コラム「研究員のココロ」
ソーシャル・キャピタルって何だ?? その1
2003年02月24日 東一洋
皆さん、「ソーシャル・キャピタル」という言葉をご存知ですか。直訳すれば「社会資本」となり、道路や橋といった社会インフラのことのようです。しかしながら、欧米などでは政治学、法学、経済学そして経営学の分野でここ数年流行語となっている言葉であり、日本では「社会関係資本」と訳されることも多く、上記の一般的な「社会資本」とは一線を画したものです。 パットナムの研究の概観 アメリカの政治学者パットナムによると、「ソーシャル・キャピタル」とは、ネットワーク、規範、信頼などが持つ社会生活上の特徴を示すものです。そしてその特徴とは、共有された目的を追求するために、より効率よく参加者が共に行為することを可能にするという点があげられます(但し、その共有された目的が賞賛されるべき価値を持つかどうかは別問題)。 この概念は、彼の20年間にわたるイタリアの地方分権調査を通して形成されてきたと言えます。 1970年代初頭、イタリアでは20の地方政府が作られました。それらの地方政府は、形態は類似していたものの、その置かれていた社会的、経済的、政治的、文化的文脈は非常に異なっていました。そして、各地域によって新しい地方政府のパフォーマンスも非常に異なっていました。その地方政府のパフォーマンスの違いを各政府が置かれていた文脈の違いから説明しようとしたのが Making Democracy Work (邦題 哲学する民主主義)(1993) であり、同書ではその説明概念として「ソーシャル・キャピタル」が用いられています。 Making Democracy Work (1993) において上記の2つのタイプの地域を研究する中で、パットナムは市民参加の強い伝統-投票行動、新聞購読、教会の合唱団や読書サークル、ライオンズクラブ、サッカークラブへの所属など-が、成功している地域の目印となっていることを発見しました。そして、市民社会の核心は組織化された相互依存と市民的連帯の豊かなネットワークであり、市民参加に関する規範とネットワークを体現している「ソーシャル・キャピタル」が、効果的な政府や経済発展の前提であると論じています。 パットナムにとって「ソーシャル・キャピタル」は「公共財」であり、貨幣資本や人的資本など他の資本と競合はせず、政府とも競合関係にはありません。むしろ、これらとは相補的な関係にあります。従って、「ソーシャル・キャピタル」は効果的な公共政策の代用品ではなく、むしろ効果的な公共政策にとってなくてはならないものであり、同時にある程度、効果的な公共政策の結果でもあると言えます。 パットナムは、Making Democracy Work (1993) の後、主にアメリカをフィールドにして研究を行っています。彼はアメリカにおいて「ソーシャル・キャピタル」が衰退しつつあるという認識に立ち、その原因(女性労働力増加によるコミュニティ活動への参加の減少、引っ越しの増加など人の流動性の増大、私事化・個人化の進展など)を探っています。またアメリカの貧困地域を例に、「ソーシャル・キャピタル」育成のためには地域ネットワークを阻害しない形で政策を行うことが重要であることを指摘しています(Bowling Alone ,2000)。このパットナムによるBowling Aloneは、かつては家族や友人らとわいわい楽しんだボーリングを今では1人でするアメリカ人という象徴的なタイトルであり、この分野のタイトルとしては珍しく大きな話題の出版となっています。 イタリアの事例に基づく研究では「ソーシャル・キャピタル」を説明概念として用いていたのに対し、アメリカ合衆国における研究では「ソーシャル・キャピタル」をコミュニティ再生のための政策立案の際の概念的支柱として用いる方向へ道を拓いたわけです。 各方面での活用の動き このようなパットナムの研究に刺激を受け、現在では各国政府や各地域のNPO、研究機関等によって「ソーシャル・キャピタル」の測定や育成のプロジェクトが進められるようになっています。もちろん、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった異なる次元の構成要素からなる「ソーシャル・キャピタル」そのものへの疑問や経済学的な「資本」との違い、また実際に測定が可能なのか、といった様々な疑問や批判も湧き出ています。 賛否両論渦巻く中で、わが国においてもその研究が緒についたところです。筆者は「ソーシャル・キャピタル」=「市民社会資本」とでも言い換えたいと思っていますが、それがなぜなのかについてを含め、次稿以降もう少し詳しく「ソーシャル・キャピタル」について述べたいと思います。
株式会社日本総合研究所 The Japan Research Institute, Limited
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