コラム「研究員のココロ」
自治体における人事評価制度見直し時の留意点
2003年10月06日 石川洋一
筆者は長らく人事管理のコンサルティングに携っているが、公務員制度や特殊法人の改革を背景に、地方自治体や特殊法人等の公的組織からのご依頼が最近増加している。本論では自治体における人事管理制度改革の現段階での留意点について、民間企業の場合と比較しながら意見を述べたい。
組織をとりまく環境が変われば、その組織に属する職員に要請する役割や能力のあり方は変わり、最終的に人事管理制度見直し論議に帰着するのは、民間企業も公的組織も共通である。常に環境変化に晒され対応の巧拙次第では組織の存亡にもかかわる民間企業では絶えず人事制度の改善・改革を繰り返している。一方、自治体を含む公的組織の場合は、長期間に渡り人事管理の基本的枠組みを変えることなく今日まで来てしまった。しかし既に始まった“地方分権”という巨大な環境変化は、国から指示された事業を、どちらかというと受身的に行ってきた状況から、自治体自身が事業を企画し自らの責任の下で事業を工夫・推進する状況への転換を意味し、これへの対応を自治体自身に迫ることになった。
さらに住民の行政ニーズは高度多様化し、これを厳しい財政状況等の中で推進するわけであり、主体的な事業推進がうまく機能するか否かは、自治体職員一人ひとりの意識・思考・行動に依拠している。たとえば、行政へのニーズを踏まえた事業を企画する政策形成や、効率的に組織運営を図るマネジメント等の役割や能力は、相当のレベルアップを図らねばならないだろう。
このような流れの中で人事管理制度、中でも評価制度の見直しの着手にあたり、以下の点に留意すべきである。
第1に、自治体という組織の経営に役立てる視点から人事管理制度の整備や機能を高めるという考え方をもっと強化すべきである。例えば、民間企業に比べれば人事評価の位置付けや活用は極めて限定的である。従来の自治体においては経営やマネジメントへの意識が民間企業ほど強くないが故に、人事管理のレベルを上げ積極的に活用する発想が乏しかったのかもしれない。
第2に、公正な格差の存在を肯定することである。民間企業であろうと公的組織であろうと、努力して職務に取り組む層とそうでない層は必ず存在する。問題はその取り扱いであるが、公的組織の場合は両者を平等に扱いがちである。差異を無視した扱いは不公正さにも繋がるのではないか。
第3に、目標管理導入に安易に依存しないことである。民間企業で多用されている目標管理の導入により評価制度を組み立て直せば上手くいくと、安直に考えてはいないだろうか。目標管理の考え方はシンプルではあるが、運用上の問題点は多々あり、民間企業でも各組織の事情に合わせ運用の創意工夫をしている。この点を見落としてはならない。
第4に、自治体という組織は、民間企業では考えられぬほど多様な職種を抱えている。今後は事業の民営化やアウトソーシングの検討がなされるのであろうが、現状の職種の広さを十分考慮しなければならない。また、売上や利益といった明快な評価指標を求めることは出来ないから、それに代わる説得力のある評価軸の確立も重要だ。自治体という組織の特性や事情にあった制度設計を心がけねばならない。
以上の4点は、あくまでも“現段階”、つまり評価制度の見直しに際しての留意点である。何故なら自治体の人事管理見直しは現時点では評価制度が主体であり、賃金部分の本格的改革は今後の課題となっているからである。評価制度と賃金制度は人事管理の機能を高める為の車の両輪であり、片側の車輪を直しただけでは本当の改革は狙えない。
一般に“お役所仕事”という言葉で代表されるように、民間企業に比べ公的組織の仕事振りへの評価は必ずしも芳しくない。しかし、筆者がかかわった公的組織の人事管理スタッフは全て改善意欲は高く、極めて勉強熱心であった。各自治体で新たな人事管理制度再構築に向けた創意工夫が積み重なり、結果として自治体職員一人ひとりの活力と働き甲斐につながり、自治体全体の活動のレベルが向上することを期待したい。
さらに「民」と「公」の人事管理のあり方は現状では異質とさえ思えるが、近い将来、両者が共通の土俵で論議できる環境の創出に向けて、微力を尽くしていきたい。