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Business & Economic Review 2003年04月号

【OPINION】
東アジアにおける経済統合を見据えた自由貿易協定(FTA)戦略を確立せよ

2003年03月25日 調査部 環太平洋研究センター 高安健一


1990年代より、自由貿易協定(Free Trade Agreement:FTA)を締結する国・地域が急増している。2002年6月末時点で、172件が世界貿易機関(WTO)に通報されている。欧米と比べてFTAの締結件数が極端に少ない東アジアにおいても、2000年を境に、多くの国がFTA締結に向けて一斉に動きだした。
わが国初のFTAとなった「日本・シンガポール新時代経済連携協定」が2002年11月末に発効した。わが国、従来からのWTO を軸とした多角的通商交渉と、2国間・地域の枠組みであるFTA交渉を同時並行的に進める「重層的アプローチ」へと、対外経済交渉の軸足を移しつつある。しかしながら、FTA時代への準備が整っているとは言い難い。東アジアにおける自由貿易地域の創設を視野に入れたFTA戦略を早急に確立するとともに、それを国内の経済制度改革と連動させることが強く望まれる。

  1. 多国間交渉と異なるFTA の交渉プロセス
    第2次世界大戦後の世界の貿易体制は、GATT(関税および貿易に関する一般協定)とWTOの下で、自由・多角化・無差別の原則に従い、多国間交渉を積み重ねることにより維持されてきた。わが国が自由貿易体制の恩恵を最も享受してきた国の一つであることに疑いを挟む余地はない。他方、90年代に入ってから、2国間、あるいは地域内でFTA を締結する動きが世界的に加速した。99年12月にWTOシアトル閣僚会議が決裂して以降、多国間交渉の枠組みが行き詰まったとの認識が広まり、そうした傾向に拍車がかかっている。
    FTAは、締結国が構成する自由貿易地域において、域内産品の貿易を自由化することを定めた協定であり、その内容はWTO 協定と整合的でなければならない。具体的には、a.第三国に対する貿易障壁がFTA 締結前より高くならないこと、b.FTA 構成国間の実質的にすべての貿易(往復貿易額のおおむね90 %以上)を無税とすること、および特定セクターを一括除外しないこと、c.交渉開始から「妥当な期間」(通常10年)の間にFTA を完成すること、という三つの条件が付されている。
    FTA交渉は、三つの点において多国間交渉と異なっている。第1に、FTA の交渉項目を柔軟に設定出来る。交渉相手国が同意すれば、モノとサービスの自由化にとどまらず、WTOで取り上げられていない分野も含めて交渉項目に含めることが可能である。シンガポールとの経済連携協定には、関税撤廃、数量規制禁止、セーフガード、アンチダンピング、原産地規制などにとどまらず、投資(保護)協定、知的財産権、紛争解決、電子商取引、人の移動などに関する協定も含まれている。
    第2に、FTA 交渉は首脳が主導する形で始まる。事務方による事前調整があるにせよ、首脳同士がFTA交渉を開始することで合意したことを受けて、作業部会(ワーキング・グループ)などが設置される。また、学識経験者や産業界の代表などで構成されるスタディ・グループが組成されることが多く、FTA 締結のメリットとデメリットを整理した報告書が首脳に提出される。
    第3に、産業界の要望事項をFTA に盛り込める余地が大きい。FTAは、WTOやアジア太平洋経済協力会議(APEC)とは異なり、交渉相手国数が少ないことや、交渉項目の設定が柔軟であることから、産業界からの具体的な要望事項を交渉のテーブルにのせることが出来る。シンガポールとの経済連携協定には、当時の経済団体連合会から出された幅広い要望事項のうち、税制関連など明らかに範囲外であったものを除いた46 項目が取り上げられた。

  2. 統一的なFTA 戦略と推進体制を早急に確立せよ
