コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 2003年03月号

【OPINION】
e-Japan戦略見直しに向けて

2003年02月25日 藤井英彦


2002年秋以降、わが国e-Japan 戦略の見直しが始まっている。

e-Japan 戦略は、当初、2005年までに世界最先端のIT 国家構築を目標に、a.3,000万世帯の高速インターネット利用や1,000万世帯の超高速インターネット利用に向けた通信インフラの拡充、b.電子商取引市場拡大のための法制度の整備、さらにc.セキュリティー対策の強化や、d.電子政府・人材育成、が重点分野と位置付けられた。しかし、昨年以降、急速にADSL を中心にブロードバンド・サービスが普及してきたうえ、設備面からみると、ADSL など、高速通信網については3,500万世帯、光ファイバーなど、超高速通信網については1,400万世帯がすでに利用可能となるなど、通信インフラの整備に一応のめどが付くなか、次のステップとして、そうした通信インフラを利用・活用して、どのようにわが国経済を活性化し、ITのメリットを引き出していくかが焦点となってきた。とりわけ、経済の低迷が長期化し、先行き不透明感が一段と強まるなか、ITを起爆剤とした経済浮揚効果に対する注目が改めて集まっている。

まず、このところの動きを整理すると次の通りである。首相直属の諮問機関である高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(通称、IT戦略本部)は、2002年9月14日の第14回会合でe- Japan 戦略の見直しに着手することを決定し、11月7日の第15回会合で、「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」を設置した。

さらに、12月9日の第16回会合では、次のような今後の方向性が大枠として打ち出された。すなわち、a.構造改革、b.コンテンツビジネスの勃興などを通じた新価値創造、c.沖縄特区などをはじめとする国際戦略、の3分野を通じた持続的な経済成長、およびセキュリティーや利便性向上が2本柱とされ、そのなかで国は、a.方向性の明示、b.インセンティブ付与、c.規制緩和・競争環境の整備、d.先行投資、の役割を担うとされた。次いで同月12日には、2002年度補正予算の作成・遂行に当たり、景気対策推進の基本方針として改革加速プログラムが策定され、そのなかでITの活用が重要な位置付けを付与されている。

確かに、常時接続で低料金の通信インフラの整備と普及はIT革命のメリットを享受するために不可欠の条件に過ぎず、e-Japan戦略の真の目標は、そうした通信インフラをいかに活用して、わが国経済を浮揚させたり、産業や企業の競争力を強化させることが出来るか、すなわち、ITのメリットをどれだけ引き出すことが出来るかにある。そうした観点からみれば、今回のe-Japan戦略の見直しは当然の動きであると同時に、今後、指向するとされた方向性に間違いは無い。

しかし、目標を実現する手法に問題があり、このままでは所期の目標が未達に終わる懸念が大きい。例えば、e-Japan戦略推進上の国の役割である。12月9日のIT戦略会議第16回会合で、国の果たすべき役割として上記4点が指摘されているものの、次の通り、いずれも疑問の余地が少なくない。

まず第1の方向性の明示についてみると、IT市場や需要、さらにそれらを支える要素技術が短期的スパンにおいてすら必ずしも安定的でないなか、安易な方向性の明示は深刻な不稼働不良資産を大量に生み出す懸念が大きい。高速通信サービス需要の飛躍的増加を当て込んだ設備投資競争によって、光ファイバーを中心に大量の不稼働資産が一気に発生し、深刻な不良債権問題を内包するに至った現下のアメリカ経済を直視すれば、そのリスクは明確であろう。逆に、そうしたリスクを回避しようとするほど、明示出来る方向性は抽象的・一般的とならざるを得ず、方向性を明示する意義の低下は避けられない。

