コラム「研究員のココロ」
WEBサイト育成術
~WEBサイト戦略にバランス・スコアカードの視点を~
2004年02月16日 紅瀬雄太
「バランス・スコアカード」が注目を集めるようになって久しい。バランス・スコアカード(以下「BSC」)とは、企業が戦略やビジョンを具体的な活動計画や業績評価指標に落とし込み、実行し、結果をモニターするための経営管理手法(システム)である。BSCの大きな特徴は、①短期的な財務上の成功だけではなく、長期的な企業の競争力向上や成長を志向している点、②活動計画の策定などを「財務の視点」(財務的成功のためにどのように行動すべきか)、「顧客の視点」(顧客に対してどのように行動すべきか)、「社内プロセスの視点」(どのような業務プロセスに秀でるべきか)、「学習と成長の視点」(どのように人材育成や変革を行うべきか)という4つの視点から多面的に行うところ、にある。
米国のサウスウェスト航空が、効率的経営を実現すべくBSCを導入した結果、高い利益率を誇る航空会社に成長した話は非常に有名である。
翻って企業のWEBサイト戦略について考えると、BSCと同様の視点、すなわち長期的で多面的な視点が求められる。
WEBサイトの戦略を立てるというと、どうしても「顧客とどのようにコミュニケーションを図っていくか」、あるいは「サイトでどう儲けるか」といったことに話が集中しがちである。BSCで言うところの「顧客」の視点、「財務」の視点に集中するのである。確かに、WEBサイトは顧客と自社の接触ポイントとなるのだから、顧客を意識して戦略を立てることは不可欠であるし、企業が営利を目的とする以上、ウェブサイトも何らかの形で利益に貢献することを目指すのは当然である。
しかし、WEBサイト戦略を立てる上では、BSCの「社内プロセス」や「学習と成長」の視点も考慮することが肝要である。例えば、「顧客」の視点から「顧客の満足度を高める」という戦略目標を立て、それを実現すべくeメールで顧客に定期的に情報を発信する場合を考えてみて欲しい。メールマガジンを配信すること自体は難しいことではない。しかし、本当に顧客が求めるコンテンツを中長期にわたって提供していくのは容易なことではない。
まず、顧客のニーズを掴まえ、それをもとにコンテンツを制作するための「社内プロセス」を確立することが求められる。具体的には、業務の標準化、体制の整備、情報システム導入による業務効率化などを行うことが必要になる。
社内プロセスが確立されても、それを遂行できる人材がいなければ意味がない。もし業務遂行に必要なスキルやノウハウ(マーケティングスキルなど)を持つ人材がいなければ、社内外から調達する、あるいは教育する、といった「学習と成長」のための施策が必要になる。また、社員個人や組織の中に顧客志向の意識を植え付けることから着手しなければならないこともある。業績評価の方法を変えるなど、制度にメスを入れる必要が出てくる場合もある。
ここで言いたいのは、上記のような社内のプロセスや人材を整備することができて初めて、高いレベルのサービスを顧客に提供し続けることができるということである(下図参照)。

インターネット以前に顧客とのコミュニケーション活動に十分な労力を割いてこなかった企業が、突然WEBサイトを使って、ブランド向上や顧客囲い込みを行おうとしても上手くいかない原因は、まさにここにある。
したがって、WEBサイト戦略を立てる上では、中長期的な視点から「いかに顧客へのサービスを高めていくか」、「サイト活動をどのように利益に結びつけていくか」を考えると同時に、自社の社内プロセスや人材のレベルがどの程度かを冷静に分析するべきである。そして、社内プロセスや人材の整備を少しづつ進めながら、それらのレベルを考慮した「実行可能な」活動計画を立て、実行するというサイクルを回していくことがポイントとなる。
WEBサイトというものは、情報を追加したり、デザインを変更したりすることが容易であるという特徴を持つ。「一度作って終わり」ではなく、「育てていく」メディア、チャネルなのである。それがゆえに、時間の経過とともに企業間の格差が広がっていく。
その格差は、サイト上のコンテンツやサービスなどを通じて表れるが、本質的には、外からは見えない、業務のやり方の差、あるいは、社員の中に蓄積されたスキルやノウハウの差なのである。従って、先行者の取り組みの表面(サービスやコンテンツ)だけを真似ようとしても、同じ効果を出すことは難しい。
焦らず、社内のプロセスや人材などの基盤をしっかりと固めていくこと。地味ではあるが、WEBサイトを育成していく上で避けては通れない道である。
参考文献:ロバート S.キャプラン+デビッド P.ノートン〔著〕吉川武男〔訳〕
「バランス・スコアカード 新しい経営指標による企業変革」(生産性出版)
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。