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Business & Economic Review 2004年06月号

【OPINION】
競争政策を構造改革の『扇の要』に-経済政策全体を踏まえた競争政策運営を

2004年05月25日 調査部 経済研究センター 小川昭


2003年末に独占禁止法の改正案骨子が発表され、国会提出が目指されるなかで、競争政策の在り方に関する論議が高まっている。もっとも、その多くは、「反競争的な行為に対する課徴金の引き上げは、企業の負担を過重にする」、「違法行為の取り締まりに実効性が必要」など、個々の改正項目の是非にとどまっているうえ、規定の内容についても「足して2 で割る」ような妥協的対応がみられ、全体を俯瞰した視野に欠けるように見受けられる。
競争政策は、そもそも、「公正」な競争条件を整えることによって企業活動を活発化し、消費者利益の拡大を図ることを目的としている。この点こそ、現在政府が取り組んでいる「構造改革」を完遂するためのポイントとなる。つまり、競争政策を構造改革のいわば『扇の要』として組み込む必要があり、その意味で、競争政策が構造改革全体との関係を十分に考慮した位置付けとなっているかが、問われなければならない。
本稿では、なぜ競争政策が構造改革の『扇の要』とならなければならないかを明らかにしたうえで、競争政策の強化策について提言する。
「構造改革」に欠けている点
競争政策と構造改革の関係を明らかにするために、まず、構造改革とは何かについて確認しておこう。
本来、構造改革とは、労働力や資本といった経済資源の利用や配分を効率化、適正化するために、その障害となる制度を経済社会の環境変化に適応する形に改めることをいう。その最終的な目的は、国民経済の長期にわたる安定的な発展、すなわち経済的な成果の国民全体への均霑である。
市場経済においては、a.資源の自由な利用や配分を妨げるような障害が存在しない、b.主体間の非対称な力関係によって資源の有効利用がゆがめられない、という二つの条件が満たされれば、市場には効率的かつ適正な資源配分を実現させる能力が備わっていると考えられている。したがって、構造改革とは、このような市場の機能が最大限発揮されるような制度を設定することであり、以下の二つの柱で構成される。
第1は「旧来制度の改廃」である。これは、経済資源の有効利用をゆがめ、境変化に対応できない制度を適切な形に改廃する政策である。
第2は、「ゆがみの是正」である。これは、市場構造や産業特性などによって資源の利用や配分にゆがみが生じる場合に、それを是正する制度を構築する政策である。
このような視点から現在の構造改革を見直してみると、構造改革本来の趣旨に適った政策立案がなされているとは言い難い。
例えば、現政権の構造改革への取り組みの基本理念を示した「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」(以下、骨太の方針)には、「三つの宣言」と「七つの改革」として構造改革を構成キる政策群が掲げられているが、この多くは規制改革や金融・産業再生など、旧来制度の改廃と捉えられる。その一方で、ゆがみの是正を担う政策は相対的に手薄である。2004年入り後、経済財政諮問会議において、独占禁止法改正に関する具体的な議論が展開されているとはいえ、「骨太の方針」のなかには、企業間の公正な競争の確保といった「公正」の概念は確認できない。このように、現政権の構造改革においてゆがみの是正に対する対応は、相対的に軽い扱いにとどまっているとの印象を受けざるを得ない。
しかしながら、「旧来制度の改廃」だけでは、必ずしも経済的利益の均霑は実現しない。経済主体の行動が自由になれば、市場環境や制度上の特権的な地位といったゆがみを利用して、自らの利益を追求し、全体の効率性を損なうという、いわゆる「不公正」に伴う弊害が生じる可能性は高くなる。例えば、競争の乏しい市場において企業が高めに価格を維持し、消費者から利益を吸い上げるという形で現れる。旧来制度の改廃とゆがみの是正が車の両輪として推進されることによってはじめて、構造改革はその目的を達することができるといえよう。