次のインセンティブ供与も同旨である。一般に、利益・不利益供与型政策は民間経済主体の行動に深刻な影響を与え、資源配分にゆがみを発生させる。適用対象が限定されない研究開発投資減税や企業減税であれば、総じて、そうした問題は無視出来るほど小さい。しかし、特定の投資や研究開発、あるいは雇用増加を慫慂するインセンティブ制度が設置・強化される場合、IT市場や需要、あるいは要素技術の動向が不安定であるうえ、“Winner takes All(勝者がすべてを獲得する)”というIT 市場の特性ゆえに、さらに、とりわけ政府セクターが先導する場合、公的セクターは先端的なIT 市場や需要、技術動向に必ずしも明るくないだけに、取り返しのつかない結果を生む懸念が大きい。わが国ハイビジョン構想はその典型例ともいえよう。なお、わが国が得意とする家電製品の開発・製造力を武器に、情報家電を戦略分野に仕立て上げようとする構想は極めて魅力的であるものの、その進め方については、ハイビジョン構想失敗の教訓を拳々服膺し、その轍を踏まぬ工夫が必要であろう。すなわち、国主導型の態勢など、推進リスクが社会化され、情勢変化への適応力が低いスキームでなく、民間主導による市場・需要・技術オリエンテッドな推進体制の構築である。

第3 の規制緩和・競争環境の整備では、病院・学校の民営化をはじめ取り組むべき対象はすでに明確であり、問題は遅々たるスピードである。諸外国が法人税率の大幅軽減など、魅力的な国内市場の創出に邁進するなか、これまでのスピードでわが国の規制緩和・競争環境の整備が行われ続けると、わが国国内市場の魅力の相対的低下傾向に拍車が一層掛かることになる。すなわち、緩慢な規制緩和・競争環境の整備は相対的な彼我の格差拡大を通じて経済再生にマイナスに作用するだけに、この問題では、他国を凌駕する魅力ある国内市場を、諸外国を上回る迅速なスピードで創出する点をこそ明確に打ち出すべきであって、単なる規制緩和・競争環境の整備という指針では意義は薄い。

最後に、先行投資が抱える問題は、上記、方向性の明示やインセンティブ供与と同根である。すなわち、資源配分のゆがみや不稼働不良資産の増嵩、さらに政府の失敗、すなわち、多様なニーズに適合しない画一的なサービス提供の問題である。

それでは、e- Japan 戦略が、IT のメリットを最大限引き出し、わが国経済再生を実現していく原動力となるために不可欠の方策は何か。

第1 は徹底した情報公開制度の構築である。

IT 革命の最大の特質は、言うまでも無く、飛躍的情報コストの低下にある。その結果、アメリカなど、IT 先進国では、従来、政府や企業が事実上独占してきた情報の収集・管理・活用が広く開放され、市民と政府や企業との情報格差が解消に向かっている。これは、単に情報コストの低下にとどまらず、企業や国境を越えたダイナミックな製品開発や生産・ロジスティクス、あるいは政治過程や行政過程に対する市民の直接参加を促し、開発・生産コストや政治・行政コストを引き下げ、一企業のみならず国全体の国際競争力強化に繋がる。例えばアメリカでは、最先端分野を網羅した世界的な医療データベースの整備・拡充がバイオ分野での製品開発力強化に寄与する一方、産業廃棄物情報の公開によって関連犯罪が半減し、規制・管理コストの大幅削減に成功した。

翻ってわが国をみると、環境や食品の安全性に対する関心が従来になく高まっている。そうしたなか、環境や食品に関する強力な情報公開が実現出来ると、経済的にみても様々なプラス効果が期待可能である。例えば、まず現在、わが国農業は価格面を中心に国際競争力がきわめて脆弱な産業と見なされているものの、情報公開によって消費者サイドから、風味や栄養のみならず、安全性に対する確固たる信頼が確保されれば、高品質・高価格商品として市場競争力を獲得し、低価格を武器とする輸入品に対抗出来るようになる可能性が大きい。この原理は農業産品にとどまらず、工業製品、さらに、医療や教育など、サービス分野でも同様であろう。品質や性能、安全性に関する情報が不足している限り、ユーザーは、主として価格が高いか安いかで購入するか否かを決定しがちであり、中国など、低価格を武器とする新規参入者に対して、わが国経済・企業が対抗する有力な術は見当たらないためである。

