Business & Economic Review 2004年11月号
【OPINION】
郵政改革の推進に向けて-焦点はユニバーサル・サービスの見直し
2004年10月25日 藤井英彦
- 進展する郵政改革論議
(イ)郵政改革が進行している。2004年9月に経済財政諮問会議が策定した基本方針をベースに、今後、一段の検討を踏まえて2005年の通常国会に関連法案が提出され、2007年4月には新たに日本郵政会社(仮称)が発足する予定である。もっとも、郵政改革では、日本郵政公社の民営化が注目されやすいものの、民営化自体は改革の目的ではない。民営化によって構造改革を進め、わが国経済・産業の成長力や競争力を一層強化していくことが目的である。
(ロ)そうした観点から、まず郵便事業についてみると、内外を問わず、物流企業の台頭が著しく、市場競争のさらなる激化が見込まれるなか、高付加価値サービスによって消費者の支持を確保し、積極的な事業展開が図れるかどうかが焦点である。それによって、郵政公社が誇る充実したネットワークの有効活用が促進され、政府の一機関として蓄積・整備されてきた、いわば国民的資産の遊休化、いわゆる埋没費用化も回避されよう。
(ハ)一方、郵貯や簡保事業についてみると、2003年度末時点で220 兆円の郵便貯金と120兆円の保険契約準備金、合計340兆円に上る個人金融資産の有効活用の成否が最大の鍵となる。中国や東欧各国などの旧社会主義諸国が、1990年代半ば以降、隔絶した価格競争力を武器に急速かつ飛躍的な経済発展を遂げ、さらに近年では、技術力や研究開発力の強化をてこに先端分野への進出にも次第に成功する一方、先進各国では、高付加価値分野での競争力確保・強化に向けた取り組みが一層強まるなか、資源小国のわが国が、そうした厳しい国際競争を勝ち抜き、引き続き旺盛な経済活力を維持することができるか否かは、他国を大きく凌駕する1,400兆円に上る個人金融資産の有効活用の成否が重要なポイントの一つになっているためである。
これは、かつて財政投融資制度の下に散見された非効率な投資、例えば、郵貯を通じて集められた資金が使用頻度の低い道路や保養施設の建設や維持・補修に費消される資金ルートをいかに遮断し、代わって、高成長事業やリーディング産業に対する円滑な資金供給、さらに新規事業・産業の勃興を促すリスク・マネーの供給をどれだけ実現・達成できるかによって、中長期的なわが国の成長力の帰趨が決定されるという事情に基づく。加えて、多様な新製品・サービスの登場、あるいは、ナノテクや燃料電池などに象徴される不連続な技術革新の結果、将来の不確実性が一段と増大している点を踏まえてみると、わが国経済・産業が成長分野の確保に成功するためには、ターゲットとなる市場をあらかじめ特定するのではなく、幅広い分野で様々な取り組みが行われる投資スタイルが最適であり、そのためには、政府の関与を排除し、市場原理が貫徹した資金ルートを整備・確立する以外に有効な方策はない。 - 焦点はユニバーサル・サービス
(イ)こうした観点からみると、現時点での改革論議、とりわけ、ユニバーサル・サービスをめぐる議論には問題がある。すなわち、競争原理にゆだねると、都市部など、採算に乗る地域にだけ参入する動き、いわゆるクリーム・スキミングを排除できず、不採算エリアでのサービス提供が困難になるため、ユニバーサル・サービスを維持・確保するには、法律上にせよ運用上にせよ、郵便事業と郵貯・簡保事業、さらに他の事業の兼営によって資金や利益を融通し合うなどの内部補助を行ったり、顧客情報を転用して幅広い事業展開の有利性、いわゆる範囲の経済を活かす、あるいは、参入規制のもと信書分野など一定分野での市場独占を認めたり、財政支援を行うなど、不採算部分のユニバーサル・サービスについて、そのコストが補填される仕掛けが不可欠であるという議論である。
(ロ)仮に、こうした論理をベースに民営化後の新制度の設計が行われると、市場競争原理は徹底されず、その結果、構造改革の目標達成が困難化する懸念が大きい。一方、2005 年通常国会への民営化関連法案の提出を目指して、郵政事業の枠組みに関する検討が年内にも結論を得るという今後のタイム・スケジュールに照らすと、ユニバーサル・サービスの再検討は喫緊の課題といえよう。
(1)郵便事業
(イ)それでは、ユニバーサル・サービスをどのように位置付けるべきか。こうした観点から、まず郵便事業についてドイツ・ポストの例をみる。なお、同社に着目した理由は、先進主要各国のなかで、近年、ドイツの郵便事業改革が最も積極的に行われてきたなか、同社が民営化に成功し、このところ一段と業容を拡大し業績を向上させているためである。
そこで、ユニバーサル・サービスの観点からみると、ドイツ・ポストは、民営化によって競争力の強化に力点が置かれるなか、ユニバーサル・サービスの維持に失敗し、政府の規制を余儀なくされたと指摘されることが多い。これは、ドイツ・ポストの郵便局数が、両独統合によって東西のポストが一体となった90年末時点には2 万9,285局あったのに対して、その後の整理・統合によって一貫して減少し、97年には1万5,331局と90年末対比ほぼ半減するなか、郵便局の減少にさらなる歯止めをかけ、全ドイツを通じて一定水準の郵便サービスを維持・確保するために、98年、連邦政府が、ユニバーサル・サービス令(der Post- Universaldienstleistungsverordnung :PUDLV )を公布したという経緯に基づく。