構造改革における競争政策の意義
以上を踏まえると、構造改革における競争政策の意義が明らかになってくる。競争政策を改めて定義すると、企業間の「公正」な競争を維持することによって消費者を保護し、長期間にわたって効率的な資源配分を実現することといえる。つまり、現在の構造改革に手薄な、ゆがみの是正を補うのが競争政策であり、競争政策はこの意味で、構造改革のいわば『扇の要』となるべきものである。
環構造改革と競争政策の関係について、寡占が続いている電力業、とくに小口電力を例として考えてみよう。小口電力市場において競争が進まない一因は、供給に不可欠な送電線を大手電力会社が保有していることである。これにより、消費者が電力会社の選択を制限されるというゆがみが生じている。この場合、現在高めに設定されている送電線の利用価格に関する監視を強め、小口電力の自由化推進にあたっては、保有会社とそれ以外の発電企業が使用する際の条件を均一化するという競争政策を同時に導入する必要があろう。このような政策によって、企業活動を活性化させながら、小口電力価格を自主的に引き下げるというインセンティブが生じることになろう。
このような「ゆがみの是正」は、企業行動の自由度が高まるほど大きな意味を持つ。つまり、構造改革を進めるためには、競争政策を重視し、同時並行的に進展させることが重要となる。すなわち、このような位置付けのなかで競争政策を検討しなければ、経済政策の枠組みとしてみたときに一貫性を欠くことになろう。
独禁法改正案の内容
上述した競争政策の意義を踏まえ、競争政策を司る基幹法である、独占禁止法の改正案について考察しておこう。
現在検討されている独占禁止法の改正案骨子は、以下の5項目より構成されている。すなわち、a.課徴金制度の拡大(課徴金算定率の引き上げ、課徴金適用対象範囲の拡大)、b.措置減免制度の導入、c.犯則調査権限の導入・罰則規定の見直し、d.審判手続き等の見直し、e.独占・寡占規制の見直し(独占的状態に対する措置規定の見直し、価格の同調的引き上げに対する報告徴収規定の見直し)、である。これを整理し直すと、a.反競争的な、不公正な行為に対する取り締まりの強化、b.反競争的な行為の捉え方の変更、の2点に集約される。
現行の独禁法体系では、a.公正取引委員会の調査が不十分で、また時間がかかりすぎる、b.反競争的な行為に対する罰則が緩いために、公取委に取り締まりの意思があっても十分な抑止効果を持たない、といった問題が存在した。例えば、ソフトウェアの抱き合わせ販売に関する勧告では、認定された違反事実に対して勧告が行われるまでに実に4年弱を要しており、その間に市場シェアは一変していた。このように、現行の独禁法は、企業の不公正な行動を抑止するという、ゆがみの是正を担う法令として必ずしも十分に機能していないといえよう。
今回の改正案は、これらの問題を克服し、「公正」な競争の確保と消費者保護を実現するための一歩として積極的に評価すべきであろう。
ただし、改正案が発表されてからの議論は、主にa.課徴金の軽重、b.不可欠施設(送電線や電話線など、消費者に財・サービスを届ける際に必要不可欠な巨大設備)に関する二重規制、すなわち事業法と独禁法の重複、の2点に集中している。具体的な意見としては、a.については「現行(売上高の6%)でも高すぎる」(財界)、b.については「屋上屋を架す」(関係省庁)など、改正案に反対するものが多い。この結果、法案の今次通常国会への提出が困難になりつつある。しかも、当初売上高の20 %弱まで引き上げるという方針であった課徴金は10%程度への小幅な引き上げにとどまり、二重規制に関連した事項は何ら調整されず、そのまま先送りされる公算が大きい。
しかしながら、法に抵触する行為が後を絶たず、これを抑制する方策が求められているという現状を踏まえると、課徴金の水準は、他の制裁措置との間で調整する必要はあろうが、基本的には引き上げの方向で改正すべきであろう。加えて、実際には完璧に摘発することは難しいことを踏まえると、競争政策が企業の違法行為に対する抑止力を発揮し、ゆがみの是正として機能するには、十分に高い課徴金が必要である。なお、このような罰則規定の強化は、違法行為に対する摘発を強化することによって初めて許容されうるものであり、摘発へのさらなる注力が必要なことは論を待たない。
加えて、現在の議論は、やや各論にとらわれすぎているきらいがある。本質的な議論は、既述の通りより広い視点から展開されなければならない。例えばEUの競争法は、そもそもEC 発足時に掲げられた基本目的、すなわち「欧州を分割している諸障壁を撤廃することにより、欧州諸国の経済および社会的進歩を確保すること」を実現するための「重要な規定」(滝川[1996]「日米EU の独禁法と競争政策」青林書院 pp.7- 8)とされている。このため、EU 競争法に係る議論は、市場統合の促進という見地からなされることも多い。また、アメリカの反トラスト法3法(シャーマン法、クレイトン法、FTC法)は、競争の維持を主な目的としているものの、これは「自由競争が経済発展をもたらすとの信念を伝統的に持ち、そのために反トラスト法を経済運営の基本に据えてきた」(滝川[1996]p.8)ためであって、経済政策全体からの視点は常に存在する。
彼我の国情の差、法制度の差はあるとはいえ、わが国においても、同時並行的に進められている経済政策、なかでも構造改革を構成する各政策の状況を勘案しつつ、適切な規制レベルや、どの法制を用いるかという検討が行われるべきであろう。単に独禁法を改正するだけでは、公正な競争が成り立つような、適切な競争政策は期しがたく、ゆがみの是正は達成されないのである。ただし、これは、かつての産業政策がそうであったように、そのときの経済・政治情勢にあわせて競争政策を恣意的に運用するということを意味しない。適切な政策運営とは、他の政策との整合性や相互補完・代替性を踏まえ、常に一定水準の公正性が安定的に保たれるように競争政策を推進することといえよう。
望まれる対応
以上を踏まえたうえで、以下の3点を提案したい。

