Business & Economic Review 2004年01月号
【POLICY PROPOSALS】
医療IT化の普及促進に向けて-IT技術が病院の効率性に与える影響の実証分析
2003年12月25日 飛田英子
要約
- 国民医療費の抑制と患者本位医療の確立の必要性が高まるなか、医療分野において情報化に向けた動きが政府を中心に進められている。しかし、医療機関のIT 投資の現状をみると、政策的な投資インセンティブが希薄なことに加えて、IT化の経済効果が不透明なこと等を背景に、積極的に取り組む医療機関はごく少数にとどまっている。そこで、本稿ではIT化の経済効果を定量的に明らかにするとともに、IT化の普及促進に向けた政策提言を行うこととする。
- 医療機関の情報システムには、a.各部門で独自の情報システムを構築する部門別システム、b.医師のオーダーが院内ネットワークを通じて各部門に伝達されるオーダリング・システム、c.医師と各部門の担当者が電子カルテを通じて双方向の情報伝達を可能とする電子カルテ・システム、の3段階がある。なかでも電子カルテ・システムは、待ち時間の短縮や伝達ミスの減少、事務作業の軽減等、オーダリング・システムで期待されるメリットの他に、a.診療情報の共有化により医師や病院の評価・比較が可能になる、b.比較結果が公表される場合には、競争の促進を通じて医療の質の向上がもたらされる、c.患者情報を一元管理することにより、病院格差や地域格差のない医療が実現される、c.カルテの保管コストが大幅に軽減する、d.診療情報の蓄積・分析を通じて診療行為の標準化や新たな臨床上の根拠が創出される、等の効果が期待されている。
- わが国の現状をみると、ようやくオーダリング・システムが普及を始めていることから、第2段階に差し掛かったところにあると判断される。ちなみに、アメリカやイギリスではすでに第3段階への移行が進んでいる。
こうした状況下、政府は「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」(2001年12月26日)を策定し、医療IT化を積極的に推進する方針を明らかにした。しかし、実際の状況をみると、IT技術の導入は各医療機関にゆだねられていることもあり、あまり進展しているとは判断し難い。 - 各医療機関がIT投資に踏み切らない要因として、IT投資の経済効果が不透明であることが指摘される。そこで、IT化が病院の効率性に与える影響を定量的に分析してみた。結果を簡単に要約すると、以下の3点である。
(1)わが国の病院産業には非効率性が認められ、2001年では約5%コストを削減することが可能であった。この主因は資源配分の組み合わせ、具体的には医師と事務職員の過剰雇用である。
(2)オーダリング・システムは医療サービスの生産性に対してプラスに寄与することが確認された。このことは、オーダリング・システムやこれと同じ経済効果が見込まれる電子カルテ・システムを導入することにより、待ち時間の短縮やより充実した診療内容を達成出来ることを示唆する。
(3)医師数の増加が生産性の向上に働くことが認められた一方、事務職員については生産性への寄与が認められなかった。このことは、オーダリング・システムや電子カルテ・システム、レセプト電算処理システム等の導入を通じて間接業務を大幅に削減することにより、医療の質を落とすことなしにコストの削減が達成されることを示唆するものといえよう。 - 分析結果を踏まえて医療IT 化に向けた政策提言をまとめると、以下の通りである。
(1)政策的イニシアチブの発揮
政府は「情報化グランドデザイン」の目標を達成すべく予算措置を講じているが、すべての医療機関にIT技術を整備することはもとより、グランドデザインの目標を達成するにも金額的に不十分である。また、投資費用を各医療機関が負担する場合でも、コストを保険請求で賄うことが認められていないため、自己リスクによって行う必要がある。したがって、診療報酬面での点数の上乗せ、IT投資減税の恒久化、安価なシステム開発の促進等を通じてコスト面でのデメリットを解消する措置を講じることが必要である。
(2)コードの標準化とその遵守の義務化
電子化された診療情報が共有されるためには、傷病名や治療方法等の医療用語と分類コードに関して標準マスターを作成する必要がある。この作業は現在政府によって進められているが、これまで各医療機関で使用されてきた独自コードから標準化コードへの変更にはコストが伴うこともあり、標準化コードの利用はあまり進んでいない。したがって、標準化を徹底するためには、行政とベンダー間の協調が不可欠なことに加えて、標準コードの利用を法的に義務付ける必要があるといえよう。
(3)医療情報技術者の育成
他の医師でも理解出来るカルテを作成するとともに、クリニカル・パスの改良や経営の効率化を進めるためには、診療情報を適切に管理・収集・分析する医療情報技術者の育成が不可欠である。わが国では医療情報の管理・活用に対する意識が希薄であることを考えると、医療情報技術に関する資格を国家資格に認定するとともに、すべての病院に情報技術者の配置を義務付けることが求められる。
(4)セキュリティとプライバシーの確保
個人情報保護法が2003年5月に成立したが、医療情報に関する準則を定めるとともに、公開鍵基盤の整備をはじめとするセキュリティ体制を早急に整備する必要がある。
なお、医療IT化に伴って患者の自己責任がより強く求められるようになることを考えると、治療成績(死亡率や平均入院日数等)をはじめとする医療の質を評価する中立的な第三者機関の設立が求められる。