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Business & Economic Review 2004年11月号

【POLICY PROPOSALS】
国民年金と厚生年金の加入実態への定量的アプローチ-試算と提言

2004年10月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 西沢和彦


要約
  1. 2004年6月に年金改革法が成立した。第1のポイントは、負担と給付の調整である。保険料が段階的に引き上げられるのに加え、基礎年金の給付財源に占める国庫負担の割合が引き上げられる一方、給付水準が段階的に引き下げられる。
    第2のポイントは、生き方の多様化への対応である。具体的には、育児期間への配慮の拡充、在職老齢年金制度の対象拡大、離婚時の年金分割制度の創設などである。
    政府は、今回の改革の背景の一つとして、少子高齢化の一層の進行をあげているが、とりわけ、第1のポイント、すなわち、負担と給付の調整が必要となる背景が少子高齢化の進行であるという説明だけでは、国民を納得させるには、十分ではない。例えば、2002年度の国民年金財政が赤字に転落した原因の一つに、高齢化の結果として給付費が膨らんだ側面もあるものの、主な原因は、保険料の納付率が政府の当初計画と比べて大きく落ち込んだ結果、保険料収入が計画を下回ったことにある。加えて、2002年度の国民年金の加入対象者数自体は、当初計画を上回っており、少子化により加入対象者数が減少したわけではない。
    このように、今回の年金改革、とりわけ負担と給付の調整についてみれば、少子高齢化の進行よりも、むしろ、実態の変化がその根因であると捉えることができる。したがって、わが国の年金制度の在り方について、建設的な検討を深めていくためには、まず、年金制度自体が直面している実態を正確に把握することが不可欠である。本稿では、年金制度の在り方を決定付ける加入状況について定量的に把握したうえで、今回の改革の評価および提言を行う。

  2. 「国民年金は自営業者の年金制度である」としばしば言われるが、総務省の「労働力調査」と社会保険庁の「公的年金加入状況等調査」を用いて、国民年金の加入実態を検証すると、加入対象者に占める自営業者のシェアは4分の1を下回る。したがって、もはや、国民年金制度は、自営業者の年金制度とはいえなくなっている。国民年金制度への加入対象者のうち、最もシェアが高いのは雇用者であり、それに自営業者、失業者、学生、主婦など様々な属性の人が混在している。

  3. 次に、公表されている統計データを用いて厚生年金の空洞化の推計を行う。
    国税庁は「民間給与所得者の実態調査(民間給与実態調査)」のなかで、民間給与所得者の人数を所得階級ごとや業種ごとなどに分類し、毎年度公表しているが、この民間給与所得者数と社会保険庁が公表している厚生年金制度などの被用者年金制度の被保険者数(除く公務員)を比較すると、約40年前は、両者はほぼ一致していた。すなわち、その時点では、民間給与所得者は、ほぼ被用者年金制度の被保険者であり、必然的に空洞化もほとんど存在していなかったと言える。ところが、現在では、両者に2,000 万人の乖離がある。
    2,000万人の乖離は、二つに分類できる。一つは、制度上の乖離である。被用者年金の被保険者(除く公務員)は、民間給与所得者よりも狭い概念であるため、両者には乖離が生じうる。もう一つは、まさに「厚生年金の空洞化」と呼びうる部分である。すなわち、加入要件を満たしているにもかかわらず、加入していない人である。本稿の推計では、312 万人から926 万人が「空洞化」として位置付けられる。試算の前提の置き方によって、このような数値の幅が生じるものの、看過し得ない規模の厚生年金の空洞化が存在することは否定できない。

  4. 現行制度の枠組みのもとで行われた今回の改革を、安易に肯定することはできない。現行制度が立脚する国民年金の加入実態に関する認識はもはや妥当ではなく、また、厚生年金の空洞化の存在を認識していないためである。
    今回の年金改革は、国民年金の定額保険料負担を存置し、国民年金と厚生年金や共済年金が併存することを前提としている。これらの根拠となっているのが、「国民年金は自営業者の年金である」という誤った現状認識である。
    また、今回の年金改革では、現行の13.58 %の厚生年金保険料率をさらに段階的に引き上げることが決定されているが、既に看過し得ない規模の厚生年金の空洞化が推定されるなか、事業主の追加的な負担となる保険料率の引き上げは、空洞化を一層拡大させることになりかねない。そこで、現行制度の枠組みにとらわれない制度改革が必要となる。その一つの選択肢が「基礎年金の給付財源の全額消費税化」である。他にも、諸外国の事例に学べば、現行制度を大きく変えない範囲での選択肢も存在する。例えば、1999年に行われた英国の国民保険改革のうち、自営業者に対する保険料のあり方に関する改革はわが国にも応用することができる。本稿の試算によれば、わが国の国民年金保険料を、現行の定額月額13,300円から、6.5%の定率部分と月額8,000円の定額部分の二本建てに変更することが可能である。定率部分を導入することによって、所得の発生しない自営業者は8,000 円の負担で済むことになる。

  5. 2004年6月の年金改革関連法可決後も、政府の「社会保障の在り方を考える懇談会」などの場で、年金改革の議論が続けられている。今後の議論においては、まず、実態を正確に把握する必要がある。また、それらは、政府・与党のみならず、野党においても共有されなければならない。
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