当金を積む、というDCF 法の考え方の採用が進んでいる。エコノミック・キャピタルは、予想される貸出債権の平均的な損失(EL)をさらに超えた損失であるUL の発生に対して用意すべきクッションと位置付けられる。

  3. 銀行のリスク対応力をつけるためには、ELを適切に計測し、これに見合う利鞘の確保と会計上の引き当てを十分行い、さらにこうした対応をしてもあり得るべき予想外の損失(たとえば予想外の担保価格の低下など)に備えるため、リスク管理モデルによって算定されるUL に対応したエコノミック・キャピタルを十分配賦することが必要である。リスク対応力の強化のためには、税制の見直しや債務者区分の際の検査マニュアルの考え方など、引き当てを規定する環境も見直ししていく必要がある。

  4. エコノミック・キャピタルの部門間の配賦をコアとする統合的リスク管理は大手銀行を中心に高度化しているが、銀行界全体をみればまだまだ様々な課題を抱えている。こうした課題を克服しつつ、これを投資家にも開示することによって、銀行の健全性を高める方向が望ましい。バーゼル銀行監督委員会による新しい自己資本比率規制においても、エコノミック・キャピタルは、極めて重要な位置を占めることとなっている。今後の規制体系において、規制資本は依然として重要であるが、その相対的な重要性が低下し、代わりに「三本の柱」(規制資本のほか、エコノミック・キャピタルを軸とした監督上の検証、情報開示による規律)をいかにバランスよく組み立て、効率的・効果的かつ経営介入的でない監督を実施していくかが、国際的にみても今後の大きな課題となってきているといえるだろう。

  5. 銀行にとっての現下の課題は、自らの保有する不良債権から生じ得るリスクに対してエコノミック・キャピタルを配賦したうえで、アップサイドの利益を得られるような事業再生を進めていくことや、リスク・エクスポージャーを自己資本対比大きくしない方向で経営を行うために、融資契約に財務制限条項(コベナンツ)を付けたり、融資手法を過度に不動産担保に依存せず、キャッシュフローベースでのプロジェクト・ファイナンスとしていき、企業経営の中身を吟味して動産担保を見極めるなど、融資慣行をリスクとリターンに見合ったものへと変革していくことである。すなわち、リスク調整済み収益力をつけていくことが最大の課題といえよう。

  6. 健全性に大きな問題のない銀行のモニタリングに関しては、各銀行のエコノミック・キャピタルを軸としたリスク管理を十分に活用して、市場に対する開示を慫慂し、これを活用した監督体制を確立することが必要である。こうしたことが定着すれば、各銀行のリスク管理の高度化、統合化に対するインセンティブがさらに高まると考えられる。
    監督当局は、主観的に流れやすいエコノミック・キャピタルを客観的に判断し、検証していくために、新しい金融技術の流れを把握し、統計的な処理を検証できるだけの専門的な能力をつけていくことがますます求められている。そしてエコノミック・キャピタルの十分性の検証を監督上も重視していく以上、これと整合性のある監督や規制の在り方を税制や会計制度との関係も含めて、改めて総合的かつ体系的に検証する必要性が高まっている。
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