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Business & Economic Review 2004年02月号

金融資産課税の一体化をめぐる課題-納税者番号制度との関係を中心に

2004年01月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 三上寿雄


  1. 目指すべき金融資産課税の一体化の姿
    金融・証券税制は、所得分類の多さや商品ごとに税率・諸控除・徴税方法が異なる等の点で極めて複雑であり、改善が必要と長らく指摘されてきた。こうした批判に応えるべく、2002年度および2003年度の税制改正では、主として証券関連税制が見直された。しかし、依然、金融商品の所得区分は多岐に及び、新たに優遇措置や損益通算規定が加わることによって一層複雑な仕組みとなったため、課税の中立性、制度の簡素化、等の観点から、引き続き見直しの必要性が指摘されている。
    度重なる金融・証券税制の見直しの背景には、資本市場活性化の手段として証券関連商品に時限的な優遇措置を付与した結果、現行の金融・証券税制が一層複雑になり、中長期的にはその是正が不可避なことがある。現行のインセンティブ税制は、中立性や簡素性等の点で少なからず問題を抱えており、課税の中立性、公平性、簡素化等に配慮しつつ、リスク・マネーの供給という政策課題に対応した税制の再構築が求められている。
    こうしたなか、金融資産性所得に対する課税の一体化(金融資産課税の一体化)に向けた動きが出てきている。ここで、金融資産課税の一体化とは、金融商品に対する課税方式(所得区分、適用税率)を一律とし、商品相互の損益通算を広範に認めたうえで課税する制度である。
    2002年度および2003年度税制改正では、その手始めとして、株式と利子の同率での課税(上場株式譲渡益、配当所得の税率を20 %に引き下げ:恒久的措置)、損益通算範囲の拡大(公募株式投資信託の損失と株式譲渡益の損益通算の容認)等の措置が講じられた。続いて、2003年6月、政府税制調査会の「少子・高齢社会における税制のあり方」において、2005年に金融資産課税の一体化を目指す方針が明確に示された。これを受けて、2003年12月、政府税制調査会の「平成16年度の税制改正に関する答申」では、金融資産課税一体化の実現に向けて、金融小委員会において諸課題の検討を進めていく方針が明らかにされている。
    現行の証券関連インセンティブ税制が、リスク・マネー供給に資する一方で、課税の中立性・簡素化とトレード・オフになる弊害があるのに対して、二元的所得税に代表される金融資産課税の一体化は、リスク・テイク促進と中立性・簡素性をある程度両立し得る点に意義を見いだせる。換言すれば、金融資産課税の一体化は、金融・証券税制の中立性や簡素化の向上に資するのみならず、個人によるリスク・テイクを促進する効果が期待出来る点で優れていると評価出来よう。具体的には、金融資産課税の一体化が進展すれば、株式譲渡損失等のリスク資産から生じた損失を、株式の配当あるいは預貯金の利子等と相殺出来ることから、リスク資産投資への失敗を過度に恐れることなく、積極的にリスク・テイクする誘因が高まると想定される。
    もっとも、金融資産課税の一体化によるメリットを十全に発揮するためには、幅広い金融商品を一律に課税し、かつ広範な損益通算範囲および長期間の損失繰り越しを容認するような制度設計が不可欠となる。前述のように政府税制調査会は、2005年に金融資産課税の一体化を導入する方針を示しているものの、金融資産性所得の範囲や損益通算範囲等、一体化の具体的中身については今後の検討課題としており、その制度の具体像は、現時点では不透明といわざるを得ない。仮に、損益通算範囲や損失繰り越し期間が十分に認められない制度となるようであれば、名ばかりの金融資産課税の一体化との謗りは免れない。
    この点に関して、筆者は、金融資産課税一体化の目指すべき姿として、金融資産からの所得を金融所得として一元化し、これを分離する「日本型二元的所得税」の創設を提言してきた。その具体像は、利子・配当・譲渡益等の金融所得を一括して比例税率(一律20%)で分離課税し、金融所得間での全面的な損益通算および無制限の損失繰り越しを容認する制度である。また、将来的には、不動産所得等を含む資本所得を分離する二元的所得税の導入を検討することが望ましいと考える。
    こうした将来に向けた制度設計を実現するためにも、そのプロセスにおいて即座に改善が望まれる点が残されている。具体的には、a.株式譲渡損失の繰り越し期間を3年から5年に延長する、b.公募株式投資信託と上場株式等の譲渡損益の完全な損益通算が可能な制度に改める、c.株式関連デリバティブの税制を上場株式等と同様の制度に改め、優遇税制の適用および損益通算、損失繰り越しを可能にする、ことが必要と考えられる。