その結果、ドイツ・ポストは、a.郵便局数の下限として、全体で1万2,000局、そのうち直営郵便局は5,000局とされたうえ、b.人口4,000人超の自治体には例外なく郵便局を1 カ所以上設置する一方、c.市街地の郵便局相互間の距離を最大2km 以内とする、などの規制を受けることとなった。わが国では、こうしたドイツ・ポストの経験を踏まえ、民営化によって競争原理にゆだねるだけでは、ユニバーサル・サービスの維持が困難になる懸念が大きく、本サービスを確保するには、法律上、明文を以って規定したり、規制を設けるなど、政府の関与を前提とした枠組みが不可欠との認識が根強い。
(ロ)しかし、近年の同社の動きをみる限り、そうした認識は必ずしも正しくない。まず、2003年に入って、郵便局数が増加したことである。すなわち、ドイツ・ポストの郵便局数は、98年にユニバーサル・サービス令が公布された後も減少を続け、2002年末には全体で1 万2,683局、直営郵便局で5,030局と、同令の下限に近づいたものの、2003年末には、一転して1万3,514局と前年比831局増加した。なお、郵便局をドイツ・ポスト職員が運営する直営郵便局と、ガソリンスタンドやコンビニエンス・ストアなど、社外に委託する委託郵便局の二つに分けてみると、いずれも増加しており、直営郵便局が5,513局と前年比483局増加する一方、委託郵便局も8,001局と前年比348局増加している。
2003年の郵便局数の増加に対しては、ドイツ・ポストが自発的あるいは積極的に行ったものではなく、2002年2月施行の新郵便法に基づいてユニバーサル・サービス令が改正され、郵便局の設置規制が厳しくなった結果との指摘もあろう。2002年の新ユニバーサル・サービス令では、郵便局を少なくとも1カ所設置しなくてはならない地方自治体の人口基準が、従来の4,000人超から2,000人超に半減されたうえ、人口の多寡によらず、80km2に1カ所以上郵便局を設置することが新たに義務付けられたためである。
もっとも、ドイツ・ポストによると、2002年の制度改正に伴って必要となる新設局数は、人口基準見直しで203局、80km2規制で125局、合計328局で、必ずしも多くない。加えて、新設が必要な328局のうち大半が2002年中に設置されている。すなわち、人口基準見直しで目標とされた203局のうち158局、80km2規制では目標の125局のうち85局、合計すると新設が必要な328局のほぼ4分の3に相当する243局が設置された。なお、設置基準の強化によって郵便局の新設が行われる一方、効率性向上に向けた見直しによって既存郵便局の統廃合が進められた結果、2002年末の郵便局数は、全体で前年比171局、直営郵便局で前年比175局、それぞれ減少している。
こうした事情を加味してみると、2003年の郵便局数の増加は、郵便局の設置基準の厳格化など、政府による規制強化の結果ではなく、むしろ、ドイツ・ポストの経営判断に基づく積極的な事業展開の帰結と位置付けられよう。
(ハ)それでは、このところのネットワーク増強に向けたドイツ・ポストの取り組みは何によるものか。そうした観点から改めてドイツ・ポストの事業環境をみると、とりわけ競争環境の整備、すなわち、EUの郵便事業自由化に歩調を合わせた2002年の制度改正によって、2003年以降、ドイツ国内でも郵便事業の自由化テンポが加速されたことが指摘されよう。
郵便事業に対する参入規制は2007年末で打ち切られ、2008年初以降、完全自由化されるというスケジュールに変更はないものの、2002年の郵便法改正によって参入規制が一段と緩和され、民間事業者の参入範囲が、従来の200g以上または最軽量の書状料金の5倍超という基準から、2003年初から2005年末までの3年間は100g超または最軽量の書状料金の3倍以上に、さらに2006年初から2007年末までの2年間は50g超または最軽量の書状料金の2.5倍以上に拡大されたことである。ちなみに、郵便事業の所管官庁であるドイツ郵便電気通信規制庁(Die Regulierungsbehorde fur Telekommunikation und Post :Reg TP )によると、郵便事業のなかで規制緩和によって自由化された市場が全郵便市場に占めるシェアは、2002年末までの23%から、2003~2005年に32%に上昇した後、2006~2007年には41%に達する見込みである。
(ニ)もっとも、郵便局数が増加しても、それだけでは不十分である。都市圏に集中して郵便局が新設されるなど、地域偏在型の展開であれば、ユニバーサル・サービスの向上には結び付かないためである。しかし、このところのドイツ・ポストの郵便局数の増加は全国的な取り組みであり、地方圏でもネットワークの増強が図られている模様である。これには、地方圏での競争激化という事情が指摘されよう。すなわち、ドイツ郵便電気通信規制庁によると、規制緩和によって民間事業者の市場参入が進むなか、その形態は全国規模ではなく地域別参入にとどまるものの、対象エリアは都市圏よりも地方圏、とりわけ相対的に経済力に劣る地方圏が中心とされる。