このようにみると、わが国経済・企業が現下の国際的デフレ経済を生き抜いていくためには、単に価格競争力回復に向けた努力を積み重ねるだけでなく、品質や安全性、さらに長期にわたるバックアップ体制など、価格以外の付加価値とそのメリットをユーザーに訴求していくことが不可欠である。大規模企業など、資本力や技術力があって単独で品質をユーザーに訴求出来る組織、あるいは市場原理にゆだねることだけで情報公開が推進される分野を除くと、一般に、国が強力な情報公開制度を整備し、詳細なデータベースを構築する以外、情報公開のメリットを享受する方策は無い。

情報公開の第2 のメリットは、擬似的にもせよ、市場競争原理が始動する点にある。無論、農産品や工業製品、サービスを問わず、価格が高くても品質の良いものを好むユーザーもいる一方、品質が低くても安ければ良いというユーザーがいるなど、市場には多様なニーズがあることは事実である。しかし、機能や安全性など、品質に関して信頼出来る情報が公開されると、総じて供給者サイドでは品質向上に向けた取り組みが広がり、品質競争の強まりを通じてわが国経済・企業の競争力が向上する。とりわけ注目すべきは、医療や教育など、市場経済原理の直接的導入が困難な分野での生産性向上や競争力強化に、情報公開を通じた擬似的市場競争原理の導入が有効である点である。イギリスでは、90年代に入り、保守党のメージャー政権から労働党のブレア政権を通じて、医療・教育サービスのみならず、民営化やエージェンシー化の手法が採用出来ない公的分野の生産性向上と競争力強化に、この手法が積極的に活用され、組織改革や不適格組織・個人の排除を通じて大きな成果を上げている。

さらに情報公開の第3 のメリットは、政府はプラットホ[ムやデータ・スペックなど、ルールをあらかじめ明確に決めておくことが必要なだけで、少なくとも従来の裁量行政スタイル対比、管理・運営にわずかなコストしか掛からない点である。電子政府や行財政改革の主要な最終目標の一つが公的セクターの効率化とそれに伴う公的負担の軽減にあるなか、情報公開の活用が不十分という点に着目すると、今日の電子政府や行財政改革に向けた取り組みはいまだ緒に就いた処に過ぎないといえよう。
このようにみると、情報コストの低下と情報利用の活性化というIT メリットを引き出す鍵は強力な情報公開制度の構築如何にかかっている。それでは、強力な情報公開制度の確立に不可欠のスキームは何か。

まず、情報公開法の強化である。わが国情報公開法は99年5月に成立したものの、IT時代の情報公開制度として物足りない点がある。これは、3年前の96年に成立したアメリカの電子情報自由法(EFOIA、“Electronic Freedom Of Information Act amendments of 1996 ”)と対比してみると明瞭である。

第1は、電磁媒体が情報公開の中心とされず、事実上、文書あるいはコピーなど、インターネットに乗らないものが依然として主要媒体とされている点である。
EFOIAは、66年に成立した情報自由法(“Freedom of Information Act of 1966”、略称はFOIA)の改正法で、情報公開ルートとしてインターネットの積極的な利用推進を目的とし、コンピューターによる通信手段が確立されていない行政機関・部署に対しては、フロッピーディスクやCD-ROMなど、電子媒体の利用を促し、全体として電子媒体を通じた情報公開システムを強化していくことが主眼とされた。

