コラム「研究員のココロ」
情報システムの投資対効果を高める3つのポイント
2003年11月17日 叶内朋則
1.情報システムの投資対効果を考える
物やサービスを購入した際に「高い」と感じるのには、金額そのものが高い場合と物やサービスの質と比較して高い場合の2つのパターンがある。後者の割高感は、想定よりも高い金額となったり、提供を受けた物やサービスが満足いかなかったりという、需要者が感じる投資妥当性のギャップから生じる。特に情報システムの場合、その効果が不明確であったり仕様次第で開発費用が膨れ上がったりすることが多いため投資妥当額を見極めることは難しい。
投資対効果測定の観点からここでは情報システム投資を3つに分類して考えたい。1つ目は経費削減を目的とした情報システム投資である。従来からあるようなダウンサイジングによるシステム運用費用の削減やコンピュータ化による業務効率化では、費用削減額を期待効果として投資対効果を検討することが可能である。2つ目は販売や生産など本業の競争力強化に結びつく情報システム投資であり、売上増や製造原価低減などの効果から投資妥当額を判断できる。3つ目はナレッジマネジメントなどの業務機能の強化や高度化を目指した情報システム投資や、ERPシステムなどの開発規模も投資額も業務への影響も多大なバックオフィスの業務改革を伴う情報システム投資である。これらにおいては前述の手法が当てはまらず、その投資に見合う効果を見出せずに悩む企業も多いことだろう。
ここでは、そういったコスト削減や売上増に単純にはつながらない情報システムの投資対効果を高めるために、情報システム導入時に考慮すべき3つのポイントを提案したい。
ポイント1: システムの導入目的、目標(ビジョン)を明確にする
まず、最初になすべきことはシステムの導入目的を明確にし、プロジェクトのビジョンを設定することである。そしてそれは、システム導入によって実現されるビジネスモデルや業務改革のビジョンと連動すべきである。
これは当たり前のことに聞こえるだろうが、前段にて3つ目に分類した情報システムを導入するプロジェクトにおいてはその目的があいまいになりがちである。対象となるシステムがコスト削減や売上増に単純には結びつかないものである以上、情報システムを導入する必然性はビジネスモデルや業務改革のビジョンに拠らざるを得ない。目指すべきビジネスモデルや業務改革を、どのような情報システムを導入して実現すべきなのか、その将来像があってはじめてシステム導入目的を明らかにできる。それが情報システム導入プロジェクトの戦略でありビジョンなのである。例えば、「個」客対応型ビジネスモデルへの変革であったり、コラボレーション型研究開発体制の推進であったり、バックオフィスのスリム化であったり、その目指すビジネスモデルや業務改革は様々であり、それに対応した最適な情報システムも様々である。最適化された情報システムとは決して複雑大規模である必要は無い。開発のコストとリードタイムを優先させるためにパッケージソフトをカスタマイズ無しで導入するのも有効な戦略のひとつであろう。
システム導入目的があいまいであると、何の為に何を目指して何を期待してシステムを導入するのかが不明確となり、システム導入後の効果が想定できないこととなる。効果を定義しない状態では、費用対効果を測ろうにも無理がある。
また、総花的な目的や目標もまた同様の事態を招く。情報システム導入プロジェクトはある一定の制約条件の中で遂行される。あれもこれもといった目的では、結局どれも中途半端なものとなる可能性が高く、全ての目標を達成することは到底難しいだろう。
確かに、企業内の様々な課題の中から1つを選べというのは、無理があるように思えるかもしれない。しかし課題には対処すべき重要度に差があり、しかも連携しているものである。迷われたら課題を構造化して分析し、真の目的を見つけ出すことをお勧めする。少なくとも目的を絞りこみ順列をつけておくことが、後のプロジェクト推進上、重要となってくる。
ポイント2: システム導入の期待効果を測定する
プロジェクトのビジョンをもとに情報システム導入の期待効果を設定し、事前と事後そして継続的に測定し改善へつなげようとする姿勢が重要である。