そこで、州別に2003年末時点での人口100万人当たりの新規参入業者数を対比してみると、全国平均が18.1社であるなか、旧西ドイツ各州はいずれも10社前後にとどまっているのに対して、旧東ドイツ各州では総じて30社前後に達する。さらに、この州別新規参入状況に失業率の州別格差を重ね合わせてみると、旧西ドイツ各州が10%前後であるのに対して、旧東ドイツ各州はいずれも20%前後に上っており、郵便事業での新規参入の動きは、経済力が強い州ほど弱く、逆に経済力が弱い州ほど強いという逆相関の関係が看取される。こうした競争要因をてこにしたドイツ地方圏でのネットワーク拡充の動きに即してみると、わが国の郵政民営化議論で指摘されている懸念、すなわち、競争原理が導入されると、採算性の高い都市部では営業基盤の拡充など、サービスが強化されるとしても、採算性が相対的に低い地方圏では郵便局の統廃合などが行われる結果、サービスの低下は不可避という見方は必ずしも正しくない。
(ホ)以上を総括してみると、少なくとも近年のドイツ・ポストのユニバーサル・サービス強化の取り組みに即してみる限り、政府の厳格な規制は必ずしも有効ではなく、むしろ、市場競争メカニズムがその原動力となったという評価が可能である。この背景には、今後、一段の激化が見込まれる国内外の競争に打ち勝っていくためには、内外の競合事業者を凌駕する充実したサービスを提供できる営業基盤の構築が大前提であり、そのために、まずドイツ国内のネットワークの増強が最優先課題として取り組まれるに至ったという事情が指摘されよう。すなわち、競争条件が確保された市場、とりわけネットワーク市場において、事業者にとってユニバーサル・サービスは、コストを増やし円滑な事業展開を阻害する障害・義務ではなく、消費者など、エンド・ユーザーから支持を取り付ける切り札であり、事業発展の礎と位置付けることができる。加えて、2002年の郵便局の統廃合にみられる通り、競争原理が確立された市場では、顧客サービスの向上に向けた様々な取り組みが積極的に推進されると同時に、重複投資の回避や生産性の向上など、効率的な経営が要請される結果、個別企業サイドでは業績の向上や収益力の拡大が加速される一方、一国経済全体としてみると、ヒト・モノ・カネなど、経済資源配分のひずみが是正されて経済・産業の成長力が増大し、新たな雇用創出が促進される。
(2)郵貯・簡保事業
(イ)次に郵貯・簡保事業では、ユニバーサル・サービスをどのように位置付けるべきであろうか。もっとも、先進各国を見回しても、わが国の郵貯・簡保に相当する公的貯蓄機関は存在しない。確かにドイツではドイツ・ポストがポストバンクを傘下に持っているし、フランスでは郵便局(ラ・ポスト)が貯金事業を併営しているものの、いずれも、わが国の郵貯・簡保事業に比べて規模が隔絶して小さいため、同列に論じることは困難であり、少なくともわが国郵政改革遂行に当たって示唆を得るという観点からみる限り、参照するには無理がある。
(ロ)そこで、観察範囲を広げてみると、生命保険事業を公的機関が行っている国はないものの、金融事業であれば、ドイツに存在する。すなわち、州立銀行と貯蓄銀行から構成される公的銀行制度である。これは、a.いずれも地域密着型金融機関で、b.一般に州立銀行には各州政府が出資する一方、貯蓄銀行は市町村が出資しているうえ、c.政府保証による信頼性の高さを武器に民間銀行を上回る有利な条件で資金の調達や運用を行ってきた、という特徴がある。
さらにその規模をみると、わが国郵貯・簡保事業にほぼ比肩している。すなわち、個人金融資産に占める各機関の預貯金のシェアをみると、最新データの2002年末時点で、州立銀行が7.9%、貯蓄銀行が16.7%、合計24.6%を占めるのに対して、わが国では2003年度末時点で郵貯が16.4%を占め、さらに簡保の保険契約準備金の8.5%を上乗せすると、合計24.9%となるため、ドイツ公的銀行の預貯金シェアとほぼ同水準である。ちなみに、ドイツのポストバンクの預貯金が個人金融資産に占めるシェアは1.6%にとどまる。
加えて、近年、ドイツの公的銀行では制度改革が推進されるなか、改革に対して、地域に根差した金融サービスが低下・喪失するのではないかとの懸念が指摘され、反対論が展開された。こうした諸点、とりわけ、政府保証が付与され、そうした特典を武器に有利な業務展開が行われた点を踏まえてみると、わが国の郵政改革の議論を深めるうえで、ドイツの公的金融制度改革は格好のケース・スタディーといえよう。そこで、本制度改革の経緯と概要を整理すると、次の通りである。
(ハ)まず経緯についてみると、かねてよりドイツ内外から公的銀行制度の問題点が指摘されてきたなか、90年代に入り、欧州市場統合の動きが本格化するのに従い、99年には欧州銀行協会が提訴するなど、対立が先鋭化した。そうした情勢下、2001年5月、EU委員会は、ドイツ政府に正式に書簡を送り、公的銀行は、政府が特定産業を援助し公正な競争を阻害する制度である旨、EU条約にのっとって勧告し、関係者間での協議を経て、同年7月18日、EU委員会とドイツ政府は公的銀行制度改正に関し合意に達した。