    わが国は、数多くの国・地域との間で同時にFTA 交渉を推進しようとしている。ASEANについては、2002年にタイとフィリピンとの間で作業部会がそれぞれ設置された。インドネシアとマレーシアも、わが国とのFTA交渉に強い関心を示している。また、ASEAN全体との間では、2002年11月に、「日・ASEAN包括的経済連携構想」を10年以内の出来るだけ早い時期に実現すること、および2003年に政府間委員会で検討を開始することで合意している。韓国については、日韓投資協定に2002年3月に署名するとともに、FTA共同研究会が開催されており、盧武鉉新政権の対応次第では大きく進展する可能性がある。台湾との間では、民間レベルの研究会を立ち上げることで合意している。北米自由貿易協定(NAFTA)の構成国であり、かつ欧州連合(EU)ともFTAを締結しているメキシコについては、現地日系企業が欧米企業よりも不利な扱いを受けていることから、2003 年中の締結を目指している。
    このようにFTA交渉が目白押しとなっているにもかかわらず、わが国には統一的なFTA戦略も、その実現に必要な体制も整っていない。外務省経済局は2002年10月に、「我が国のFTA 戦略」と題するペーパーを公表した。また、同省は、翌11月に、「自由貿易協定・経済連携協定推進本部」を立ち上げるとともに、経済局に「FTA・EPA室」を設置した。こうした動きは評価出来るものの、「我が国のFTA 戦略」は、政府の公式見解でも、外務省全体のコンセンサスでもなく、経済局の方針と位置付けられるものであろう。戦略の中身は、どの国と締結交渉を優先的に行うべきかという、順位付けに関するものが中心となっている。他方、経済産業省、財務省、農林水産省は、それぞれが管轄する分野を中心にFTA に対する考え方を個別に公表している。わが国は、関連する省庁の協議や首相レベルの政治判断を織り込んだ統一的な戦略を欠いた状態で、交渉に臨んでいる状態にある。
    さらに、どの国・地域との交渉を優先的に進めるべきかという点についても、コンセンサスは得られていない。外務省は、ASEAN のいくつかの国との間で、まず2国間FTAを締結したうえで、それら諸国とわが国を構成国とする全体協定の協議を開始するという青写真を描いている。これは、ASEAN諸国間の経済格差が大きいことや、各国に固有の事情があることから、締結が容易な国から順次交渉を開始するというアプローチである。NAFTAが、米加自由貿易協定と米墨自由貿易協定を経て誕生したこととイメージをだぶらせているようである。これに対して、旧通産省時代よりASEAN 全体との間で様々な対話や支援の枠組みを培ってきた経済産業省は、2国間交渉よりもむしろASEAN 全体との交渉を優先しようとしているようにみえる。

  3. 東アジア自由貿易地域の創設を見据えてFTA 交渉に臨め
    (1)国内の経済改革を促す手段としてのFTA と地域経済統合
    FTA戦略を構築するためには、わが国の対アジア経済政策の最終的な着地点を想定しておく必要がある。わが国は、99年に形成されたASEAN +3(日・中・韓)の枠組みとFTA 交渉を連動させることにより、東アジア自由貿易地域を創設することを見据えて、そのための道筋を詳細に検討し、具体化に向けた協議を開始すべきである。EUのように域外に対して共通関税を設定する関税同盟ではなく、NAFTAのように自由貿易地域を形成しつつも、締結国が個別に域外諸国とFTAを締結出来るものが求められよう。
    FTA交渉を東アジア自由貿易地域の創設へと結びつけていくべき理由は、域内での貿易や投資が拡大していることにとどまらない。経済制度のハーモニゼーション(調和)が域内での経済活動を円滑にするための課題となっているが、WTO の枠組みでは対応できない部分が多い。FTA交渉を積み重ねることにより、WTO ではカバー出来ていない投資、電子商取引、環境、労働などの分野に関する経済制度のハーモニゼーションを進めなければならない。また、2001年にみられた中国に対する暫定セーフガードの発動を巡る一連の騒動が示すとおり、東アジアには域内の通商紛争を解決するためのメカニズムが整備されていない。