  2. 金融資産課税における納税者番号制度の位置付け
    金融資産課税の一体化を実現するためには、解決すべき課題もある。とりわけ重要とされるのが、金融資産所得の正確な捕捉に向けた環境整備である。この背景には、金融資産課税が一体化されれば、金融資産間の損益通算が幅広く容認されることになるため、納税者番号制度の導入等によって、これまで以上に金融資産から生じる所得の正確な把握に努める必要性が指摘されている。前述の政府税制調査会「少子・高齢社会における税制のあり方」では、「金融資産性所得を一体的に課税する新たな金融・証券税制を構築するためには、納税者番号制度が不可欠になっている」としている。
    もっとも、納税者番号制度の導入をめぐっては、政府税制調査会等において、これまで幾度となく議論の俎上に載せられたにもかかわらず、プライバシー侵害批判、あるいは番号管理への反発感等から、いまだ実現には至っていない。過去には、納税者番号制度に類似した制度である少額貯蓄等利用者カード(グリーン・カード)構想が提起され、預貯金の名寄せを行うグリーン・カード制度の法律が80年に成立したにもかかわらず、導入直前に延期された後、自民党等の反対で廃案になった経緯がある。現在でも、納税者番号制度に対する国民あるいは政治家のアレルギーは、依然根強いといわれており、金融資産課税の一体化を進めようとしても、納税者番号制度の導入が障害となりかねないとの懸念が指摘されている。
    本稿は、納税者番号制度の導入が必ずしも容易ではないことに配慮して、当面、納税者番号制度にこだわることなく金融資産課税の一体化を進め、中長期的には、納税者番号制度を活用した、より望ましい金融資産課税の一体化を志向するプロセスが現実的と考えている。このように、あえて2段階に分けてまでも制度の構築を進めるのは、金融資産課税の一体化には、本来、納税者番号制度が不可欠であるが、納税者番号制度の導入に平仄を合わせて一体化を進めようとすれば、経済活性化に向けたリスク・マネーの供給という喫緊の政策課題に立ち遅れる懸念があるためである。
    このような考え方に沿えば、当面、現実的な方策として導入を目指すのは、金融資産性所得の包括的把握を目的とした「金融所得特定口座」の創設であろう。ここで、金融所得特定口座とは、現行の株式を対象とする証券特定口座を、幅広い金融商品を対象に拡張した制度を想定している。具体的には、個人が特定の金融機関に口座を開設し、その口座を通じて、例えば、預金、投資信託、株式・債券投資、あるいは変額保険等々、様々な金融取引を行い、口座内に限って損益通算を容認する仕組みである。この制度では、金融機関が損益通算の対象となる金融資産を完全に把握し、その範囲内でのみ損益通算を認めるため、口座開設時に厳格な本人確認を行えば、納税者番号制度は必ずしも必要ではない。
    現行の証券特定口座は、本来、申告納税が必要な株式譲渡所得を、源泉分離課税の対象として申告不要にする点で利便性に優れる制度であり、金融所得特定口座は、金融資産課税の一体化を進めるうえで、現状同様の利便性を確保するための制度と位置付けられる。すなわち、個人投資家は、一度、金融所得特定口座を開設すれば、以降、金融機関側で取引ごとの損益を管理し、年末時に口座内の損益通算を行ったうえで源泉徴収するため、煩雑な申告手続きなしに納税作業が完了する。
    しかしながら、このような金融所得特定口座構想には、以下のような看過し得ない問題も内包している。
    一つは、利用者利便を損なう懸念である。前述のように金融所得特定口座は、単独の金融機関がすべてのサービスを執り行う制度であるため、サービスの質あるいは目的に応じて、複数の金融機関を自由に使い分けるような行為が大幅に制約されてしまう。金融サービスの向上には、金融機関相互の競争促進が不可欠なことを考慮すれば、金融所得特定口座が納税手続きの簡素化に大きく貢献することを認めつつも、単独の金融機関が金融取引を独占する状況については、利用者の利便性の観点からネガティブな評価を下さざるを得ない。
    もう一つは、金融機関の経営戦略の幅を狭めることである。金融所得特定口座は、複数の金融取引を特定の金融機関に一任して管理する制度であるため、一つの金融機関が複数の金融サービスをすべて取り扱う必要がある。しかし、現状、金融機関の業態ごとに取り扱い可能なサービス範囲に制約があるため、複数の金融サービスを単独の金融機関が提供出来る状況にはない。一例を挙げれば、銀行が金融所得特定口座を取り扱おうとする場合、現状、株式配当金については受け取り口座に指定されれば配当所得を把握出来るものの、株式売買に伴う譲渡損益については把握出来ない等の制約がある。このため、銀行が、金融所得特定口座制度を取り扱おうとすれば、銀行自体の業務範囲の拡大が不可欠という帰結となる。
    しかしながら、仮に、制度上広範な業務範囲が容認されるようになったとしても、金融機関の業務分野の選択、例えば、広範な業務を選択するのか、あるいは特定の分野に特化するのかといった判断は、本来、経営資源等を考慮して、各金融機関が個別に判断すべき問題である。また、その経営判断は、金融機関ごとに異なると考えられ、いずれが正しい選択肢という問題ではない。それにもかかわらず、金融所得特定口座が導入されれば、制度的に業務範囲を拡大する経営判断を利することになりかねず、決して望ましい姿とはいえない。
    これらの問題点を踏まえれば、金融所得特定口座は、あくまでも、納税者番号制度なしに限定的な一体化を認める制度と捉えて、政策課題を遂行するために緊急避難的に実施する制度との位置付けが適当であろう。したがって、中長期的には、納税者番号制度を活用し、複数の金融機関で取引を行いながらも、それらを正確に捕捉したうえで完全な損益通算など容認する制度を、金融資産課税の一体化の理想像として目指すべきであろう。