一方、合意の概要を整理すると、a.まず、公的銀行に対する政府保証は、4年間の移行期間を経て、2005年7月18日に打ち切れられ。b.しかし、既存債務については当該債務の償還時まで、移行期間中、すなわち、2001年7月19日から2005年7月18日までの債務については2015年末まで、政府保証が維持される。c.さらに、州や市町村など、公的セクターによる銀行保有形態については、有限責任性が明確に打ち出されたうえで維持される、の3点が指摘できる。
(ニ)このようにEU 委員会の勧告から極めて短期間のうちに、連邦政府、さらに地域の公的サービスの提供主体として、また公的銀行の出資者として議論に参加したという意味では州政府も含め、ドイツ政府が公的銀行改革に合意した背景には、単に長年にわたるドイツ内外からの厳しい批判、あるいは移行期間中の債務への政府保証の延長や政府出資の継続が認められたことだけでなく、ドイツ経済の再活性化、さらに成長力の強化を実現するためには、公的銀行制度の改革と競争原理の導入が不可欠という認識が浸透・定着していたという事情が指摘されよう。すなわち、従来、公的銀行が高い信用力を武器に資金を調達し、主として地元の住宅建設事業や地場企業への融資業務を行ってきたことは、地域経済の底上げや社会・生活環境の維持・改善に役立ってきたものの、他方、相対的に信用力に劣る民間銀行や未成熟の資本市場などを通じた、いわば市場原理に基づく資金ルートの発展・充実を阻害し、成長産業や有望事業への円滑な資金供給に掣肘を加えており、それがドイツ経済の活力低下の一因となってきたという見方である。そこで、ドイツの個人金融資産に占める預貯金のシェアをみると、2002年末時点で、州法銀行および貯蓄銀行は合計で24.6%に上るのに対して、民間銀行は17.4%で公的銀行の7割に過ぎないうえ、株式のシェアは5.2%にとどまる。このようにみると、金融資産のフル活用を改革の主眼と位置付ける限り、少なくとも金融事業分野では、ユニバーサル・サービスを過度に重視するよりも、市場原理の確立が優先される必要がある。
(ホ)なお、わが国郵政改革の議論に即してみると、ドイツでは、公的銀行に対する政府保証は移行期間を設けたうえで廃止されるものの、a.州政府や市町村など、出資関係は改革の対象とされなかったうえ、b.公的銀行は新商品開発についても、従来同様、制約を受けず、c.さらに、政府保証の付いた債務と付かない債務について、その運営および収益を別建てにして管理する、いわゆる新旧勘定の分離も行われない。この点から推せば、わが国の郵政改革でも、a.民営化後も政府の出資関係を維持しつつ、b.新商品の開発あるいは融資業務など、新規事業に着手したり、c.新旧勘定を厳格に分離した管理は行わず、民営化された郵政会社が旧勘定を新勘定と一体として運用したり、旧勘定からの収益を活用することも、特段の問題はないという見方も有り得よう。
しかし、こうした点について、ドイツの公的銀行とわが国の郵貯・簡保事業とを同列に論じることはできない。両者を比較すれば、事業規模がまったく異なっているためである。すなわち、わが国の郵貯および簡保は、民間の銀行や生命保険会社をはるかに凌駕する巨大な存在であるのに対して、ドイツの公的銀行は地域密着型の金融機関であり、数が多く、総じて小規模である。1行当たりの資産規模を民間銀行と対比してみると、2004年6月末時点で、4大銀行が2,632億ユーロ、民間銀行全体で72億ユーロであるのに対して、州立銀行は13行で平均1,073億ユーロであり、さらに貯蓄銀行は486行で平均20億ユーロに過ぎない。
このようにドイツの公的銀行の場合、数が多く、銀行一つひとつの規模が小さいため、仮に政府出資が残っていても、政府保証を明確に遮断することで公的企業としての特典が打ち消されて、民間企業と同一の競争条件、すなわち、イコール・フッティングが実現され、その結果、市場原理から乖離して公的銀行に偏重していた資金ルートが正常化に向かい、成長産業や有望事業への円滑な資金供給が促進されよう。これは次の事情に基づく。すなわち、事業の不振や倒産など、不測の事態が発生した場合、規模が大きいと、一国経済全体に深刻な影響を及ぼすなど、経済的・社会的インパクトが甚大であり、政府が救済する以外に選択の余地がない、いわゆる“too Big to Fail ”という事態が必至であり、加えて、そうした展望を多数の人々や企業が抱く結果、仮に、制度上、政府保証が打ち切られても、暗黙の政府保証に対する期待が根強く残存し、事実上、民間企業とのイコール・フッティングが阻害される懸念が大きい。それに対して、規模が小さいと、地域経済、さらに一国経済全体が深刻な打撃を被るリスクが小さいうえ、そうしたショックが民間の企業活動などによって容易に吸収され得るため、政府が敢えて救済する必要がなく、暗黙の政府保証に対する期待が成立し難いという事情である。
このようにみると、わが国郵政改革のなかで、少なくとも金融事業について規模の是正は必須要件であり、地域分割などによって暗黙の政府保証に対する期待を明確に遮断するスキームが整備されない限り、a.国からの出資が解消されないうちに、b.新商品の開発や新規事業に着手したり、c.新旧勘定について、運用や収益管理の一部だけにもせよ、一体運営をするといった事態は、市場原理をゆがめ郵政改革の目的に根本から背馳するため、容認されない。
