コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

経営とコミュニケーション(1)
投資家に対するコミュニケーション戦略

2003年08月04日 茅根 知之


1.経営におけるコミュニケーションの位置付け

 企業のコミュニケーション活動に対して多くの人が思い浮かべることといえば、広告宣伝や広報などを通した商品の販売促進や企業イメージ構築などだろう。つまり、企業活動の支援としてのコミュニケーション活動、という位置付けである。しかし、経営のあらゆる側面でコミュニケーションが軸となっていることを忘れてはいけない。たとえば、従業員を一人でも雇っている企業であれば、自分ではない他人に業務を任せることになるため、コミュニケーションが欠かせない。また、企業活動の基本でもある売買などの交換行為は、相手があっての行為であり、そこにはコミュニケーションが求められる。このように、企業活動とは様々なコミュニケーションの集合体であり、経営とコミュニケーションは切り離せないのである。つまり、コミュニケーションとは経営を支援する一施策ではなく、経営そのものと一体化して考えるべきものなのである。
 それでは、この経営におけるコミュニケーションとはどのような活動になるのだろうか。その考察の始めとして、企業そのものに対する理解促進を目的とした活動であるインベスターリレーションズを例にとり、コミュニケーションのポイントを探っていきたい。

2.インベスターリレーションズ(IR)

 インベスターリレーションズ(以下、IRと記す)について、日本インベスター・リレーションズ協議会はそのホームページ上で『IRとは、企業が株主や投資家に対し、投資判断に必要な情報を適時、公平、継続して提供する活動の全般を指します。』と定義付けている。これは、『企業が株主や投資家から投資を求めるために、自社の価値を訴求する活動』と言い換えることができる。さらには、「リレーション」という言葉が入っていることから、『株主や投資家との関係を構築する』という視点も忘れることはできない。つまり、IRとは財務情報や経営戦略を「一方的に伝える」ことではなく、それらの情報を介して「双方向のコミュニケーションを実践する」ことである。
 同協会実施の「IR活動の実態調査(2003年)」によると、有効票となった1206社のうち1057社がIR活動を実施していると回答している。株式公開企業が3500社を超える中でのデータであり、残りの2000社強がどのように回答するのか判断はつかないが、企業側にIR活動に対する認識が広まっていることは確実である。しかし、「IR活動を実施している」と回答している企業でさえも、まだIRとは呼べない活動レベルにとどまっていることが多いことを認識しておきたい。IRの業務内容は、法定公告の開示、決算短信の発表、事業報告書の作成、決算説明会の開催、ホームページでの開示、など、多岐にわたる。しかし、これらの活動を、そのターゲットとなる証券アナリスト、機関投資家、個人投資家、外国人投資家、マスコミ記者、などに対して効果的に訴求するような戦略を持っている企業は、決して多くない。情報開示(ディスクロージャー)をIR活動と混同しており、一方的な情報発信のみを続けるケースが多く見られるのである。

3.IRにおけるコミュニケーション戦略

 ところで、全米IR協会(NIRI)によるIRの定義は、『IRは、企業の相対的価値を極大化することを最終目標とするもので、財務面を中心として支援者に対して発信される企業情報の内容やフローを管理し、企業の財務機能、コミュニケーション機能、およびマーケティング機能を活用する、戦略的な経営責務である。』(日本インベスター・リレーションズ協議会ホームページより引用)となっている。ここに、「コミュニケーション」や「マーケティング」という視点が盛り込まれていることに注目したい。IRは、自社に投資をしてもらうための活動であり、その買い手である投資家から認識され、投資判断をしてもらうことが必要になる。一方で投資家は、投資による利益を得ることが目的であり、様々な視点で企業を分析した上で投資判断を行っている。彼らは、投資判断に必要な情報が不足しており、そのリスクが許容できない範囲のものであれば、その企業への積極的な投資はさけるであろう。つまり、投資家側の情報ニーズを把握していく、というマーケティングの基礎的な活動がIR活動においても必要になるのである。
 機関投資家の投資判断には、アナリストレポートが大きな影響を持つと言われており、高い評価のアナリストレポートをきっかけにポートフォリオに組み込まれる銘柄もある。これは、証券アナリストが機関投資家たちのニーズにあった情報を提供しているからこその結果である。しかし、全ての会社がアナリストによって投資家のニーズに合致した情報を提供できているわけではない。金融情報サービス会社であるアイフィスジャパンの集計によると、2002年度における証券会社21社のカバレッジは約1440社(アナリストレポートが発行された会社数)に過ぎない。つまり、残りの2000社を超える企業は、証券アナリストによる情報提供がなく、自社のコミュニケーション活動によって、投資家からの信頼を得なければいけないのである。
 さらには、個人投資家や外国人投資家の存在も重要である。もちろん、機関投資家の運用額は大きく、市場に与える影響も大きいが、上場会社2661社における金額ベースでの株式保有比率を見ると、平成15年3月末時点では、金融機関が39.1%、個人が20.6%、外国人が17.7%であり(全国証券取引所による平成14年度株式分布状況調査より)、個人や外国人が無視できない存在であることに間違いはない。
 しかし、多くの企業は個人投資家や外国人投資家と、十分なコミュニケーションがとれていない。個人投資家にとって、アナリストレポートは入手困難なものであり、さらにその内容についても理解が難しく、投資判断には役に立たないものである。つまり、証券アナリストとのリレーションは、万能ではなく、ステークホルダーごとに異なるコミュニケーション戦略が必要になってくるのだ。電通が行っている個人投資家調査(投資家の投資性向および情報性向についての調査)によれば、個人投資家が最も重要視する情報源は新聞記事であった。つまり、個人投資家に対して効果的に訴求するためには、マスコミ記者とのコミュニケーションが重要になってくるのである。もちろん、個人投資家の情報ニーズがどこにあるのか、ということを把握し、そのテーマを中心にしたコミュニケーションを展開しなければ、効果的なIRの実施はできない。

4.コミュニケーションとは相手を知ること

 本稿で論じてきたように、コミュニケーションとは双方向のやり取りで成立するものであり相手のことを考えずに一方的な情報を提供することではない。相手がどのような情報を知りたがっているのか、どのような知識レベルなのかなどを知らなければ、相手に適切な理解させること、信頼を得ること、さらには投資を判断させることはできないだろう。
 このように相手を知った上で、ステークホルダーごとの戦略が必要になってくる。相手が変わればニーズも変わるため、万能なコミュニケーションというのは存在しないからだ。このことは、IRに限定される方法論ではなく、全ての企業活動において必須の視点である。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