コラム「研究員のココロ」
コーポレートブランドは従業員によって作られる
2003年03月24日 茅根 知之
この数年、会計分野を中心として、企業のブランド価値への関心が高まってきた。しかし、そこではブランド価値という"結果"に注目が集まり、その創出プロセスについては従来型の方法論である、広告・宣伝を中心としたマスアプローチを超えることはできなかった。もちろん、「より多くの人に伝える」ことがブランド形成の重要な方法であることに間違いはない。
しかし、コーポレートブランドを構築するためには、自社について「伝える」ことだけではなく、その素材である企業自体を高めていくことがより重要になるはずだ。
企業活動は、商品やサービスを提供することで成立している。この商品やサービスの良し悪しが、その企業の力を示していることに異論は無いだろう。だが、その背後には必ず従業員たちが存在することを忘れてはいけない。商品であれば、開発を始めとし、製作、流通、販売というプロセスを通して顧客に届くが、この全てが機能しなければ成立しない。
どんなにプロセスがシステム化されていたとしても、これらの活動を支えているのは、最終的には人間の手である。企業は人によって成り立っている、という事実を再確認する必要があるだろう。
このことを、ブランドの視点から検討してみたい。ブランドは、自らの経験から構築される経験価値と、様々なルートで受けた情報によって構築される知識価値の2つの価値によって形成される。
経験価値はその商品やサービスに満足を感じた時に、蓄積されていく。一方の知識価値は、広告によるイメージ、新聞・雑誌、テレビなどで紹介されたこと、さらには友人・知人による推奨によって蓄積されていく。経験価値を高めるためには企業活動のクオリティ向上が必須であり、知識価値を高めるためにはターゲットに伝わるコーポレートコミュニケーションの実践が必要になる。このどちらかの価値を高めるだけでもブランドは形成されていくが、両者を高めていくことでより強固なブランドを構築することが可能になる。
経験価値は、企業の根本的な力である従業員が評価されたものだと言い換えることができる。 従業員は会社の代理人として、直接的に、もしくは商品やサービスを通して間接的にステークホルダーと接することになる。
このように直接・間接を問わず、従業員はステークホルダーに自らの想いを伝えることが可能になるが、それぞれの従業員の意識が異なっていると、その企業に対する明確なイメージを持たせることができなくなる。もちろん、会社の全従業員が同じ考えをもつ必要はないが、「らしさ」などという言葉で表現されるような、根本の共通性は必要になる。企業の根源的な価値である「コアバリュー」を共有することで、全ての企業活動に「らしさ」を加えていくことが重要になるのである。
一方の、知識価値は企業活動の内容が評価されたものだと言える。これまでのコーポレートブランド構築活動では、この知識価値向上のみに注力しており、さらに伝えるものが企業そのものと抽象的だったことにより、十分な効果を生むことができずにいた。もちろん、宣伝・広報・IRなどのコーポレートコミュニケーションによる知識価値向上は必要である。
しかし、どれだけ素晴らしいコミュニケーションを展開したとしても、実感の伴わない情報は知識として蓄積されにくい。企業そのものといった抽象度が高い情報ではなく、その商品やサービス、そこで働く従業員など、具体的な活動レベルで企業を見せていくことが必要である。このことは、単に企業を身近な視点で訴求する、というだけでなく、ステークホルダーの経験を裏付けする知識提供にもなる。
つまり、経験に意味を付加することで、経験価値と知識価値の両者に深みを持たせることが可能になるのだ。
強力なコーポレートブランドを構築するためには、中長期的に経験価値と知識価値を高めていくことが求められる。 従業員という企業の実行体であり根源的な価値を中心に、経験と知識の相乗効果を生み出すことがコーポレートブランド構築の第一歩である。