(ヘ)さらにドイツの現状をみると、政府保証の打ち切りが2005年7月に迫るなか、公的銀行では、貯蓄銀行を中心に整理・統合の動きが次第に加速している。貯蓄銀行数は90年代半ばには600行前後で推移していたものの、公的銀行改革が本格化し始めた99年以降、減少に転じて99年から2002年にかけて前年比20行前後のペースで減少した後、2003年に入って減勢に拍車が掛かって前年比29行減り同年末には491行と500行を割り込んだうえ、2004年入り後も減勢が続き6月末には486行まで落ち込んでいる。
ここで改めて郵政改革論議に立ち戻ってみると、わが国では、郵便・郵貯・簡保など各郵政事業を円滑に推進し、地域サービスの低下を回避するためには、各事業を分割せずに現状を維持して一体運営し、幅広い事業展開のメリット、いわゆる、範囲の経済を活用していくのが望ましいという論理が一部で根強く主張されている。
しかし、次のようなドイツの公的銀行改革を巡る動きを踏まえてみると、こうした論理の特異性が浮き彫りとなろう。すなわち、ドイツ公的銀行で整理・統合の潮流が拡大するなか、公的銀行だけに金融事業以外の収益業務の兼営を認めたり、政府が公的銀行に対して業務面にせよ資金面にせよ何らかの形で支援を行う、などの特例措置は一切採られていないことである。これは、ドイツの公的銀行改革において、経済・産業の再活性化や成長力の強化に向け、資金ルートのひずみを是正し個人金融資産をフルに活用することが最大の眼目である点に照らせば、市場原理の貫徹が公的銀行改革の核心であって、市場原理の制約に作用する措置は例外なく排除されなくてはならないためである。
具体的にみると、金融機関に金融事業以外の収益事業の兼営を容認することによって、次の二つのリスクが発生する。すなわち、a.金融事業以外の収益事業が行き詰まった場合、その影響は、多かれ少なかれ、当該金融機関の金融事業を通じて、預金者や融資先などの取引先にとどまらず、取引銀行を通じて金融システムに波及し、一国経済全体に深刻な影響を及ぼす、いわゆるシステミック・リスク、b.金融事業とそれ以外の収益事業の収益性や成長性は異なるため、収益性や成長性が高い分野からみると、低い事業分野を兼営している結果、資金調達や事業展開で制約を受け、可能性を最大限追求することができない一方、収益性や成長性が低い分野からみると、高い分野での信用力を援用することで、有利な条件で資金を調達して事業展開を行うことが可能になり、競合事業者との競争条件の同一化、すなわち、イコール・フッティングが確保されない結果、過剰投資や過少投資、過剰雇用や過少雇用が行われる資源配分のひずみを増幅させるリスク、の二つである。なお、それらのリスク排除が、先進国か否かを問わず、世界各国で銀行や保険会社など、金融事業者に対して金融事業以外の事業兼営に厳格な制約が設けられてきた所以である。
こうした観点を踏まえたうえで、わが国の郵政改革に即して整理すれば、郵政事業のうち、とりわけ郵貯事業と簡保事業では、地域分割などによる規模の見直しと政府出資の廃止などによって暗黙の政府保証に対する期待を払拭することに加えて、それぞれ他の事業との分離および政府保証付き取引と民営化後の取引との分離を明確かつ完全に行うことが不可欠である。具体的には、金融事業以外からの事業リスクの波及や利益を融通し合う内部補助、あるいは他の事業分野で入手された情報の転用を遮断するスキームの整備は必須要件である。
(3 )ユニバーサル・サービス理論
(イ)そもそもユニバーサル・サービスとは何か。そこで、ユニバーサル・サービスをめぐる論点を明確にするために、ここで改めてユニバーサル・サービスを典型的な経済理論に即しながら整理してみた。
まず、ユニバーサル・サービスとは、自然独占という市場の失敗に対して、参入規制を設け独占事業者を制度上認めることで、重複投資など、非効率な資源配分を回避したうえで、当該独占事業者に対して、全国規模で一定水準のサービス提供を義務付ける措置であり、不採算地域での事業撤退や割高な価格設定など、市場独占によるデメリットを回避するための方策と位置付けられる。例えば、電力事業に即してみると次の通りである。
発電所にせよ送・配電線にせよ、設備はいずれも大規模で投資コストが膨大なため、仮に自由な市場参加を認め、複数の事業者が需要を上回る発電所や同一エリアに複数の送電網や配電網を整備した場合、各事業者が競争している間は設備稼働率の低さが問題となる一方、いったん事業者が採算性の悪さから電力市場から退出すると、設備が特殊で転用が困難なため、直ちに遊休化して不稼働資産となり、いわゆる回収不能な費用、すなわち、埋没コストが発生する。言い換えると、そうした産業分野では市場規模に比べて固定費用が大きく、供給量の増加に従って平均費用が逓減する事業であるため、単一の事業者によるサービス供給が経済合理性からみて最適であり、何らかの外的制約がない限り、時間の経過とともに自然に独占状態が形成されていく。こうしたタイプの独占が自然独占とされ、市場原理にゆだねると資源配分のひずみを招来するという意味で、代表的な市場の失敗の一つとされる。
