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コラム「研究員のココロ」

「小国寡民」のコンセプトを問い直す

2003年06月09日 志水武史


「小国寡民」の対極にある現代日本
 中国の古典である老子には、理想的な国のかたちを述べた「小国寡民」という言葉がある。これは読んで字の如く、住民が少ない小さな国のことである。
 老子によれば、そうした国の住民は文明の利器があってもそれを用いる場所がなく、過剰な知識や欲もなく、衣食住すべてについて現状に満足することで、他の地域に行きたいとは思わなくなるらしい。小国寡民のコンセプトを現代風に再定義すると、①地域内の自給自足(地産地消)、②少量生産・少量消費、③経済・成長至上主義の見直し、④地方・地域主権といったことが主な内容になるかもしれない。

 老子の唱える小国寡民の仕組みは、今日では再現不可能な原始共同社会であるとして一笑に付されてしまうかもしれないが、日本という小さな国がさらに三百近い小国(藩)に分かれ、現状維持を是とする国策の中で人々が生活してきた江戸幕藩体制は、本質的な部分で小国寡民に近かったように思われる。

 しかし、同じ日本でも、現代の日本はまさに小国寡民の対極にあると言っても過言ではない。社会が急速にグローバル化する中で、人々はより高い知識や所得、効率性といったことを追い求めて都市部に移住し、長距離移動を可能にする交通機関やIT機器などの文明の利器を駆使して生活している。現状維持あるいはマイナス成長といった状況は、個人としてはともかく、社会全体としては是認されるべきものではないため、国や地方自治体もさらなる経済成長に向けて努力している。

見直される「小国寡民」
 これら対極にある二つの社会の状態について、その優劣を一概に決められるものではない。しかし、個人の知識や富、一国のGDPが増えたり、技術進歩等によって効率性が向上したところで、それが個人の幸福に必ずしも直結するものではないことに、今日、多くの人が気付き始めている。また、常に成長や消費を求められる社会で生活することに対して、疲れやストレスを感じる人が増えつつあることも事実であろう。例えば、「スローライフ・スローフード」、「癒し」、「田舎暮らし」、「江戸回帰」、「地域通貨」などがブームになっていることも、それらの傍証として考えられるのではないか。

 今後、経済成長や物質面での豊かさなどを必ずしも最高の価値として考えない人々が増えるならば、前述のような小国寡民のコンセプトはそれほど違和感なく社会に受け入れられるものと思われる。

 こうした個人の価値観の変化(多様化)に加えて、近年の地球環境の悪化が小国寡民のコンセプトの重要性を高めている部分もある。すなわち、地球環境に対して過大な負荷を与える社会システムは望ましくないという考え方の台頭である。例えば、食糧生産などのグローバル化は、発展途上国におけるモノカルチャー(単一栽培・農法)などを通じて大規模な自然破壊を引き起こすおそれがある。また、大量消費を支えるため、世界各地で大量生産された商品の世界規模の膨大な物流が、地球環境を大気汚染や温暖化などのかたちでさらに悪化させるおそれもある。小国寡民の世界ではこうした地球環境の悪化は最小限に止められるはずである。

地方自治体は「小国寡民」コンセプトを導入せよ
 小国寡民のコンセプトの導入は、個人の価値観の変化や深刻化する環境問題への対応策として有効と考えられる。そこで筆者は、このコンセプトをまず地方自治体において導入することを提案したい。

 すでにいくつかの自治体では、食料品などの地産地消に向けた取り組みを行なっているほか、岩手県の「がんばらない宣言」のように、経済・成長至上主義の見直しや従来の価値観の転換を掲げているところもある。また、全国52の市町村により、「効率、利便性を重視し新しいものを追求するスピード社会」と「自然のリズムなど多様な時間軸を認め、万事手間ひまをかけて物事を深く追求し、『保存・再生』に重点を置くスロー社会」との共存を目指す「スロータウン連盟」が2002年11月に結成されている。

 こうした小国寡民のコンセプトに沿った取り組みを基礎自治体のレベルでさらに推し進めることにより、個性ある地域づくりが可能になる。もっとも、当の自治体としては、ますますスピードアップする社会に対して背を向けることについて不安があるかもしれない。しかし、ものは考えようで、そうした自治体の個性を好ましいものとして捉える地域住民は、めまぐるしく変化する他の地域に敢えて移住しようとは考えないだろうし、他の地域からの住民の転入が進み、かえって地域が活性化することが期待できる。

 小国寡民を目指す自治体は、他の自治体に先駆けて持続可能な社会を作り出すことができるかもしれない。それは日本国内だけでなく、世界に対しても誇れることなのではないだろうか。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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