  3. 選択的納税者番号制度をどう考えるか
    前述のように政府税制調査会は、納税者番号制度の導入を要件に、2005年に金融資産課税の一体化を目指す方針を打ち出している。もっとも、納税者番号制度の導入に対する根強い反発も予想されるため、円滑な導入を目的とした「選択的納税者番号制度」の検討が進められているとされる。この制度は、納税者番号制度の適用を一律に行うのではなく、利用希望者だけに納税者番号制度を適用するもので、これを選択した納税者に対して金融資産課税の一体化、例えば広範な損益通算や低率課税等が認められる。もっとも、この制度には、納税者番号制度を意図的に回避する主体に対して、制度の利用を促すペナルティが働かないという欠点がある。すなわち、一部の納税者にとっては、あえて納税者番号制度を利用しないことで、金融資産所得以外の税負担を不正に軽減する効果があるにもかかわらず、それが容認される問題である。一部の富裕層が、金融資産の保有状況を正確に把握されたくない誘引を持つのは、金融資産への課税を嫌うだけではなく、金融資産の保有状況を正確に把握されることによって、勤労所得や相続税の負担が高まるのを嫌うためと推察される。納税者番号制度の意義は、金融資産から生じた所得に対する適正な課税のみならず、個人ごとの金融資産保有状況およびその所得の正確な捕捉にもある。とりわけ後者については、ある個人が、実質的にどの程度金融資産を保有し、また、その所得総額がいくらかについては、現状、正確に把握されていない。このため、納税者番号制度の導入によって、個人ごとの金融資産保有状況および所得総額のより正確な把握が可能になれば、その結果、捕捉を免れた勤労所得の事後的な把握、あるいは、相続、贈与課税の適正化が実現出来よう。また、金融資産からの所得の多寡を公的年金受給の判断材料に加える場合、あるいはペイオフ解禁時の預金者の名寄せ作業等においても、納税者番号制度が有効に機能しよう。
    これら諸点を踏まえれば、納税者番号制度を選択制とし、納税者にメリットを付与することで、制度を円滑に導入しようとする意図は理解出来るものの、選択的納税者番号制度を導入するのは問題が多いと判断せざるを得ない。制度本来の趣旨に照らせば、やはり納税者番号制度を一律に適用することこそ最善策と考えられる。このように、納税者番号制度の一律の適用を制度導入の前提とすれば、2005年度に納税者番号制度とともに金融資産課税の一体化を目指すという政府税制調査会の方針は、相当ハードルの高い目標と考えられる。この実現のためには、納税者番号制度について、金融資産課税の側面からのみ論じるのではなく、自営業者等の所得捕捉の問題、あるいは相続・贈与課税の適正化等、包括的な視点から国民の関心を高める必要がある。政府は、制度導入に向けて、政府税調のこれまでの議論等を踏まえ、国民に対して十分な理解を求める努力をすべきであろう。
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