そうした市場の失敗を阻止し、資源配分のひずみを回避するには、参入規制を設け、特定事業者が発電所や送・配電網を一括して所有し、独占的事業運営を許容する以外に方策はない。しかし、単に参入規制を設けるだけでは、離島や山間部では電力供給が行われなかったり、災害時の復旧作業が遅延する、あるいはコスト対比過大な料金設定が行われるなど、適切なサービスが提供されない懸念がある。ユニバーサル・サービスとは、そうした事態を回避するために独占事業者に対して負荷される事業義務であり、ユニバーサル・サービス義務とも呼称される。なお、こうした枠組みをベースとして、自然独占を起点に、参入規制やユニバーサル・サービス義務の理論が生成・構築されてきた結果、そうした議論は、電力やガス事業、あるいは鉄道や電気通信業など、総じてネットワーク型産業で展開されてきた。
(ロ)しかし、ユニバーサル・サービスは、市場の失敗を回避するための参入規制という特例措置が円滑に機能するための方策であるという特異な位置付けに着目してみると、参入規制や市場の失敗という前提条件が崩れると、ユニバーサル・サービス義務を事業者に負荷する根拠が喪失されることになる。そうした観点からみると、20 世紀半ば以降、かつて自然独占とされてきた分野で参入規制に対する疑義が次第に拡大してきた。
まず第1 は64年に提唱されたアバーチ・ジョンソン効果である。これは、参入規制が設けられた事業分野では、提供されるサービス価格の決定方法として、一つひとつのコストを計算し、その合計額から算出する総括原価方式が採用されていたなか、固定資産のコスト計算では、一定の公正報酬率が設定され、固定資産費用が大きければ大きいほど、利潤が増えるスキームとなっていたため、コスト抑制に向けたインセンティブは弱く、むしろ、不要不急の資産であっても購入されるなど、過大な設備投資が行われ、資源配分のひずみが助長されやすいとの主張である。こうした知見が次第に浸透しコンセンサスが形成されていったことが、まず80 年代に入って米英で断行された公益事業の規制緩和に繋がり、さらにその後、サービス価格の決定スキームに、同業のなかで最も生産性の高い企業を基準として計算するヤード・スティック方式、あるいは同業や類似業種の動向を参考に一定の生産性上昇を織り込むプライス・キャップ方式を導入し、競争メカニズムの活用を図る動きに展開した。
第2は技術革新による市場環境の変化である。端的な事例が電力自由化である。すなわち、電力事業では、従来、初期投資コストが大きく自然独占性が強いため、参入規制が設けられていたのに対して、ガス・タービン分野を中心に発電技術が飛躍的に進歩し、設備の小規模化と投資コスト低下が推進された結果、発電事業への新規参入が容易になり、自然独占性が後退した。こうしたなか、送電ネットワークについては参入規制が維持され、引き続き独占市場とされているものの、それ以外では自由化が一段と進展しており、発電分野のみならず、発電事業者が企業や個人に直接電力を販売するなど、小売り分野についても、ドイツでは98年4月から、イギリスでは99年5月から完全自由化が実施されている。さらに今日では、より小規模のマイクロ・ガスタービンのみならず、燃料電池や太陽光発電も含め、1セット当たり数百万円まで設備コストが低下し、今後一層の技術進歩と価格低下が見込まれるなか、企業や家庭がそれぞれ独自の発電施設を所有する自家発電の普及が展望されている。なお、発電技術の進歩によって電力変換効率が向上するなか、電力自由化が進展している先進各国では、環境負荷の低下やエネルギーコストの削減など、環境問題への取り組みも進められている。
第3はインフラ整備や経済発展による市場環境の変化である。典型例は鉄道事業である。すなわち、道路網や飛行場など、交通インフラが未整備で経済規模が小さい時代において、鉄道網は貴重な物流インフラであった。需要量が少ないなかでの重複投資は直ちに埋没コストとなる一方、経済成長に伴って需要の増大が見込まれるとしても、重複投資に見合うほどの需要増加は限界的に見込めないうえ、そもそも経済規模が小さいなか、重複投資を行う資金的余裕量はなかったため、鉄道事業は自然独占が強い産業分野と位置付けられ、先進諸国か否かを問わず、総じて国営事業として運営された。しかし、先進諸国ではいずれの国でも、第二次世界大戦後の長足の経済発展によって資金的余裕が生まれ、高速道路や港湾、飛行場が整備されて、トラックやバス、船舶や飛行機など、多様な物流ルートが発展する一方、配達時間指定や少量多頻度配送など、より付加価値の高い物流サービスの提供が拡大するなか、鉄道サービスは次第に他の交通サービスとの競争に晒され、いわゆる、モーダル間競争が本格化するに至り、鉄道事業の民営化が推進された。
(ハ)こうした経緯を踏まえたうえで、ユニバーサル・サービスの前提条件である自然独占性や参入規制の必要性という観点から、郵政事業をみるとどうか。
まず郵便事業について、拠点間の物流業務と、郵便ポストあるいはエンド・ユーザーでの個別集配業務とに分けてみると、物流業務の自然独占性は、モーダル間競争にみられる通り、現時点において希薄である一方、集配業務では、集配人の戸別配達や一つひとつのポストからの収集に依存するため、各集配人が受け持つ集配量が一定規模に満たない限り、重複サービスは割高となり、物流業務に比べて自然独占性があるといえよう。