まずは期待効果を測定可能な指標へと変換することが必要となる。このためには、バランスドスコアカードの手法を利用して、プロジェクトの戦略を具体的に落とし込む方法が有効であろう。また、それぞれの企業における設備投資や事業参入に対する投資基準に従うのも良い。工場への設備投資や新規事業への投資判断と同様に情報システム投資を扱うのである。しかし、ここで重要なのは効果の測定を情報システム導入単体としてみるのではなく、ビジネスモデルや業務改革の目的別に行うべきだということである。例えば、新たなビジネスモデルに不可欠な情報システムであるならば、そのビジネスのROIと連動させる案が考えられる。
また、事前と事後とで効果を測定し比較することも重要なことである。データが存在しないなどの理由により事前の測定が困難である場合は、他社や同様の事例からあらかじめ達成すべき水準を定めておく必要がある。指標を定めたら次はその測定方法を業務として設計し組み入れる。例えば、顧客満足度をアンケートで調査するのか、顧客からのコンタクト頻度で測るのか、効果の測定方法をあらかじめ定めた上で業務プロセスに組み込んでおく。そして継続的に指標を測定していくことで、ビジネスモデルや業務プロセスを想定効果との対比において改善していくことが可能となる。ひいては次のプロジェクトへの良いフィードバックができるのである。
ポイント3: ビジョンに従った開発を推進する
開発費用を想定外に膨らませないためにも、プロジェクトの目的や目標はぶれることがないようにしたい。費用が膨らむ原因には、以下の2点が大きく影響する。
(1)費用対効果を考慮せずに必要以上に例外処理やカスタマイズなどの特別対応をする
(2)システム要件が頻繁に変更される、あるいはなかなか決定されない
特別対応が増えるのは現場の意見を反映させるためであるが、プロジェクト外の人間にとって(あるいはプロジェクト内の人間にとっても)自分の要望した特別機能がどれほどの費用がかかるものなのか知る由も無いだろう。従って、何らかの制限を掛けない限り、利用者に要件を聞いて回るたびに特別開発部分が増え、それに伴い費用の見積りも増えてしまうことになる。また、現場の声が強いと、システム要件の頻繁な変更にもつながる。大量の特別開発や頻繁な仕様変更は、導入スケジュールの遅れや品質の低下を誘引する下地となる。プロジェクトマネジメントの観点からも、是非とも避けたいところである。
そのためにも、情報システム導入プロジェクトを始めるにあたって、プロジェクトメンバーはもちろんのこと、企業全体でプロジェクトのビジョンについてのコンセンサスが必須になる。その上でプロジェクトの目的、想定効果を根拠に、利用者の要望を制限する必要がある。プロジェクトの方針と合わない場合は、従来の業務手順や情報システムの使い勝手はある程度犠牲になると考えるべきだろう。当然、現場からの反発はある。そんな場合こそ、プロジェクトリーダーの強力なリーダーシップが必要になる。そのためにもプロジェクトの推進体制の中には、ぜひ経営陣を加えていただきたい。名前だけの参加ではなく積極的にプロジェクトに参画し、ビジネスモデルや業務改革の方向がぶれないよう関与していくべきである。
2.目的を誤ったシステムを作らないために
目的の定まらないシステム開発ほど悲惨なものは無い。最悪のパターンとして、あいまいなビジョンによってプロジェクトが迷走した結果、お金も時間も成果も失ってしまい、社内が疲弊してしまうことがある。そして残るのは目的を失った使えないシステムである。
情報システムは所詮、道具である。道具は目的に応じて最適化されて製作され利用される(時には目的外の用途にも利用されたりするが)。コップも車も電話もその目的に応じて利用されるものである。
目的を誤った日の目を見ないシステムは、目的を再定義するか目的に合わせて作り直す必要がある。情報システム開発の失敗をSIベンダーに求めるのは易しい。しかし、ビジネスモデルの変革や業務改革に伴う情報システム投資の成否は、開発工程以外の要素にも大きく影響される。プロジェクトを成功に導くためにも、始めの時点でしっかりとした目的と絞り込まれた目標を定め、それらビジョンを共有して進めるべきである。そして測定可能な指標によって効果を評価し、継続的な改善につなげることが肝要である。