    FTAや東アジア自由貿易地域の創設は、わが国国内の経済改革と密接に関連してくる。わが国を含む東アジア諸国が積極的に取り組んできたAPECは、貿易・投資の自由化を謳っているが、そこでの合意事項は条約としての法的拘束力を持たない。尾池が指摘しているように、FTA締結国が相互に関心を有している分野について、相手国が国内法を改正すると、その後は一方的に変更出来なくなることから、自国企業の活動の法的安定性や予見可能性が高まる。同時に、FTAの締結は、わが国の国内法の改正を伴うことから、国内における経済制度改革とも連動することになる。広範な対象項目を含むFTA網の構築とそれを基盤とする東アジア自由貿易地域の創設は、わが国を含む東アジア諸国の経済制度の総点検としての性格をもつとともに、合意事項は構成国の経済制度改革を法的に拘束することになる。EUやNAFTAのケースでは、創設にあたって加盟国の経済制度を全面的にレビューしたうえで、交渉を通じて経済制度のハーモニゼーションが推進された。そのハーモニゼーションなしには、単一市場は成立しえない。単一市場がなければ、域内企業の競争力強化に向けた動きや、域外からの直接投資の流入促進効果は期待し難いのである。
    東アジア諸国は、長年にわたり良好な経済パフォーマンスを維持してきたがゆえに、構造改革に真摯に取り組んでこなかった面がある。ところが、97年に通貨危機に見舞われ国際通貨基金(IMF)の金融支援を受けた国々は、大掛かりな構造改革を実施した。中国もWTO加盟により自国の経済制度の全面的な再検討を迫られている。わが国だけが経済制度の総点検を経験することなく、諸々の問題を先送りしてきたのではなかろうか。

    (2)中国をFTA交渉相手の中心に据えよ
    わが国にとって、本来であれば、経済規模が大きくかつ地理的に隣接した中国が、最も重要なFTA交渉の相手国となるはずである。わが国政府は、「中国はWTOに加盟して間がなく、当面は協定が順守されるか否かを注意深く見守っていく」とし、中国とのFTA締結については時期尚早との姿勢をとっているように見受けられるが、これは問題の先送りに他ならない。すでに、2002年11月に開催されたASEAN+3の首脳会談において、中国側より、日・中・韓におけるFTA締結に向けた協議を開始しようとの提案がなされている。ボールは日本側にある。政治体制や経済の発展段階が異なるにせよ、モノやサービスのみならず、人、資本、情報などの分野でも急速に経済関係が緊密になっている隣国との間で、FTAを結ぶのは自然な選択である。さらに、2001年のわが国による暫定セーフガードの発動、中国企業による知的財産権の侵害、農産物の残留農薬問題、中国からの不法就業者の増加など懸案事項が多いからこそ、FTA交渉の場で多くの項目を取り上げるとともに、紛争処理メカニズムを制度化しておく必要がある。外務、財務、経済産業、農林水産など各省庁の次官・局長クラスが訪中し、対話の機会をもったことは歓迎すべき動きであり、FTA交渉へと発展させていくことが強く望まれる。
    さらに、わが国は、中国との対話を通じて、同国とASEAN が2002年に正式に交渉を開始することを決定したFTAについて、対象項目を広範に取り上げることとWTO協定との整合性を維持すべきことを強く働きかけなければならない。途上国間のFTAについては、往復貿易額の90%以上を含むという条件が緩和されている。安易な妥協によって、例外措置が多く含まれるFTAが東アジアに形成されることがないように牽制する必要がある。

  4. わが国が早急に回答を用意すべき二つの課題
    (1)フィリピンからの専門家派遣についての要望