しかし、集配業務でも、物流インフラの拡充や経済発展、あるいはバーコードやICタグなどの技術革新を踏まえてみれば、そうした条件が揃う以前に比べて、競争条件が整い自然独占性が後退している可能性が大きい。すなわち、仮に集配業務分野の固定費用が市場競争に許容されないほど大きい、すなわち、同市場が収穫逓減であれば、中元や歳暮の配送サービスや宅配便サービスは維持困難な筋合いとなるにもかかわらず、今日、それらのサービスは問題なく行われている。こうした事実に照らしてみる限り、少なくとも今日、郵便事業の自然独占性は小さく、そうした市場環境の変化が、EU 各国をはじめとして、近年、郵便事業の完全自由化への取り組みが広がってきたメカニズムと捉えられよう。なお、国際郵便、すなわち、郵便物の収集段階と配送段階で異なる組織が担当しつつ、一体として郵便サービスが行われるスキームがすでに問題なく機能している現状を踏まえると、国内郵便事業について、JR やNTT のような地域分割を行うことも一案であろう。
それに対して、郵貯・簡保の金融事業についてみると、そもそも自然独占性は希薄である。このため、郵貯・簡保事業について参入規制を設けたり、ユニバーサル・サービス義務を課する必然性は小さい。
(ニ)もっとも、こうした見方については、わが国の場合、市町村合併の進展によって地域サービスの低下が懸念されるなか、地域における郵便局のサービスは重要であり必要であるとの主張がある。しかし、次の三つの点を考慮すると、地域サービスを維持し確保するために、郵政事業に対してユニバーサル・サービス義務を課すべきであるという主張には問題が多い。
すなわち、a.郵政改革の目的が、まず、構造改革を通じてわが国経済・産業の成長力や競争力を強化していくことにあり、1,400 兆円に上る個人金融資産の有効活用にあるとすれば、郵便・郵貯・簡保の各郵政事業がそれぞれ競争力を具備・強化する必要があり、そのためには市場原理に基づいた効率的経営が大前提である。b.一方、地域サービスの維持・確保、あるいは地域経済の底上げは、本来、地域再生政策や都市再生政策の領分であり、市場経済原理を通じて資源配分のひずみを是正し、競争力強化を図るべき民間事業主体が担うべき負担ではない。c.今日、ユニバーサル・サービスを義務として位置付ける見方が少なくないものの、ドイツ・ポストの近年の自発的な郵便局増強の動きや今日の内外物流企業のネットワーク強化に向けた積極的な取り組み、さらに過去においても、米AT&T社が1908年に世界で初めてユニバーサル・サービスの語彙を使用した折、同社はそれを、他者を凌駕する自社のサービス水準の高さを消費者など、エンド・ユーザーにアピールする宣伝文句として用いたという経緯を踏まえてみると、ユニバーサル・サービスは企業競争力の源泉であると同時に、市場競争の成果と位置付けることができる、の3点である。
(ホ)公益サービス提供主体としての問題に関連して、内容証明郵便の配達など、公的色彩が濃厚な業務の遂行は公務員に限定されるべきとの主張がある。しかし、こうした見方も、PFI(Private Finance Initiative )やPPPs(Public -Private Partnerships )、あるいは市場化テストなどの取り組みに端的に表れている通り、公的サービスの提供責任は、国あるいは地方公共団体など、政府にあるとしても、提供主体は、必ずしも政府に限定される必要はなく、企業や個人、あるいはNPOなど、非政府主体にも拡大されるべきである、というイギリスを震源地に内外で近年盛り上がっている官民の役割を見直す動きに即してみれば、その論拠を失おう。
さらに、仮にユニバーサル・サービスを確保する必要があるとしても、市場競争原理を排除するのではなく、市場競争原理を生かす方策が存在する。すなわち、ユニバーサル・サービス・ファンドである。これは、都市圏など、収益性の高いエリアで営業する事業者から拠出された資金をプールし、そのファンドから、地方圏など、収益性が低いエリアのユニバーサル・サービス事業者に資金を供与し、一定のサービス維持を図る制度であり、一定のフォーミュラに従って運用されるため、政府の関与を最大限排除し、市場原理を歪めない制度である。86年に米電話事業で導入された制度で、a.資金の拠出・供与額は、最適の資源配分によって達成されるコストを基準に算出・決定され、経営の巧拙に伴うコストや採算の変動が捨象されるうえ、b.基準からの乖離が一定の範囲に収まる限り、コストはまったく補填されず、c.大幅に基準から乖離してコストが補填される場合でも、補填額は基準からの乖離全体ではなく、その一部に限定されるなど、効率的経営を促すスキームとなっている。
翻ってわが国をみると、本制度はすでに電話事業について導入済みである。そこで郵便事業についてみると、ドイツでは、郵便事業が完全自由化される2008年以降、ユニバーサル・サービスに問題が発生した場合、ユニバーサル・サービス・ファンド制度の活用が想定されている。すなわち、市場競争によるサービス提供を原則としたうえで、万が一に備えた枠組みとして本制度が用意されており、市場原理との組み合わせという意味で、ハイブリッド型ユニバーサル・サービス・ファンド制度とも呼称されている。 - 今後の課題
(イ)以上を踏まえ、今後、郵政改革議論を進めていくポイントを整理すると、次の3 点を指摘することができる。
