コラム「研究員のココロ」
「電子申請」は電子政府・電子自治体のキラーコンテンツとなりうるのか
~真のユーザーニーズを冷静に振り返る~
2001年10月15日 東一洋
たった1枚の住民票の写しをもらうために、会社を半日休んで市役所窓口に並んだ諸氏も多いと思う。これまでも電話やFAXなどの通信手段は普及していたのだが、本人もしくはその正式な委任を受けた者であることを確認するための「印鑑」が必要であり、わざわざ市役所に出向く必要があったわけである。
「e-Japan2002プログラム(平成14年度IT重点施策に関する基本方針)」では、平成14年度におけるIT施策の柱として、「電子政府・電子自治体の着実な推進」を掲げている。その内容は「・・申請・届出等の電子化に必要とされる地方公共団体による公的個人認証サービス等のシステムの整備等の基盤整備を着実に推進する・・」としており、電子政府・電子自治体の中核は「電子申請」であり、またその基盤としての個人認証であることが伺える。
このような国の基本的認識は、情報通信白書の電子政府に対する国民意識に関する調査結果を受けたものであろう。
「電子政府・電子自治体への期待」としてのトップは、「手続きや予約等が自宅や職場から何時でもできて便利になる(74.8%)」であり、「電子自治体で必要なサービス」は、「各種申請・届出等(86.2%)」となっている。さらに、「電子自治体で必要な各種申請・届出等の内容」としては、「住民票や印鑑登録等各種証明書の発行(93.5%)」である。
しかし、これらの「国民的ニーズ」を受け、電子申請やその基盤としての個人認証を電子政府・電子自治体の着実な推進のための重点施策とするのは早計ではないか、との疑問を持たざるを得ない。筆者はこの内容が「インターネット利用者を対象としてウェブ上でのアンケート調査」を実施した結果である点に留意すべきだと考えている。
筆者が、ある自治体の情報化計画策定の機会に恵まれた際(今年度)、市民や庁内の情報化の現状について把握するために実施した調査結果の一端を披露したい。人口12万人程度の平凡な自治体である。規模的にはわが国における平均的な市であろう。
市民向けアンケート調査では、インターネットの利用度は、年代による差が明らかであり、家や職場などのどこかでインターネットを利用する割合は、20歳代(67.6%)、30歳代(45.3%)、40歳代(43%)、50歳代(18.0%)、60歳代(10.1%)、70歳代(2.7%)であった。
また市役所への往訪頻度は、年齢が高くなるにつれ多様な窓口に多く往訪する傾向がみられた。
一方、庁内調査によると、庁内すべての申請書式の種類は611種あり、市民が申請者であるものは451種、企業や団体は267種、庁内が106種である。市民が申請者である451種のうち、圧倒的に多いのは保健福祉関連書類(189種)である。
また申請書等の年間の使用枚数を算出可能なものについて整理したところ、最も多いのは公民館使用許可申請書であったが、部署別には保健健康部のものが上位を占める結果となっている。
このような調査結果から類推すると、「現在市役所に足繁く通わないといけない市民は、高齢者が多く、その理由は保健福祉関連の各種申請の必要性があるから」となる。
このような現実を冷静に見たときに、インターネットを使った電子申請の効用は、果たしてどれだけ大きいのであろうか、電子自治体の中核は本当に電子申請となるのか、との思いを抱かざるを得ない。
既にインターネットを使いこなせる人たちの電子政府・電子自治体へのニーズを強調すれば、市役所の24時間化と各種の電子申請が可能となることが必須となるが、今、特に自治体で望まれているのは、急速な高齢化に対応できる地に足のついた電子政府・電子自治体ではあるまいか。
筆者の考える電子政府・電子自治体実現への道筋は、次のようなものである。
・そもそもこのような膨大な許可申請(ほとんどすべてに根拠法令がある)を必要とする業務の仕組みそのものを見直すこと
・団塊世代の職員の大量退職時において、質の低下を生まない(業務に支障のない)サービス供給体制が構築されていること
・役所本来の業務は、政策立案にシフトさせそれへの住民参加を担保するとともに、現業部門は民間企業やNPOに徹底的なアウトソーシングを行うこと
・行政の有するあらゆる情報への市民の情報アクセスを容易とすること
・当然のことながら、情報システム構築の費用対効果の分析がなされること
期待の電子申請も、そもそも膨大な種類の各種申請書を処理することが仕事となっている現在の業務そのものを改善しない限り、効果が現れないどころか、逆に業務量の増大につながりかねない、との危惧を持っている。
電子政府・電子自治体と声高に叫んでみたところで、行政そのものが完全にインターネット上の存在になってしまうわけではなく、これまでのように窓口業務を有する市民のためのサービス機関でありつづける訳であるから、上記の道筋をたどることは、少し遠回りになるかも知れないが、結果として「電子申請」を電子政府・電子自治体のキラーコンテンツとする近道ではないかと考えている。