    わが国はすでに、FTA交渉において、国内の構造改革と深くかかわる課題を東アジア諸国から突きつけられている。その一つが、人の移動である。東アジアで経済制度のハーモニゼーションが進み、経済交流が一段と活発化するにつれて、人の移動が大きくクローズアップされることは間違いない。すでにフィリピンとの作業部会において、看護師、医師、介護師などの健康・医療関係者およびベビーシッターなどの家事補助者の就労受け入れについて、強い関心が示されている。少子・高齢化が急速に進むなかで、優れたフィリピンの看護師がサービスを提供することは両国にとってメリットがある、というフィリピン側の主張にどのように対応するのか、わが国は早急に回答を用意しなければならない。
    わが国政府は、第9次雇用対策基本計画(平成11年8月13日閣議決定)において、国際化への対応方針を示している。そのなかで、「わが国の経済社会の活性化や一層の国際化を図る観点から、専門的、技術的分野の外国人労働者の受け入れをより積極的に推進する」と述べる一方で、「単に少子・高齢化に伴う労働力不足への対応として外国人労働者の受け入れを考えることは適当ではなく、まず高齢者、女性等が活躍できるような雇用環境の改善、省力化、効率化、雇用管理の改善等を推進することが重要である」と述べている。そして、「国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分慎重に対応することが不可欠である」としているが、外国からの専門家の流入にどのように対応すべきなのか、明確な方針はいまだに示されていない。2002年10月にマニラで開催されたFTA 作業部会では、厚生労働省の担当者が欠席したことに対し、フィリピン側は不満を隠さなかったと伝えられている。
    他方、わが国は、フィリピンにとって、人の移動がむしろ農林産品の対日輸出の拡大よりも重要な問題であることを理解したうえで交渉に臨むべきであろう。海外で就労しているフィリピン人労働者(Overseas Filipino Workers)は2000年末時点で734万人(暫定値)に達しており、全人口の1割弱を占めている。海外の労働者によるフィリピン本国への送金は2001年に60億ドルに達し、同年の名目GDPの8.4%、輸出額の8.7%に相当する。中央銀行が把握していない分を含めると、送金額はかなりの規模に達するはずである。
    海外で就労している734万人のうち、わが国に滞在しているのは17.5万人(2.4%)にすぎず、フィリピンにとってわが国は潜在的な有望市場である。フィリピン政府は、単純労働者やエンターテイナーの輸出ドライブを仕掛けようとしているのではない。医療関係を中心に付加価値の高い労働者を数多く海外に派遣した方が、本国への送金額が増えるという発想である。欧米ではすでに多数のフィリピン人看護師が就業している。仮に医療分野の人材の受け入れが難しいのであれば、わが国は作業部会において、具体的な根拠を示しながらフィリピン側を説得しなければならない。

    (2)農業セクターについては、農林水産品ごとに木目細かい対応策を
    FTA 交渉で必ず議論になるのがわが国の農業セクターの取り扱いである。FTAが往復貿易額の90%以上を含まなければならないという条件(GATT第24条との整合性の確保)を満たすことが出来ない場合、協定そのものを締結出来ない危険性がある。
    実は、わが国がすでにFTA 締結に向けた協議を行っている国々との間で、この問題を乗り越えることはさほど難しいことではない。確かに、シンガポールとの経済連携協定でも農林水産物の取り扱いが難航した。しかし、無税の農林水産品約500 品目(農林水産品目全体の21%)を対象に含めたことにより、農林水産分野をセクターとしてカバーし、GATT第24条との整合性を確保した。さらに、もともと自然条件が大きく異なるASEAN 諸国との間で、先方の関心品目とわが国のセンシティブ品目が一致するケースは多くはないであろう。ASEAN 諸国自身がアセアン自由貿易地域(AFTA)のなかで、多くの農林水産品をセンシティブ品目に指定していることからみても、ASEAN との間で何らかの妥協点を見いだすことはさほど困難なことではなかろう。
