Business & Economic Review 2004年11月号
【REPORT】
海外直接投資の動向と日本経済への影響
2004年10月25日 調査部 経済研究センター 調査部 経済研究センター 益田郁夫
要約
- 2003年の工場立地件数は前年比24.6%増と3年ぶりに増加に転じたことを受け、製造業の国内回帰が始まったとの見方が出てきている。国内における設備投資回復の背景としては、a.中国向けを中心とした輸出の増加、b.為替レートの円安基調、c.デジタル家電市場の立ち上がり、など
- 確かに、足元では国内の設備投資が増加しているが、海外での日系企業の設備投資はそれ以上に増加する見込みであり、その意味では海外生産シフトが続いているといえる。したがって、今回の国内における設備投資の回復は海外からの「回帰」ではなく、国内での回復にとどまっているといえる。設備投資を国内と海外に区分してみると、短期的な景気循環のなかでは双方が増加しているものの、すう勢的には海外の伸びが国内を上回る状況が続いており、今回の国内における設備投資の回復局面でそのパターンが覆ると判断することはできない。
- 今後、海外生産シフトの動向に影響を与える要因について検討する。第1に、ブラックボックス化戦略などにみられる知的財産への認識の高まりや、セル生産方式の導入などによる生産性向上に対する努力の結果、国内生産の優位性が回復してきたことが指摘されている。しかし、ブラックボックス化の必要性が高い高付加価値製品の生産は、これまでも基本的には国内で行われてきており、その必要性が低い工程の海外シフトに大きな影響を及ぼすものではないと思われる。むしろ、ブラックボックス化の必要性が高い高付加価値分野で製品の実用化や改良をどれだけ進めていけるかが、今後の国内における設備投資の活性化のかぎとなろう。
- 第2に、デジタル家電分野の成長が、国内の製造部門を支える可能性が指摘されている。企業の経営改革や政府による支援策の結果、デジタル家電をはじめとした新規分野でわが国の競争力が高まることが期待される。もっとも、デジタル家電分野でも韓国や台湾などから急激なキャッチアップを受けていることに加え、これらの製品も技術的に成熟化していけば、キーデバイスなどを除いて海外に生産がシフトすることが予想される。
- 海外生産シフトを強める要因としては、企業の収益志向の強まりや、貿易や投資の自由化の進展による海外での投資採算の向上などがあげられる。業種別にみると、主要な自動車メーカーが中国での乗用車の量産へ向けて域内における部品や材料の安定供給体制の確立に取り組んでおり、それによって中国国内でも一定品質の乗用車を安価に量産できるようになれば、逆輸入によって国内生産が減少することもありうると考えられる。
- 賃金格差を背景に生産拠点が高所得国から低所得国へシフトすれば両国に分業のメリットが生じるが、その過程でわが国産業は知識集約的、あるいは資本集約的な方向にシフトするため、製造業の生産労働者は減少することになる。また、「生産労働者」の雇用が減少するにつれ、その賃金は「管理・事務・技術労働者」と比較して相対的に下落傾向を強めており、国内の所得格差が拡大する可能性を示唆している。こうした製造業における雇用の減少を踏まえると、経済全体での失業者を抑制していくためには、サービス産業での雇用吸収力を向上させていくための取り組みを強化することが必要となる。
- 研究開発や技術開発によって新たな製品分野で国際競争力を高めていかなければ、製造業における雇用の大幅な減少が続き、雇用調整コストの大きさから失業率の高止まりを招く懸念がある。国際競争力を強化するための諸施策は進捗しているものの、今のところその効果が十分に表れているとはいえず、製造業以外の雇用の受け皿を創出する必要性からも、遅れている規制改革や官製市場の改革などを推進することにより、サービス産業の活性化を実現する必要がある。