(1)独禁法の強化
第1は、独占禁止法の強化である。これは、反競争的行為に対する取り締まりを強化し、競争政策を迅速かつ実効性のあるゆがみの是正のための手段として機能させるために必要不可欠な条件である。
具体的には、課徴金の水準を少なくとも2桁に引き上げるなど、現在検討されている項目の速やかな導入が急務である。その際には、公取委の下部組織である「競争政策研究センター」が学術面からバックアップし、個々の規定の妥当性を担保することも重要であろう。
加えて、市場価格を判断基準の一つとして明示的に取り込むことが求められる。具体的には、a.企業の不公正な行為が市場価格にどのように影響したか、b.合併などが市場価格にどのように影響するか、を判断の際の情報として利用するということである。例えば、合併審査において、合併後に競争激化や価格下落が見込まれる案件については、審査の精度を維持しつつ全体としての審査期間を短縮するなどの施策が考えられる。
市場経済では、企業活動が他の経済主体に及ぼす影響は価格の変化を通じて顕在化することが多いため、このような判断基準の採用は有効である。加えてこれは、競争政策の透明性の向上にも資するものであろう。ただし、このような価格による予測・分析は、先駆的な競争政策運営が行われているアメリカにおいても、現時点では十分な知見が蓄積されているわけではない。この点についても、「競争政策研究センター」の役割が重要であろう。

(2)公取委の強化
第2は公取委の強化である。これは、機動的かつ効果的な競争政策運営を実現し、ゆがみの是正を達成するには、独禁法の強化だけでは不十分なためである。
具体的には、a.公取委の人員強化、とりわけ法律および経済に通暁し、審査に対応できる人員の積極的登用を図る、b.合併などに関するガイドラインにおいて、更新頻度を高めるとともに例示を増やすなどの総合判断の明確化を図る、c.事業法と独禁法の規定のすりあわせを進め、整合性を取ったうえで、業種ごとの特性が強いものは事業法で対応し、それ以外は独禁法で対応するように整理する、d.公取委の過去の政策について分析・評価し、その結果を公表する、といった施策が求められよう。
なお、独禁法と事業法の住み分けは、公取委だけで完結する問題ではなく、各所管省庁との調整が不可欠である。このような調整は政治の役割ともいえるが、それを支える事務組織が必要である。総合調整官庁としての内閣府の強化が求められる。まずその一歩として、内閣府に各省庁への情報請求権を付与するなど、情報統轄官庁としての役割を担わせることが望ましい。

(3)構造改革内での競争政策の位置付けの明確化
第3は、構造改革を推進するための政策の一つとして、競争政策を明示的に位置付けることである。ゆがみの是正を達成するためには、他の政策との関係を無視することはできないためである。
構造改革を構成する個々の政策と対応して競争政策を掲げる必要がある。例えば、骨太の方針の項目建てに従えば、規制改革分野における12の重点項目のそれぞれに対応する形で、競争政策の観点から規定を盛り込むことが考えられる。

以上述べたように競争政策を強化することによって、構造改革との相乗効果が期待される。これがひいては、「旧来制度の改廃」と「ゆがみの是正」のバランスをもたらし、長期的な国民経済の発展に資することが期待されよう。
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