    ただし、わが国のFTA 交渉における農業セクターの取り扱いについては、二つの点に留意する必要がある。第1は、農業セクターの取り扱いがFTA交渉で大きな障害となり、かつ国内調整が困難になる可能性が極めて高い国を、わが国が交渉相手から除外していることである。すなわち、アメリカ、オーストラリア、チリ、カナダなどの世界有数の農業輸出国とのFTA交渉は回避し、もっぱらWTOの場で対処しようとしている。また、「WTOの次期ラウンドの成果を見極めたうえで、FTAへの対応を決定する」という姿勢も到底受け入れられない。WTO の新ラウンドのスケジュールは、モダリティ(関税などの削減スキーム)の合意が2003年3月末、第5回閣僚会議に対する各国譲許表案の提出が2003年9月、農業部分を含むラウンド交渉全体の終結が2005年1月1日となっている。その後にFTA 交渉を開始し、10年後に協定の発効に漕ぎ着けたとしても、2015年になっている。
    第2は、わが国とASEAN のFTA を巡る協議は、正式な外交交渉としてのステータスを付与されていないことである。それは、あくまでもわが国とASEANの包括的経済連携「構想」であり、「協定」という言葉は使われていない。農業セクターが障害となり、90%を達成できない事態を想定して、意図的に協定の締結を回避しようとしているのであれば、極めて遺憾である。わが国の要望事項だけを作業部会で相手国に突きつけ、先方の関心事項を最初から除外するのであれば、ASEAN諸国のわが国への信認は間違いなく失墜する。わが国は、シンガポールとの経済連携協定を雛型とし、ASEAN 諸国に対して対象項目が広く高レベルの協定を締結することを提唱しており、そうした態度は言行不一致といわざるをえない。さらに、タイが外務省を、フィリピンが貿易産業省と外務省をそれぞれ議長にすえて作業部会に臨んでいるのに対し、わが国は経済産業、外務、財務、農林水産の4省が共同で議長を務めていることも、相手国には不自然に映ろう。
    加えて、農業セクターの取り扱いについて「(FTA交渉が)わが国農林水産業が進めている構造調整の努力に悪影響を与えないように配慮することが不可欠」という言い回しには疑問を感じざるをえない。FTAを農業セクターの構造改革に生かすための施策を纏めるのが農林水産省の役割ではなかろうか。わが国の農業が厳しい状況に置かれている原因を、一度WTOやFTAと切り離して、国内問題として真正面から捉えなおす必要がある。各種統計は、わが国の農業セクターの苦境が深まっていることを如実に物語っている。平成7年から12年までの間に、米価は20%下落し、主業農家の農業所得は392万円から302万円に減少した。食糧自給率(2000年)は、カロリーベースで40%、穀物自給率で28%であり、長期低下傾向に歯止めが掛かっていない。農林水産物貿易(2000年)は、輸入額が6兆9,140億円であるのに対し、輸出額はわずかに3,149億円である。さらに、決定的な問題として、総農家戸数(主業農家+その他農家)が平成11年の 324万戸から平成22年には230万~270万戸へと減少すると予測されており、農業の担い手が減っていく。
    結局のところ、ガット・ウルグアイラウンド対策費として6兆円の予算が投入されてきたにもかかわらず、農業セクターの構造改革は進展していないといわざるをえない。このままでは、FTAやWTOの交渉のたびに、国際価格と国内価格の格差が是正されないまま、交渉相手国からの市場開放圧力が高まるという悪循環から抜け出せないであろう。重要なのは、わが国が自らの手で農業セクターの抜本的な再建策を作成して、打つべき手を早急に繰り出すことである。NAFTAでは、構成国間で、自国の農林水産品のうち、関税撤廃に直ちに応じられるもの、現時点では関税撤廃は難しいが時間的猶予があれば関税引き下げに応じられるもの、国内への配慮から自由化に応じられないもの、などを品目ごとに細かく設定した。そうした作業を東アジア諸国との間で地道に繰り広げていくことなしに、FTA 交渉の進展は望めないのである。農林水産省自身が、国内外の情勢を踏まえたうえで、わが国の農業再建策を描くとともに、FTA交渉における品目別の対応策を作成する責務を負っているのではないか。

  5. 東アジアにおけるFTA網の構築と域内自由貿易地域創設の牽引役となれ
