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Business & Economic Review 2004年03月号

【POLICY PROPOSALS】
スウェーデン型年金制度の特徴と導入議論のための課題

2004年02月25日 調査部 経済研究センター 西沢和彦


要約
  1. 2003年12月17日に公表された政府・与党の年金改革案は、厚生年金の保険料率の抑制などにおいて高く評価される一方、世代間格差、第三号被保険者問題、国民年金の空洞化、負担と給付の対応の不透明感など、現行制度を前提としたままでは顕著な改善を見いだしにくい多くの課題をなお残している。現行制度にとらわれない改革案の一つとして、スウェーデン型年金制度がしばしば言及される。しかしながら、そもそも「スウェーデン型」に対する認識自体、わが国において共通の基盤が形成されていない。また、定量的かつ実務的な検討が不足している感が否めない。そのため、「スウェーデン型年金制度」も単なるアイディアにとどまっている。本稿では、スウェーデン型の年金制度を、制度体系および給付の自動調整の仕組みである自動収支均衡装置の二つについてわが国と比較しながら特徴を整理し、そのうえで、スウェーデン型年金制度の導入を議論する際の課題を考察する。

  2. スウェーデンの年金制度の特徴の一つは、拠出建て(defined contribution)の老齢年金制度(Old Age Pension System)と、一般財源を原資とする保証年金(guarantee pension)の組み合わせにある。拠出建てとは、払った保険料に応じて年金給付が受けられるという仕組みである。そのため、負担と給付の関係が明確である一方で、現役時に十分な保険料を拠出出来なかった場合、老齢年金だけでは老後の生活に不十分な場合が生じる。そのような場合、一般財源を原資とする保証年金によって補償が行われる。

  3. スウェーデンの老齢年金制度の特徴は、次のようなものである。(1)保険料負担と給付の対応の関係が明確。わが国の年金制度が、老齢・遺族・障害というリスクの発生原因の異なる三つの年金を一つの制度で取り扱い、また、世代内および世代間において大規模な所得再分配が行われているのに対し、スウェーデンの年金制度は、これら三つの年金を峻別し、かつ、所得再分配の機能は保証年金に担わせるなど、負担と給付の対応関係を明確にしている。(2)後世代の負担増を回避。保険料率を将来にわたり18.5 %に固定することで、後世代の負担増が回避されている。(3)異なる収益率の組み合わせによりリスクを分散。老齢年金制度は、賦課方式部分と積立方式部分の二つに分けられており、労働力人口の増加率と金融資産の収益率の二つにリスク分散が図られている。(4)高齢化リスクを同一世代内で吸収。スウェーデンの老齢年金制度では、政府に国民一人ひとりの個人勘定が設けられ、支払い保険料および利息が個人ごとに記録されていく。年金給付額の決定に際し、蓄積された個人勘定残高を年金受給開始時の平均余命で割ることにより、高齢化リスクを一定程度、同一世代内で吸収している。

  4. スウェーデンの保証年金の特徴は、次のようなものである。(1)国民の安心感の高さ。保証年金の給付要件として問われるのは、スウェーデンへの居住年数と老齢年金の額のみである。40年間の居住により、日本円で年間約115 万円の補償が行われる。(2)わが国の年金制度が抱える国民年金の空洞化といった問題がそもそも存在しなくなる。(3)一般財源の使われ方の合理性。保証年金は、老齢年金額が相対的に低額となるものに限定される。(4)生活保護と異なり、受給を恥じ入るといった受給者の精神的負担が小さいと考えられる。保証年金の給付に際しては、資産・所得調査は行われない。また、課税も行われるため、いわば堂々と受け取れる年金である。