第1 は郵政改革の目的を改めて整理したうえで、国民に対して、民営化によって初めて構造改革が推進され、わが国経済・産業の成長力や競争力の強化が実現されるという郵政改革の必要性と意義を明確に示すことである。国民は、郵政改革が小泉政権の掲げる重要な政策課題の一つに位置付けられている点は了知しているものの、a.なぜ現在の公社形態でなく、民営化でなくてはならないのか、b.郵便・郵貯・簡保などの郵政事業をなぜ分離しなくてはならないのか、c.ユニバーサル・サービスをはじめ、利便性の高い現在の郵便公社の事業スタイルを見直すことがなぜ必要なのかなど、郵政改革の必要性についてみると、現時点においても依然として国民各層にわたり必ずしも十分な理解が得られているとは言い難い。国民的コンセンサスがいまだ形成されるに至っていない結果、郵政改革に対して疑義や反論が依然として根強く残り、深刻な議論の対立を招来し、改革論議を迷走させる根因となっている。こうした事態を放置すれば、仮に理想的な結論がとりまとめられ、それに沿った形で法律が成立しても、国民各層の協力を得られず、改革が頓挫したり、中途半端なものに終わる懸念が大きい。
第2は郵政改革の具体像を明示することである。すなわち、わが国経済・産業の成長力や競争力の強化という郵政改革の目的を、市場原理をフルに活用し、1,400兆円に上る個人金融資産を最大限活用することによって実現していくには、郵政改革において最終的にどのようなスキームが必要かという観点から、目指すべき姿を具体的に明示することである。そうした観点から改めて要点を整理すると、とりわけ次の5点は不可欠のポイントである。すなわち、a.郵便・郵貯・簡保など、郵政事業分野の完全分離によって、事業リスクを遮断し、利益の相互利用などの内部補助や他事業で収集・獲得された情報の流用を阻止する。c.政府保証が付された債務と、民営化後の債務とを完全に分離し、債務の帰属や運用、さらに利潤の帰属をはじめ、あらゆる面で例外なく別法人管理とし、運用をめぐる情報交換や共有を遮断する。c.民間企業を上回る事業規模や政府出資など、暗黙の政府保証期待に繋がるリスクは例外なく排除する。d.租税や預金保険料、生命保険契約者保護機構負担金など、民間事業者と同一の公的負担を担う一方、銀行法や保険業法、貨物自動車運送事業法など、民間事業者と同一の法規制に服すなど、民間と競争条件の完全なイコール・フッティングを実現する。e.市場の占有度や暗黙の政府保証期待の存否などに照らして、独占禁止法の厳格な運用を図る。とりわけ、市場シェアが大きい事業主体に対して、実質的な競争市場を実現していくには、83年から90年代半ばまで米長距離電話市場で行われた規制、すなわち、AT&T社を規制し、新規市場参入者のMCI社やスプリント社には規制を免除した片務的規制をわが国に導入し、積極的活用を図ることも有効な方策であろう。
第3は、現在の日本郵政公社と改革後の最終形とを結ぶタイムテーブルを明確に示すことである。このタイムテーブルの策定作業に当たって、上述した郵政改革の目標や具体像といった理念と、次のような現実論との融合を図っていく必要がある。すなわち、a.どのように収益体力を強化し、利潤を上げていくか、b.巨大な組織の構造的改革に適合したシステム改革をどのように進めるか、c.国や地方自治体、あるいは独立行政法人や特殊法人に対して、郵政公社が現在果たしている機能をどのように見直すか、などの諸論点である。そうした視点からみると、地域分割など規模の縮小や政府出資の廃止をはじめとするあらゆる条件が整い民間事業者との完全なイコール・フッティングが達成されるまで、業務の拡大は一切認められず、現行の業務についても厳格な制約を課すべきという見方もあり得るものの、それでは、事業性からみて非現実的なプランになる懸念が大きい。しかし、事業性が重視されるあまり、理念が等閑視された場合、わが国の資源配分のひずみは一段と助長され、わが国経済・産業の成長力や競争力の中長期的低下が不可避となろう。このようにみると、郵便・郵貯・簡保などの郵政事業が完全分離され、ドイツ貯蓄銀行並みまで事業規模が縮小されるのであれば、暗黙の政府保証期待がほぼ払拭される結果、同国の公的銀行改革で行われたように、政府出資が残っていても、新商品の開発や事業の拡大が許容される可能性がある一方、郵政事業の完全分離や事業規模の縮小が不完全なものにとどまるのであれば、暗黙の政府保証期待を遮断するために政府出資の廃止や、政府保証付き債務と民営化後の債務の新旧勘定の完全分離が焦眉の急となる一方、新商品の開発や事業拡大は一切認められないこととなろう。
(ロ)郵政改革はわが国経済が21世紀の厳しい国際競争を生き抜くために不可欠の構造改革である。加えて、わが国国内で少子高齢化問題が次第に深刻化する一方、海外では先進国か否かを問わず、企業に対する租税負担の軽減や一段の行財政改革による民間活力の発揚を図り、各国が国内市場の整備・強化を強力に推進するなど、内外の諸情勢が構造的変化を遂げるなか、わが国にとって郵政改革を通じた国内市場の整備・強化や資源配分のひずみの是正は喫緊の課題である。そうした情勢下、今回の郵政改革が不十分なものに終わった場合、国内市場の整備が2017年度以降に先送りされるだけでなく、スピード競争が国際規模で加速するなか、わが国経済・産業が国際間競争に劣後する懸念が大きい。このようにみると、今回の郵政改革はわが国経済にとって21世紀の飛躍に向けた大いなるチャンスであると同時に、この機会を逸すれば、再び深刻な長期停滞に至るリスクともいえよう。小泉内閣の強力なリーダーシップの発揮が切望される。