    FTA網を東アジア自由貿易地域へと発展させていくためには、質の高いFTAを各国と結ぶことが極めて重要な条件となる。各々の協定に盛り込まれた関税率に格差があったり、カバーする項目が著しく異なっていたり、各項目の中身が大きく食い違っていると、域内の経済制度のハーモニゼーションが失われ、企業活動が阻害されてしまう危険性がある。
    わが国は、FTA交渉の席に着く前に、個々の対象項目と国内の構造改革との対応関係を詰めておかなければならない。官邸、関係省庁、産業界、関連業界団体、学識経験者、消費者などが議論したうえで、わが国としての統一見解を示すことなしに、実りの多い交渉は期待出来ない。
    さらに、FTAやその先にある東アジア自由貿易地域の創設に失敗するならば、わが国は、国内の経済制度改革の好機を逸するだけでなく、この地域で孤立しかねない。東アジア諸国は、わが国との間だけでFTAを結ぼうとしているのではない。例えば、ASEANは、日中のほかにも、オーストラリア、ニュージーランド、韓国をはじめ多くの国々と協議を開始しようとしている。ASEANからみると、そうした国々との交渉の方が、国内的に農業分野で厳しい選択を迫られるはずである。シンガポールは、わが国のほかにオーストラリア、ニュージーランド、欧州自由貿易連合(EFTA)とすでにFTA を締結しており、アメリカ、メキシコ、韓国と交渉を行っている。タイは、FTAに極めて積極的なタクシン首相のもとで、中国、ニュージーランド、アメリカ、インド、オーストラリア、韓国、中国、フィリピンなどと交渉を提案ないし開始している。韓国は、自身初のFTA交渉をチリとの間で2002年に終えている。
    アメリカの対アジア経済政策も注視していかなければならない。アメリカ議会では、2002年8月に、大統領貿易促進権限法(TPA 、旧ファスト・トラック)が成立した。これにより、議会は、事前通告や交渉内容の限定などの条件を満たす限り、大統領が外国政府と結んだ通商合意の内容について個別に修正を求めるのではなく、通商合意の一括承認または不承認のみを採決することになった。共和党が多数を占める議会を背景に、ブッシュ政権がWTO新ラウンド交渉、FTA交渉に積極的に取り組んでくることは十分に予想される。かつてアジア諸国に市場開放を最も強く迫り、APEC において官民一体で貿易と投資の自由化を求めたのは、アメリカにほかならない。すでに、同国は2002年10月のAPEC首脳会談の際に開催された米ASEAN 首脳会議において、ASEANとの経済連携構想(EAI)を発表し、貿易と投資の具体的な枠組みをつくることで合意している。
    わが国が東アジアにおいて果たすべき役割は、自らの経済制度改革の経験を政府開発援助(ODA)戦略とリンクさせながら、域内に広めていくことである。さらに、わが国は、質の高いFTA 網を構築し、東アジア自由貿易地域を先導する立場にある。それは、わが国企業の円滑な事業展開、わが国を含む域内経済の活性化にも繋がる。さらに、そうすることにより、中国の動きを牽制し、WTOにおけるわが国の発言力を高めることが出来よう。
    東アジア自由貿易地域の創設を見据えてFTA戦略を確立し推進することは、国内の経済制度改革を加速させる意味でも重要である。そのためには、何よりもまずわが国が具体的な改革の道筋を作成したうえで、交渉に臨むべきである。FTA交渉に必要なのは、ガット・ウルグアイラウンド交渉の際にみられたような最終局面での「政治決着」と対策費の確保ではなく、事前の「政治決断」と「戦略・推進体制」の確立である。小泉首相は、2002年1月にシンガポールで行った演説のなかで、東アジアのそれぞれの国が「改革」を行いながら、個々にそして協力して、一層の「繁栄」に向かって進むべきこと、そして「安定」のための協力を継続することを強調した。こうした構想を実現するための手段が、FTA と東アジア自由貿易地域にほかならない。
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