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コラム「研究員のココロ」

経営とコミュニケーション(3)
経営者の役割

2003年09月08日 茅根 知之


1.語り部としての経営者

 経営者の役割は何か。この問いに対しては、様々な答えが返ってくるだろう。もちろん、企業規模、業態、などの条件によって、その役割も変わってくるが、「社内外とのコミュニケーション」と答える人はどれぐらいいるのだろうか?
 前稿でも論じたように、企業の実行主体は個々の人間であり、彼らは企業のエージェント(代理人)である。その中でも、経営者および経営陣は、企業を代表するエージェントであると言える。逆に言えば、経営者および経営陣の活動は、企業活動そのものとして認識されやすい、ということである。経営者は企業を代表して、社内外とのコミュニケーションを行うことが必要になるはずだ。
 一橋大学の伊藤邦雄教授はその著書『コーポレートブランド経営』の中で、経営者が組織の統制者になってしまい、ビジョンや理念の語り部でなくなってしまったことを指摘している。この指摘に対して、経営者がビジョンや理念を語らなくても、企業はその業務自体が重要であり、その結果や関連情報から、その企業の目指す方向は理解できる、という反論があるかもしれない。しかし、多くの人たちがその企業に対して、常に的確な情報を持っているわけではない、という当たり前の事実を忘れてはいけない。消費者、投資家、さらには自社の従業員ですら、その企業に対して常に高い関心を持ち続けることは有り得ず、それぞれの情報は個別の“点”として散逸してしまう。
 この点と点を結びその背後にある“物語”を語ることは、企業そのものの代理人である経営者および経営陣にしかできない仕事である。“語り部”としてビジョンや理念から、具体的な行動までを、わかりやすい“物語”として語ることは、経営者に課された数多くの役割の中でも非常に重要な位置をしめる。

2.経営者のコミュニケーション事例:日立製作所

 この“語り部”の具体的な事例として、日立製作所の庄山悦彦社長のコミュニケーションを見ていきたい。1999年4月の就任挨拶で、『日立はいま大きな変化を求められる経営環境にある』(日立製作所ホームページより引用)と語っているように、非常に大事な局面での社長就任であった。そして、就任直後の4 月6日に、日本経済新聞の全30段広告(2ページ全面の広告)で1面には庄山社長の写真を、もう1面には「いま私が考えていることを、少し具体的にお話します。」というコピーとともに、庄山社長のメッセージが掲載された。ここには、具体的な事業分野での取り組み、経営目標としてROEを8%まで上げるという具体的な数値を、そして、「世界で最も信頼される会社になる」というビジョンまでを語っていた。
 そして、ここでの内容が、従業員に向けた就任挨拶と同様の内容だったことを見逃すことはできない。もちろん、それぞれのメッセージは、自社の従業員に向けたものか、新聞読者というマス・ターゲットなのか、という違いから、文章表現は異なっている。しかし、そこに込められた内容は同一であり、社内外に対して同社の進むべき方向を明確に語り、宣言するものであった。
 さらに、同年12月6日には庄山社長の自筆にて『世界でいちばん信じられる会社になる』といメッセージを掲げた全30段広告を出稿して(同広告は、テレビでも展開された)、同年4月以降の経営改革の成果と新たな中期経営計画について語っていった。
 このように庄山社長自らが“語り部”として社内外にわかりやすいメッセージを語っていっただけでなく、その具体的な施策や結果についてもホームページ上で「経営改革実行状況」として情報開示をしている点にも注目する必要がある。どれだけすばらしい計画を立案しても、どれだけわかりやすく社内外に伝えたとしても、実行が伴わなければ意味がない。そして、実行状況を示していくことは、単体では“点”に過ぎない情報を、連続した流れの中に位置付け、その背後にある“物語”を再認識させることを可能にする。関連する情報を出していくことで受け手に認識をさせる機会を増やし、繰り返して伝えることがなければ、“物語”を記憶させることはできないだろう。「繰り返す」ことは、コミュニケーションの基本である。

3.コーポレートコミュニケーションとの統合

 どんなに“語り部”として優れた経営者であっても、一人の人間としての直接のコミュニケーション量には限界があり、より広く伝えていくためには、宣伝や広報、IRなどのコーポレートコミュニケーションとの連動が欠かせない。多くの企業におけるコーポレートコミュニケーションは、個別機能ごとの部署、すなわち、宣伝部、広報部、などのように分かれて実施されていることが多い。しかし、それぞれの活動には重なる部分も多く、部署間の壁がコミュニケーション活動を阻害していることも少なくない。また、本来的には企業とステークホルダーとの良好な関係づくりを目指して、社外と社内の接続役となるはずのこうしたコミュニケーション・セクションが経営陣から遠い存在となり、その機能が発揮されていないことすらある。
 このような状況の中、日立製作所では1999年に宣伝、広報、IRなどのセクションを統合したコーポレート・コミュニケーション本部を社長室に設置した。注目すべきことは、コーポレート・コミュニケーションに関連する部署を統合しただけでなく、社長室という経営に直結するセクションにこの部署を設置したことである。ここまで見てきた日立製作所の事例について本稿では広告を中心に紹介したが、同社は広報やIRと連動したより複合的なコミュニケーションを実施してきている。これは、経営に直結する形でコミュニケーションを統括できる組織を整えたからこそ実施できたと考えられる。
 経営者自らが率先して“語り部”となること、そして、コーポレートコミュニケーションと統合することが求められている。コミュニケーションの実施と統括は経営者の極めて重要な役割である。

参考文献
伊藤邦雄,2000,『コーポレートブランド経営』,日本経済新聞社.
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