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コラム「研究員のココロ」

燃料電池自動車の市販化を迎えて思うこと

2003年04月28日 三木優


 平成14年12月2日にトヨタ自動車とホンダは中央官庁とリース契約を結び、燃料電池自動車を納車しました。燃料電池自動車の市販は世界初であり、燃料電池が研究段階から実用化段階に達したことを示す象徴的なイベントになりました。トヨタ自動車およびホンダは当初、燃料電池自動車は2003年に発売する計画でした。しかし、両社および海外の有力メーカーとの競争の結果、路上テストで良好な結果を残した車両をベースに1年前倒しの「市販」を実現しました。

 この市販化や最近の新聞・雑誌記事を見ると燃料電池自動車は、数年後には既存の内燃機関の自動車、すなわちガソリンや軽油を燃料とする自動車と同じような水準の性能、価格、利便性を持ち、急速に普及していくようなイメージを持たれる方も多いと思われます。しかし、実際に燃料電池を開発している技術者や大学の研究者などのお話をお聞きしますと、燃料電池自動車の普及には乗り越えていかなければならない大きな壁があり、その大きさは一般的に理解されているより大きなものなのです。

 ここでは、燃料電池の開発動向について調査を進めてきた筆者の情報・分析を基に燃料電池自動車の開発・普及見通しについて、現実的な視点から整理してみたいと思います。


壁その1:コスト
 燃料電池はかなり高価なシステムです。どのぐらい高いかというと、現在の燃料電池自動車のシステムコストは推定ですが、200万~300万円/kW程度と見込まれ、開発目標の数百倍という水準にあります。燃料電池自動車1台の価格は数億円と考えられており、大量生産で極限まで生産コストが低下している既存の自動車とは比べものにならないほど高価です。定置式燃料電池のシステム価格も同様に300万円/kW程度であり、いずれの燃料電池も価格面の開発目標と現状には遥かな開きがあります。

 今後の生産コスト低下の見通しについては、累積生産量が増加し、生産コストや生産に要する時間が一定割合低下する学習効果が働き(俗に言う「量産効果」)、2010年頃には目標とする水準程度まで下がるという意見があります。しかし、工業製品のコスト低下においては、「学習効果によって下がる部分」と「技術的なブレイクスルーによって下がる部分」があり、燃料電池についてはコスト的に見ると例えば触媒などの「技術的なブレイクスルーによって下がる部分」が占める割合が大きくなっています。

 つまり、現在の燃料電池の価格は目標より遥かに高く、生産コストの低下見通しも単純に生産量が増加すればコストが下がるというものではないことから、先を見通すことが難しいと言えます。「技術的なブレイクスルー」が早期に実現されれば、燃料電池の価格は急速に下がりますが、それが遅れた場合にはコストは高止まりしたままになります。


参考:燃料電池実用化戦略研究会が示している
普及時期における開発目標(2010年以降)
・燃料電池自動車:システムコスト 5,000円/kW以下
・定置式燃料電池:システム価格 家庭用30万円/台以下
業務用15万円/kW以下


壁その2:インフラ
 現在、ガソリンスタンドは全国に約52,000カ所あり、自動車の普及とともに建設が進んできました。一方、燃料電池自動車の燃料となる水素を供給する水素スタンドは、現在は経済産業省の実証研究などで整備された10カ所程度であり、本格的な商業スタンドはありません。燃料電池自動車の普及によって水素スタンドも整備されると考えられますが、燃料電池自動車の先輩となるクリーンエネルギー自動車の天然ガス自動車と天然ガススタンドは、過去11年間で約 15,000台と約200カ所程度の増加となっており、割高なスタンド建設費用および燃料需要の少なさがスタンドの増加を抑制し、それが天然ガス自動車の増加を抑制する「鶏と卵」の状態になっています。

