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コラム「研究員のココロ」

就業規則における不利益変更の合理性基準について

2004年07月12日 加子栄一


 日本的人事管理の行き詰まりを反映して民間企業はもちろん、医療法人、学校法人及び地方公共団体までが人事制度の改革に熱心に取り組んでいる。
 改革は、時代を反映して成果主義人事への転換であり、従業員にかなりの不利益変更を強いる内容となっている。具体的には、①昇給格差、賞与格差の拡大  ②降給、降格・降職ル-ルの確立 ③全従業員の賃金カット ④人事考課結果劣悪者に対する合法的退職勧奨ル-ルの設定 ⑤早期選抜・早期退職ル-ルの設定、等である。この中でも、特に議論があるのは、上記③の全従業員の賃金カットと、④の合法的退職勧奨であり、これらを実施するためには事前の周到な対策が必須条件である。
 そこで今回は、クライアントからの問い合わせ件数が一番多い賃金カットについて、合法的であると同時に事後の紛争も起こらないようにするためにはどのようなことに留意しなければならないのかについてまとめてみた。

 まず、賃金カットは、全従業員が同意すれば法律上有効である。しかし、従業員数が多くなると個々の同意を得ることは至難の業である。
 そこで、個々の従業員の同意を得ずに全従業員の賃金カットを可能にする方法として、就業規則の不利益変更法理を用いる方法がある。就業規則の不利益変更とは、企業が従業員の同意を得ずに、就業規則を変更したり、就業規則を新たに制定したりすることによって従業員の労働条件を現在よりも不利益に変更する場合をいう。すなわち、当該法理によって、賃金カットに反対している従業員に対しても賃金カットの拘束力が及ぶのである。
 但し、変更された就業規則が合理的なものでないと賃金カットの拘束力は及ばない。合理性がないまま賃金カットを継続して賃金を支払い続けると、従業員からカットされた賃金の支払い請求の訴えが提起されることになるし、賃金全額払いの原則に違反したとして、刑罰が課されることもあり得る。
 合理性があるか否かは、就業規則の作成・変更の必要性・内容とそれによって従業員が被る不利益の程度を比較考量して判断される。そして、合理性は、賃金・賞与・退職金等従業員にとって重要な労働条件に関して実質的な不利益を及ぼす場合、高度の必要性に基づいた合理性でなければならない。
 そこで、当該合理性の判断要素を整理すると、次の7点に集約できる。すなわち、
 (1)就業規則の不利益変更によって従業員の被る不利益の程度
 (2)企業側の変更の必要性の内容・程度
 (3)変更後の就業規則の内容自体の相当性
 (4)代償措置その他の関連する他の労働条件の改善状況
 (5)多数労働組合又は多数従業員との交渉経緯
 (6)他の労働組合又は他の従業員の対応
 (7)不利益変更内容に関する同業他社の状況
の7点である。

(1)就業規則の不利益変更によって従業員の被る不利益の程度
 まず不利益の程度とは、賃金カット前の賃金とカット後の賃金を比べて、そのカット率が何%になるかである。カット率が高ければ高いほど、従業員の被る不利益の程度が高いため、他の判断要素で強力に補強しないと、就業規則の不利益変更が合理性を有するとはいえない。

(2)企業側の変更の必要性の内容・程度
 次に必要性の内容・程度の中身については、会社にとって現実的でかつ具体的なものでなければならない。単に抽象的に規整緩和の時代だからとか自由競争の時代だからと言うようなお題目は適切ではない。裁判所過去の判例によれば、次のような事例は、就業規則の不利益変更の合理性が認められやすい傾向にある。
(ア)法律の要求に伴う必要性 
 週休2日制の実施に伴う労働時間の延長、定年延長実施に伴う賃金のカット等があげられる。
(イ)合併による労働条件統一に伴う必要性
 合併によって賃金カット等の不利益変更が実施されても、合併による労働条件の統一の要請が強く作用する。
(ウ)企業経営の破綻
 経営状況が破綻にいたるような重大かつ緊急な場合は、賃金カット等の不利益変更の必要性が認定されやすい。

(3)変更後の就業規則の内容自体の相当性
 就業規則の内容自体の相当性については、次の2点が注意点である。
(ア)不公平な適用は行わない(いわゆるねらい撃ち)
 具体的には、賃金カットを55歳以上の従業員に限定し、そのカット分を中堅層
に配分するというような事例である。これは、一部の従業員に対するねらい撃ちに当たるため相当性が認められず、その結果合理性もないと判断される。
(イ)移行措置を設ける
 3年程度の期間を設定して、逓減させた賃金カット率を適用するというような移行措置を設けると、相当性の判断にプラスの影響を及ぼす。

(4)代償措置その他の関連する他の労働条件の改善状況
 代償措置とは、賃金をカットするかわりに他の労働条件を有利に変更するという措置をとることを意味する。代償措置は合理性を備えるための極めて重要な条件である。
 当該代償措置をとるための資金余裕がないために、代償措置をとらずに不利益変更を行う場合は、他の判断要素で合理性を補強する必要性がある。

(5)多数労働組合又は多数従業員との交渉経緯
 多数労働組合又は多数従業員との交渉については、必ず交渉を行い、同意をとっておく必要がある。最近の傾向として、合理性の判断において、多数労働組合又は多数従業員の意思を尊重する傾向にある。すなわち、多数の者が不利益変更に同意しておれば、不利益変更の合理性が備わっているとみなされるといえよう。

(6)他の労働組合又は他の従業員の対応
 他の労働組合又は他の従業員の対応に関しては、これらの該当者に対しても十分な交渉・説明を行う必要がある。少数者といえども無視することなく十分な交渉・説明を行い、不服を出さないよう努めるべきである。

(7)不利益変更内容に関する同業他社の状況
 最後に不利益変更内容の同業他社状況とは、自社の不利益変更内容が同業他社に比べて厳しすぎるか否かの検証を行う必要性があることを意味する。

 私共日本総研の人事改革コンサルティングにおいて、賃金カットを実施せざるを得ない場合は、上記の7判断要素を徹底的に補強してから実施している。賃金カットは決して安易に行うべきものではなく、事前の対策を十分にたててから行わないと極めて面倒な事後対応が待っていることを認識しなければならない。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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