コラム「研究員のココロ」
成果主義人事制度を成果あるものにする上で、忘れてはならない視点(後編)
2004年04月26日 水間 啓介
3.“多様性”を認めるコンピテンシー!
日本の伝統的価値観の一つとして、同質性が求められ、異質な意見や行動を良しとしない価値観は多くの人から指摘されています。しかし、国際化や情報化等の進展による大競争時代において、様々な価値観が混在するようになってきており、また同質で単一の価値観は脆さを露呈する危険性を孕んでいることから、多様性を認める価値観への転換が求められるようになってきています。経営環境が今日ほど激変する中では、人々の労働観や価値観に多様性が見られ、もはやかつてのように先進国を追い越せといった単一の価値観で人を動かすことは困難です。一つの企業の中にも高度成長期の世代、バブル期の世代、失われた10年の世代など価値観の異なる様々な世代が存在します。従来のような同一の価値観にもとづく社内制度は適合しにくくなっていることから、いかに“多様性”を認める制度を構築するがキーワードになってくるわけです。
コンピテンシー(成果に繋がる行動特性)を従来の能力評価の代わりに利用するという企業が多いこともよく見聞きします。コンピテンシーの理念は、高い成果を出す社員に見られる行動特性を明らかにして、そうした人材を輩出するための人材育成に繋げようということです。人事評価の局面において能力評価の代わりに利用するという考え方は、やはり枠組みを都合良く導入しているだけで、理念が忘れ去られている事例といえます。多様性の観点でコンピテンシーを捉えるならば、成果に繋がる行動は多様であることを認めて、どのような場面でどのように考えてどう行動したのか、そしてそれがどのような結果に繋がったのかについての出来事(インシデント)をコツコツと積み上げ、誰もが共有できるようにすることが望まれます。これは大変骨の折れる作業ではありますが、企業の体質を変えるには地道な作業を覚悟しなければなりませんし、実はナレッジマネジメントを実践していることにも繋がると考えます。
4.マネジメントスキルを強化する!
年功序列というかつての伝統的な日本的経営のもとでは、出世競争の結果として管理職になるという運用がなされて現在に至っているという現実の中で、専門性を追求し技術や知識面でのスキル(ハードスキル)が重視され、管理職社員が必ずしもマネジメントスキル(ソフトスキル)に優れた者とは限らないという事態が多くの企業で見受けられます。
今日多様な価値観を有する社員を部下に持ち、厳しい経営環境の中で社員のモチベーションを上げて実績を出すことが求められている管理職社員は、いかに組織および部下をマネジメントしようかと困惑しているのが実情ではないかと考えます。成果型人事制度を運用するのは現場の管理職社員であって、彼らが制度の趣旨を理解し実践することができなければ導入による効果は期待できません。
最近コーチングをはじめとしてマネジメントスキルに注目が集まっています。コーチングについて言えば、優れたプレーヤーは必ずしも優れたコーチになるとは限らないことは、無名のプレーヤーだった人が、優れたコーチとして活躍しているスポーツ界の多くの実例を見れば明らかであり、ビジネスの世界でも同様のことが言われています。優れたコーチは教えるのではなく気付かせる術に長けているというわけです。プレーヤーを自立した人として敬意を払い多様性を認めるということは、まさにマネジメントにおいて必要とされるスキルと言えるのではないかと思います。
5.最後に!
成果型人事制度の導入を、評価による処遇格差をつけることを目的とするのか、それとも成果を出すことを習得した自立的な人材を育てることを目的とするのかは、結果として大きな違いとなって現れてくると考えます。なぜなら、前者の考え方であれば、“理念”よりも“枠組み”を重視しがちで、成果の出ない成果主義人事制度に繋がりかねないのに対して、後者であれば、人材をモチベート(動機付け)して育成することを通じて、成果が後からついてくる成果主義人事制度となると考えるからです。
世間では、多くの企業が年功的人事制度から成果型の人事制度へと転換を図っています。
成果主義には弊害があるとの企業の一部による論評がなされていますが、そもそもどういう成果主義のことなのかが明確でないままに議論がなされている点は残念でなりません。
“枠組み”の導入で成果主義人事制度が完成したのではなく、運用面で“理念”を実現し続けることが求められる、いわば終わりのない耐久レースとも言えるのではと考えます。マネジメントスキルの強化を通じて、“枠組み”によらなくても“理念”がいわば企業文化の中に定着するように、不断の努力が求められるのではと思います。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。