 水素スタンドの整備がある程度のペースで進むことが、燃料電池自動車の普及には必須ですが、需要の少ない時期に水素スタンドの整備が急速に進むことは、天然ガス自動車の事例から仮に支援制度が整ったとしても難しいと思われます。「移動式水素スタンド」などの安価で需要に対してフレキシブルに対応できるインフラの整備が進む可能性があるものの、燃料電池自動車が如何にして「鶏と卵」の状態を抜け出すかの筋道は不透明です。


壁その3:安全性
 始めに断っておきますが、水素自体は正しい取り扱いをしていれば、危険な気体ではありません。また、政府や事業者によって水素を取り扱う際の技術指針、安全性に関わる基準を策定しており、それらに従えば、危険性は低くなると考えられます。

 しかし、既存の自動車燃料であるガソリンと比較すると、水素の爆発限界濃度幅は広く、少量の酸素と混ざることで爆発する危険性が大きくなるなど、危険性は大きいと言えます。また、燃料電池自動車では燃料の水素は、350から700気圧の圧縮ボンベに入れられた状態で貯蔵されており、かなりの高圧となっています。

 研究機関の実験では交通事故の際に高圧水素が原因となる事故は起きておりませんし、漏洩によって酸素と混ざる危険性も屋外ならば比重の軽い水素は大気中に飛散してしまうため、爆発する危険性は低くなります。しかし、地下駐車場などの屋内で水素が漏洩した場合やタンクから少量ずつ水素が漏洩している場合は飛散せずに滞留する恐れがあり、ガソリンでは想定されていない事故が起きる危険性があります。
 
 仮に普及初期に比較的大きな事故が起きてしまった場合は、燃料電池の普及は大幅に遅れることが考えられ、技術的な取組に加え、ガソリンと比較してヒューマンエラーが大きな事故に結びつきやすい水素の安全性を飛躍的に高めることが出来るか否かが重要な課題となっています。


まとめ:燃料電池の開発は長い目で見て欲しい
 このように燃料電池自動車の普及には大きな壁が存在しており、ここで説明した以外にもいくつかの問題があります。これらの問題はある程度の時間があれば解決可能なものが多く、例えばインフラの整備は着実に進めていけば、首都圏などの狭い地域では十分な数が整いますし、いつかはガソリンスタンドと同じ規模になると考えられます。コストについても技術的なブレイクスルーが明日、起きるかもしれません。

 技術はそれ自体が優れていることは当然ですが、適切な時期に、適切な価格で、適切なシステムとして供給されなければ、広くユーザを獲得することは出来ません。燃料電池にも同様なことが言えるのですが、ユーザ側が期待する「適切な時期」が少々、早すぎるように感じます。

 燃料電池の開発は2010年度が一つの区切りとされており、メーカーの開発状況を基に考えると、2010年度以降が本格的な燃料電池の普及の始まりになると思われます。よって、それまでの7年間は広い意味で試験・研究段階であり、冒頭で述べた市販化によって実用化段階に達したというのは、イメージ的なものであると言えます。私は燃料電池の可能性や普及に期待を寄せる一人として、イメージだけが先行してしまい、「燃料電池は使えない技術」というレッテルが貼られてしまうことの無いように、燃料電池の開発は長い目で見て欲しいと思います。

 現在の開発状況という点では、政府は巨額の開発プロジェクトを進めており、長年、燃料電池を研究されてきた山梨大学の渡辺教授によれば過去最大の資金が国から拠出されているとのことです。また、企業も燃料電池の開発を急ピッチで進めており、燃料電池開発メーカーに加え、電力・ガス・石油・自動車企業が業界内外で開発競争を繰り広げています。

 燃料電池は間違いなく、次世代の主要なエネルギーの一つとなれる要素を持っており、その開発は単なるエネルギー問題を越えて、国の産業を支える技術となる可能性を持っています。燃料電池の開発が、すぐに二酸化炭素の削減や企業利益に結びつかなくとも、未来に対する投資として、今後も政府・企業には根気強く研究開発を進めていくことを期待するとともに、ユーザ側には「これからの技術」という見地から燃料電池を見守り、育てていくことを期待します。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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