第2に、EFOIAは、各政府機関に対して、99年末を期限に既発表資料、すなわち、文書形式で作成され電磁媒体が無い資料についても原則として国民が自由にオンライン利用出来るよう積極的に整備を図るよう義務付けた点である。これによって、インターネット利用が始まり、電磁媒体を通じた情報公開が広がった90年代後半以降の資料のみならず、90 年代半ば以前の資料についても、低コストでアクセス可能というIT のメリットが享受出来るようになった。
第3に、官報に掲載するか否かを問わず、重要な情報について情報の電磁化とそのインターネットによるアクセス確保を義務付けた点である。これは、市民から提起される情報開示請求に受動的に対応し、個別に情報を逐次公開するだけでなく、重要な情報については誰でも閲覧・アクセス出来るように、市民からの情報開示請求が提起されなくても政府が自主的に政府情報を開示する、いわゆる能動的情報公開制度と位置付けられるスキームであり、受動的なわが国情報公開制度と大きく異なるポイントである。

こうした能動的情報公開については、主に次の3 分野が焦点となる。
第1はデータベースである。アメリカ連邦政府は、世界で最も詳細な企業データベースとされるEDGAR や最先端分野の動向も包摂した世界最大の医療データベースのMedline など、様々な電子データベースを無料で公開している。これは、アメリカ以外の企業や個人が利用するケースも少なくないとされるものの、総じてみれば利用主体はアメリカ国内の企業や大学、市民が中心であり、90年代半ば以降、その積極的な情報利用を通じて、事業展開や研究開発、多様なNPO活動などが加速され、アメリカ経済の強さを支える礎の一つとなっている。

さらに、IT戦略会議をはじめとして、ネットワーク・インフラを活用し、ITのメリットを享受するには、魅力的なコンテンツの拡充が必要であるとの認識が内外で広がり、セキュリティーの強化などが議論されている。しかし、総じて民間サイドでは、コンテンツの拡充には限界がある。エンド・ユーザーから利用料を徴収せず、広告料などによって売り上げを立てる、いわゆる放送型のビジネスモデルなど、新たなスタイルで取り組まない限り、コンテンツをインターネットで直接売買するビジネスモデルでは、知的財産権侵害のリスクが大きいためである。このようにみると、公的セクターがコンテンツ拡充の牽引役となることは、政府が国民経済全体に占める大きさからみても、その保有するデータベースの多様さと豊富さからみても、きわめて有力な方策であり、アメリカ連邦政府の取り組みはまさに正鵠を得たものといえよう。そもそも国民の税金で収集・整理された情報は国民に還元されるべきであり、低コストでの還元が可能となった今日、情報提供を積極的に行わない公的セクターがあるとすれば、無責任の謗りを免れまい。

第2は政治過程への直接的な市民参加である。従来、わが国をはじめ先進各国では、政府の決定について市民が裁判所などに異議申し立てをするには、具体的な行政行為が行われ、不利益を被るなど、訴えの利益が発生することが不可欠の条件とされてきた。例えば都市計画でみれば、その実施に伴い立ち退きなど、直接的不利益が予想されても、その時点では異議申し立てを行うことは出来ず、立ち退き命令が出されて初めて異議申し立てが可能となるという制度である。確かにインターネット普及以前であれば、多数の人々が情報を共有することは困難であり、利害関係者を限定するなど、紛争調整コストの極小化を図ることが全体の利益増進にプラスであった面は否定出来ない。しかし、インターネットが普及し、多数の人々が情報を共有するコストは無視出来るものとなった今日においては、むしろ、基礎データや判断材料となる情報を公開し、市民や企業など、多数の利害関係者の参画を促す制度への改変こそ喫緊の課題である。具体的には、諸外国の情勢調査やコンサルティング・ペーパーなど、政府が所有する全情報の能動的公開や電子公聴会、さらに行政審判や審査プロセスへの参画など、アメリカ政府が活用している諸制度が参考になろう。

