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コラム「研究員のココロ」

シンガポールの社会保障

2001年12月17日 岡元 真希子


 寒い東京から南下すること7時間、シンガポールは冬でも30度を超える熱帯の国です。わずか東京23区ほどの面積を海に囲まれ、1965年の独立以来、驚異的な経済成長を続けています。

 偏見に満ちた思い込みだということを承知の上で、もし気候や風土がその土地の国民性に何らかの影響を及ぼすとすれば、温暖な南国の人は陽気で楽観的とは言えるのではないでしょうか。寒い国の人が食糧が途絶える冬に向けて夏のうちから計画し、備蓄しなくてはならないのに対し、温かい海に囲まれた熱帯の国では年間を通じて食糧を手に入れることができます。

 しかしシンガポールについては、このような傾向をあてはめるのは難しいと言えるでしょう。ここでは、原則すべての国民が給料の2割をCPFと呼ばれる強制貯蓄制度によって、国の管理下にある個々人の口座に積み立てることが義務づけられています。この制度は、老後に備えて貯金するという発想のもとで始まりました。現在では、主に年金・医療費・住宅購入費などの国が認める用途に限って引出しができるしくみになっています。若いうちから、計画的に将来のことを考え、健康なときから病気になった場合に備えることを国が義務付けているわけです。

 このしくみの興味深い点は、基本的に個人ごとに貯めて、また個人ごとに使うという点です。貯金だと考えるとあたりまえと思われるかもしれません。しかし日本を含めた社会保険方式を採用している国では、皆から集めた社会保険料で、その時々に年老いた人に年金を払い、病気の人に医療費を補助しており、加入者全体のリスクを持ち合うしくみをとっています。医療についていうと、日本の方式では、病気になった場合、隣の健康な人が助けるしくみのため安心して暮らすことができる一方で、医療費はみんなのお金だと思ってしまいがちです。そのためコスト意識が働きにくく、過剰または非効率に利用してしまうモラル・ハザードが生じる可能性が高くなってしまいます。

 これに対して、シンガポールは個人ごとに医療費を管理するしくみをとっています。自分の口座だと思うと、例えばもっと重い病気にかかったときのために今は病院に行かずに安静にして自分で病気を治そうという利用抑制や、あるいは同じ治療を受けるのにより安い病院を探そうという効率的な医療を追求する気持ちが働きます。

 しかし、良いことばかりではありません。このしくみではひとりの健康な国民が、老後や病気のリスクに備えることはできますが、隣にいる老人や患者を助けることはできません。もとから病気がちの人は口座の残高が少なくて不安になりますし、若いときから収入の少ない人は、老後の年金も少なく不安を覚えてしまうかもしれません。また、物価が上昇したり、医療費が高騰した場合のリスクへの対応も考えなくてはなりません。

 シンガポールでは、社会保険料や税金を上げることによって、個人の働く意欲が薄れたり、国家の国際競争力が弱まることを懸念して、個人の責任を重視し競争社会をつくりあげています。しかし一方で、社会的弱者の救済機能が強くないのも事実です。

 日本では、先月まさに小泉内閣における医療制度改革の議論が佳境を迎え、患者負担の増加などの改革案が提示されました。年金や医療費を利用する層よりも保険料を納める層の人口の方が多く、また経済が成長を続けていた時代には、楽観的にかまえていても収支を合わせることができました。しかし経済が停滞している今、高齢化がすすみ年金や医療費支出の増加が必至の将来に備えた計画的な見直しが必要になっています。

 シンガポールのように個人ごとに収支を管理する方針は増えつづける医療費抑制に効果的であるといわれていますが、この方式には反対の声が強く採用の可能性は薄いでしょう。これから、誰がどのようにリスクに備えるしくみをつくっていくのか、国全体のコンセンサスが必要になっています。
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