コラム「研究員のココロ」
現場を目覚めさせるマネジメント
2004年02月09日 藤本政信
私の父は地方で小さな会社を経営しています。その父から以前「中小企業の経営者は命がけで経営している」という言葉を聞いたことがありました。コンサルティングの仕事を始めて数年経ち、何となく経営というものが分かってきたつもりでいた私はその言葉に大きな衝撃を受けました。正直経営者業がそこまで大変なものとは思っていなかったのです。以来、私はコンサルティングの仕事を行うときは常にその言葉を思い起こすようにしています。
考えてみますと経営の迅速化、柔軟化の掛け声の下、多くの企業では現場に権限を委譲してきました。しかし、権限と一体であるはずの責任はいつまで経っても経営者に残されたままです。いくら部下のやったことでも最終的に知らなかったで済まされないのが経営者なのです。いわば経営者業は、権限を外され責任だけを押し付けられる最もつらい職種になってしまったのです。
一方、現場の方へ話を伺うと、こちらはこちらで多くの悲鳴が聞こえてきます。私は営業部門の改革を手がけることが多いのですが、現場の営業員に話を聞くと、差別化ができず、値引き要求ばかりされ、簡単には売れない昨今の苦しいマーケット状況がよく分かります。
しかし、もっともらしいと思える声の中に「言い訳」が混じっていることは注意しなければなりません。つまり「自分はやっているのに経営者(管理者)が無茶を言う」という責任転嫁の言葉です。経営者の思いを知っている人が聞くと実に悲しい言葉ですが、程度の大小こそあれ、多くの営業現場で聞かれる言葉です。そしてここで問題なのは、このような意識下にある現場は改革をしようとしてもなかなか動かないという点です。自分達は悪くないと考えているからです。
この状態は、まるで経営者と現場との間に巨大な意識の壁が立ちはだかっており、その壁が経営者の必死の思いにも関わらず組織の進化を妨げているかのようです。そこで改革を推進するには、現場を目覚めさせ、この意識の壁を取り払うマネジメントが必要になります。
では、現場を目覚めさせ、経営者と現場との意識の壁をなくし、さらに改革を進めていくにはどうすればよいのでしょう。私は今までの経験から3つのポイントを考えています。
1.組織を変えていく必要があるという共感を得ること
組織をある方向に向かわせようとするとき何がしか今までのやり方を変えていかねばなりません。ところが人間は今までと違うことをやるのは嫌がるものです。それは今までやったことがないことに対する不安と今まで慣れ親しんだことを捨てることに対する不満があるからです。そこで、そもそもある方向に向かってやり方を変えていくことの意義を説いていく必要があります。場合によっては経営者の独断で有無を言わせず変えていく必要があるかもしれませんし、実際出来てしまうことも多いでしょう。しかし、可能な限りはその意義をメンバーに説いてメンバー自身納得の上自らやり方を変えてもらう方が楽です。仮に共感が得られないということは本当に改革の必要性があるかどうかの検討が充分でないと言うこともできます。そういう気持ちで取り組みの必要性を充分吟味する姿勢も必要です。
2.現場に届く言葉に変換すること
命をかけるほどの情熱であっても、相手に合わせた言葉でなければ伝わるものも伝わりません。コミュニケーションはほんのちょっとの工夫で大きくその伝達率が変わってきます。組織で言えば、上層部から現場に伝えるときは抽象論でなく、現場の活動に直結する言葉でやるべきことを伝えなければなりません。しかもそれを印象付けるためには「Aではなく、Bをやる」というようにあえて対立概念を持ち出してメリハリを効かせた伝え方をするなど工夫も必要です。更に現場がやるべきことをやったときにはその行為を評価できる仕組を作らねばなりません。
3.課題や対策法を各自の行動レベルにブレイクダウンすること
私が経験してきた改革プロジェクトの中でも、最も現場の意識が変わるのが、組織のものとして検討してきた課題や対策法を各個人のものとして落としていく瞬間です。それまで他人事のように意見してきた人たちの真剣度が変わってきます。その分猛反対になってしまうこともありますが、それまでである程度意識が高まってきていればこのタイミングを境に加速度的に目的に向かって走り出します。
あるプロジェクトの事例
ある会社で改革プロジェクトをやっているときに、プロジェクトメンバー各自にそれぞれテーマを割り振り、その対策法を担当のメンバーが自分達で考えて、経営者に対して発表する、ということをやってもらったことがあります。正直難しいかと考えていたのですが、非常に積極的かつ具体的な施策が次々と出てきました。それを聞いた経営者は驚き、「今までこれほど現場が高い意識を持っているとは思わなかった」という感想をもらしていらっしゃいました。
この経営者はもしかすると、これまで現場に対して一方通行的に指示をしていたか、あるいは現場に目線を落とさず難しい抽象論でしか話をしていなかったのかもしれません。それをこのプロジェクトでは、現場目線で課題を翻訳し、全社課題を各部、各人の課題へと分解していきました。このプロセスの中で各担当者の意識は高まっていったのでしょう。当初は非協力的にも思える態度だったメンバーはこちらの予想以上の問題意識を持つに至り、以後目的に向かって走り始めたのでした。
この事例の会社の規模は決して大きいものではありませんが、組織の規模に関わらずこのような姿勢は必要だと考えています。そして、命がけの経営者と目覚めた現場が一体となったとき組織は飛躍的に変わっていけるのです。現場を目覚めさせるマネジメントがその第一歩となる重要な施策であることを経営者は意識すべきでしょう。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。