第3は行政処分の前提条件である。これについては格好の事案がある。2002年11月26日に東京地裁がストック・オプション所得について国税庁敗訴の判決を下した訴訟である。わが国では従来、景気判断や行政計画など、判断の分野にとどまらず、徴税など、典型的な公権力の発動分野においても、行政裁量が広範に認められてきた。インターネットが普及する以前には、国民各層へ様々な行政情報の周知を図ることは困難であり、行政計画や行政行為のベースとなる行政裁量に一定の有効性があったことは否定出来ない。しかし、今日、そうした困難さは大きく減殺されている。

加えて、そもそも本件は、公権力を発動し、私人や私企業に対して不利益を与える行為については、あらかじめ行政行為発動の条件が明示されていることが不可欠であるとする法原則、すなわち、仮に実体法上問題が無くても、手続き面で瑕疵が有れば、当該行政行為は違法かつ無効という、いわゆるデュー・プロセスの法理に根本から違背する。なお、東京地裁は実体法上の判断に立ち入っているものの、それでは行政裁量を認める余地を残す問題が残る。デュー・プロセス法理の確立が望まれる。
情報公開に次いで第2に重要な課題は雇用問題である。雇用問題の解決は今回、政府が策定した景気対策でも重要課題の一つとされ、IT の活用が強調されている重点の一つである。しかし、その推進体制をみると、旧態依然たる推進モデルにとどまり、成果は期待薄である。最大の問題は、政府が推進主体として再就職支援策を推進するというスキームが維持されている点である。

IT革命後の経済は、市場や需要、さらに要素技術の変化が従来比格段に速く、さらに、前述の通り、IT下の世界的デフレ時代をわが国企業や個人が生き抜くには、低価格商品やサービスを凌駕する品質の高さを磨く以外に方策が無い。こうした環境下で雇用問題の解決を図るには、環境変化を織り込みながら、自己のコアコンピタンス強化を目指す個々人の取り組みをバックアップする柔軟かつ強力なスキームに移行する必要がある。カリキュラムが固定的で環境変化への対応力に欠けたり、基礎的知識のフォローが中心で、コアコンピタンスの創出や強化に役立たない教育スタイルは厳に見直す以外、方策はない。

こうした観点からみると、アメリカの各大学やコミュニティー・カレッジが採っている職業訓練プログラムが参考になる。その特徴を整理すると、次の通りである。

まず、IBMやゼロックスのエンジニアをはじめ、最先端分野で活躍する人々が、都度かつ適宜、講師になり、各分野で最新かつ最重要のスキルや知識を中心にカリキュラムが構成される。そのカリキュラムを受講するために、より基礎的な部分の勉学が必要な人は、その水準に応じ、受講授業や学校選択を再検討する。

各大学やコミュニティー・カレッジが提供する授業内容は年単位に拘泥せず、適宜見直され、常に市場や需要、技術動向にマッチした最新の体制となるよう努力が積み重ねられている。逆にみれば、ユーザーにメリットをどれだけ提供出来るかという観点から、熾烈な大学や大学院、コミュニティー・カレッジの経営競争が行われている。

連邦政府や州政府など、公的セクターは、各大学やコミュニティー・カレッジに対して、その成果に応じて助成金を付与し、その公共益に貢献する役割を財政面から支援する。市場や需要、技術動向が不透明であるだけに、環境変化に必ずしも明るくない公的セクターが教育カリキュラムを組むのは非効率となるリスクが大きく、むしろ、カリキュラムやスタイルは各機関に任せ、競争を通じて、大きな教育成果を上げ、効率的な経営を行っている機関に優先して財政資金を投入する手法が好ましいためである。

さらに、コミュニティー・カレッジなどでは、地域の特性が色濃く反映され、近隣の有力企業が強力にバックアップするケースが少なくない。これには、個々人からみれば、当該有力企業に就職したいと希望する場合、必要とされるスキルや知識のみならず、当該職場で望ましいとされるパーソナリティーやチーム指向などの知識まで入手することが出来、教育から就職へ円滑に移行することが出来る一方、企業サイドでも、必要なスキルや知識を教え、各人の能力を確認しながら、企業・組織文化と各人の親和性をチェックすることが可能で、採用後、短期間での戦力化が期待出来るメリットがある。