  5. スウェーデンの年金制度のなかでもう一つ注目を集めているのが、自動収支均衡装置である。2002年12月、厚生労働省が「マクロ経済スライド」という考え方を提案した際、それはスウェーデンの自動収支均衡装置の応用であると説明された。確かに、両者とも、スライド率を調整するという作業は似ているが、目的も設計も異なる。(1)自動収支均衡装置は、賦課方式で運営される年金財政の持続可能性を守るための、いわば緊急避難用の仕組みである。人口構造や経済の見通しが想定を超え、財政の健全性を測る指標(バランス比率)が一定の値を下回れば、年金給付の抑制を自動的に行う。年金給付の抑制は、国民の不評を買いやすい。政府が国民の不評を買うことを懸念し、行うべき給付抑制を行わなければ、財政の健全性を損なう。自動収支均衡装置によって、このような政府の恣意性の介在を排除している。ただし、標準とする人口・経済見通しのもとでは、自動収支均衡装置の発動は見込まれていない。一方、マクロ経済スライドは、あらかじめ目標とする水準まで給付水準を抑制することが目的といえ、2005 年度から一定期間必ず適用される。(2)自動収支均衡装置は、バランス比率によって、少子化以外にも年金財政が受けるさ様々なリスクの影響を定量的に評価する。想定を超えた積立金残高の変動や高齢化などの影響もバランス比率という定量的な指標で判断される。一方、わが国には、このような定量的な指標はなく、積立金運用の損失発生や想定を超えた高齢化などから年金財政が受ける影響の吸収方法はあいまいであり、恣意性が入り込む余地が残されている結果、後世代に負担が先送りされかねない。

  6. スウェーデン型の老齢年金制度は、多くの特徴を持つ一方、わが国への導入を議論する際の課題も多い。(1)わが国では一体的に扱われている老齢・遺族・障害年金を峻別し、各年金にかかる保険料率を改めて計算し直し、さらに、(2)わが国のモデル夫婦世帯を前提とした年金制度を、個人単位を前提とした制度へ見直す必要がある。(3)今後とも保険料率を引き上げていくことによって過去期間に対応した年金給付債務を賄う現行の想定では、拠出建ての年金制度へは移行出来ない。過去期間対応給付債務は、保険料率引き上げ以外の方法(税、給付カット、または国債発行)で処理する必要がある。(4)所得捕捉などの実務的課題も重要である。(5)高額年金受給者から低額年金受給者への所得再分配機能の見直しなど、現行の制度設計の思想も見直す必要がある。

  7. スウェーデン型の保証年金をわが国へ導入する際の課題は、次のようなものである。(1)財政健全化との整合性。老齢年金の額が低くなる場合、保証年金の財政需要が膨らむ。スウェーデンの場合、育児休業中の老齢年金保険料の事業主負担分を中央政府が払ってくれるというように、老齢年金を底上げする政策がある。すなわち、中央政府自ら老齢年金保険料の重要な担い手になっている。また、男女間の就業格差も相対的に小さい。わが国と比較して、このような政策と環境の存在があっても、2003年予算ベースでの保証年金の額は、名目GDP のおよそ1%の規模に達している。スウェーデンと条件の異なるわが国において保証年金を導入する場合、このような環境の違いを十分に考慮し、例えば、勤労者福祉の充実などを事前に図る必要がある。(2)消費税率の水準。スウェーデンの保証年金の給付要件は緩やかであるが、一方で付加価値税率は25%に達しており、居住には消費活動が伴うことから一定の納税義務を果たしているとみることも出来る。わが国においても、保証年金を導入する場合、その給付水準と給付要件は消費税率とセットで議論されなければならない。

  8. スウェーデン型の年金制度は、現行制度に代わる有力な選択肢であるとされながらも、以上のような課題に関し、十分に検討が行われてきていない。具体的な検討のための手順を示せば次の通りである。(1)定量的な情報を整備する。定量的な情報の一つ目は、老・遺族・障害各年金を峻別し、それぞれにかかる保険料率を再計算し直したものである。二つ目は、最新時点における年金財政のバランスシートの作成である。三つ目は、保証年金を導入した場合の財政需要予測である。保証年金の財政需要予測に際し、重要なのは、老齢年金と保証年金のインタラクティブな関係を十分に考慮することである。すなわち、どのような勤労者福祉政策や雇用促進策などを行い、その結果、どの程度老齢年金が底上げされるのかを定量的に考えることが前提になる。その結果によって、保証年金の財政需要も大きく異なる。単に現行の基礎年金が振り替わるだけと単純化すべきではない。(2)賦課方式で運営される年金財政を毀損する政府の恣意性の洗い出しと、恣意性を防ぐための幾重もの仕組みづくりである。(3)スウェーデンの年金改革を支えるのは、国民番号などの社会的なインフラである。わが国でも、所得捕捉方法や保険料の課し方などの実務的な検討が同時に行われる必要がある。
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