最後に、こうした専門的な再教育・職業教育は、集団生活への順応や集団による相互啓発が教育の重要な焦点とされる義務教育や一般的な高等教育と異なり、e ラーニングをフルに活用出来る分野である。魅力的な教育メニューの構築に成功すれば、供給者サイドからみると、地域を越えてユーザーを増やし、業績を向上させ、さらなる発展を展望することが出来る。一方、ユーザーサイドからみると、まず、教育機関が自分の居所に近い人の場合、授業など、物理的に教育機関にアクセスしている時間以外でも、積極的に教育サービスを利用することが出来るし、自分の居所が教育機関から遠い人の場合、それまで利用不能であった最適な教育を受け、就職のチャンスを手に入れることが出来る。
そうした専門的な職業訓練の浸透は教育コンテンツの拡充に直接繋がる。以上を要すれば、魅力的なコンテンツの拡充を通じたネット利用の拡大はIT戦略会議が大きな関心を寄せるポイントのひとつであるものの、前述の政府の情報公開と合わせ、コンテンツが創られ、流通するスキームが整備されて初めて実現される筋合いにある。このようにみると、次なるe-Japan 戦略では、コンテンツの創出と流通スキームの確立こそ中心命題に据えるべきであろう。

情報公開や雇用問題と並ぶ、第3の問題は新産業育成策である。わが国の新産業・新市場創出環境を整理しつつ、問題点を指摘すれば次の通りである。

わが国研究開発投資は今日でも世界的にも高水準であるものの、主体は企業セクターであり、政府が拠出する資金はGDP 比でみて研究資金・教育資金とも先進各国中最低水準に低迷している。もとより各企業が自己のコアコンピタンスを強化する過程で達成出来る分野や、収益力から研究開発のリスクを負える分野であれば、政府が積極的に推進主体となる必要は無い。戦後の日本経済の躍進を支えたのは、電機や自動車をはじめ進取の気性に溢れた各企業の取り組みにあった。

しかし、近年、ITやバイオなど、個別企業にとって必ずしも従来の事業の延長線上に無いハイテク分野が勃興し、こうした分野での研究開発の成否が、今後、少なくとも21 世紀初頭における中期的な各国の競争力を大きく左右する可能性が大きくなっている。そうした認識が深まるなか、政府セクターを中核に研究開発体制を整備・強化しようとする動きが、90年代半ば以降、先進国と途上国とを問わず、国際的規模で拡大した。ちなみに、アメリカ特許庁のハイテク特許権成立件数について、その近年の推移を主要各国別に伸び率で対比してみると、わが国は、IT やバイオの分野で最低グループに位置する。

さらに、基礎研究や応用研究が成功しても、市場に受け入れられる魅力的な商品やサービスを創出するには、関連する多様な要素技術を組み合わせ、生産・運用技術の革新やノウハウの有機的活用など、総合力の発揮によって初めて可能になるといった困難な取り組みが必要である。そのため、技術立国の重要性と必要性に対する認識が広がるなか、先進国を中心に各国政府は単に基礎研究や応用研究を支援するだけでなく、個別企業の製品・サービス開発研究を積極的にサポートする態勢の拡充に努めている。それに対して、わが国政府の研究支援態勢をみると、とりわけ、製品・サービスの開発に向けた研究プロセスに対する支援が薄い。これでは、相対的に手厚い基礎研究への助成によって今後仮にノーベル賞受賞者数が他国を凌駕するとしても、科学的発展による経済的成果を国民が享受することは期待薄であろう。

一方、市場や需要、技術動向が短期的スパンで変貌する現下のIT革命下において、基礎研究と応用研究、開発研究のいずれのフェーズを問わず、研究開発を成功させるには、いかなる分野でも国際的規模で最先端あるいは有力な機関の連携を図り、インターネットを通じた緊密な情報共有を通じて研究スパンを短縮させることが不可欠という認識が浸透してきた。世界的規模での技術立国に向けた競争激化が、そうした傾向に拍車をかけている。その結果、90年代に入り、企業や大学、研究所を問わず、様々な研究機関が国際的に強力な研究チームの組成に注力してきた。それに対して、わが国は、90年代に入り、先進各国のなかでひとり国際連携の動きが80年代対比後退している。もっとも、国内企業では、国内大学や研究機関よりも、海外の大学・研究機関との連携を指向・強化する傾向が90年代半ば以降強まっている。

こうした現状認識を踏まえてみると、e-Japan 戦略で新産業創出策として打ち出すべき喫緊の課題は次の通りである。

まず、研究対象の拡大である。基礎研究や応用研究にとどまらず、製品・サービス開発研究も、政府の主要な研究助成対象と明確に位置付け、そのためのスキームを整備することである。一部には、企業に対する直接的財政補助は平等性の原則や市場不介入の原則に反するとの批判も見受けられるものの、国の中期的競争力強化や雇用確保に有効である限り、積極的に活用すべきである。諸外国では軍事分野を中心として、事実上、企業に対する直接的な研究助成が行われる一方、中堅・中小企業に対する研究助成については、一定部分について、中小企業への受託を各省庁に義務付けたアメリカのSBIR (Small Business Innovation Research)をはじめとして、競争原理を導入して、平等性の問題や非効率な資源配分の問題をクリアしている。

次に、研究推進スタイルとして、政府から研究助成金を受け入れた機関が、国内外を問わず、他の機関や他の研究者と協働することも認めるべきである。むしろ、海外有力機関など、連携型研究スタイルの方が成果が上がり易い点に改めて着目すれば、財政資金の有効活用に寄与するだけに、そうした研究スタイルを政府は積極的に推奨すべきではないか。これこそ、まさにe-Japan 戦略が指向すべきネットワーク化の推進によるわが国経済の再生と競争力強化の具体的目標であろう。

最後に、研究助成への市場原理の導入である。天文学や考古学など、研究対象には市場と疎遠でありながら必須の分野が厳然としてあり、すべてを市場原理で判断するのは間違いであるという一部の指摘には傾聴すべき部分も少なくない。

しかし、わが国経済の再生や中期的な競争力強化のために財政資金を増やし研究開発を積極的に助成するのであれば、市場に無視される製品・サービスに開発に資金を割くことは許されない。無論、基礎研究から応用研究、さらに開発研究へのフェーズの進化にしたがって、一般に、必要とされる資金量は飛躍的に増加するし、市場への適応条件も必然的に厳しくなる筋合いにある。しかし、それは図式化した研究モデルに過ぎない。研究分野によっては、バイオや製薬の一部にみられる通り、基礎研究が製品開発に結び付くケースもあり、基礎研究だからといって、市場性を軽視した研究を許さぬ体制の整備が必要である。いわば、事業性の有無や多寡によって、研究助成金の有無や支給額、さらに打ち切りか否かが決まっていくアメリカの大学、あるいはベンチャー・キャピタル型スタイルの導入である。

e-Japan 戦略は、わが国経済・企業の競争力強化を実現するうえで不可欠の政策である。もっとも、その実現は、現在のわが国政治・経済・社会のなかに別世界が新たに生まれる夢物語ではなく、政府情報の能動的公開や行政の裁量性排除など、過去の遺物を克服する真摯な取り組みによって初めて可能になるものである。しかし、経済低迷が一段と長期化するなか、改革に許された時日は残り少ない。政府の強力なリーダーシップ発揮が切望される。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