オピニオン
「子どもが声を聴かれる」社会へ① 大谷美紀子氏ご講演より
2025年04月03日 村上芽
日本総研が2024年10月に設立した「子どもの権利とビジネス研究会」(株式会社イオンファンタジー、ソフトバンク株式会社が参画)では、企業のサービスと子どもの権利との関係を研究の題材とした。その過程で、研究会のアドバイザーである大谷美紀子氏(国連子どもの権利委員会の前委員で弁護士)より、子どもの権利をめぐる世界の動きや、デジタル社会の到来を念頭に、子どもの声を聴くことの意味についてご講演いただいた。本稿はその要点をまとめたものである(文責は日本総研にある)。
【近年の変化】
子どもの権利には、栄養や居住、健康・衛生、教育といった基本的なニーズを満たすことだけではなく、子どもが自由に意見を言って良いことや、思想の自由や表現の自由、子どもたち同士が集まって活動を行う権利など含まれる。大谷氏は「こうした市民的・政治的自由については、これまであまり意識されてこなかった」としたうえで、近年の変化について以下の点を指摘した。
●子どもたち自身が声を上げるようになったこと
●子どもが権利の主体であるという理解が広がったこと
●気候変動・環境問題への子ども自身の問題意識が高まったこと
●デジタル社会の到来により、子どもたち自身がオンラインで声を発信したり、直接情報に接したり、人とのつながりを持つようになったこと
●気候変動以外でも、貧困問題など様々な分野で子どもたちが社会問題について、自分自身の問題としての意識を持つようになったこと
【デジタル社会と子ども】
また、気候変動やデジタル社会の進展といった変化を踏まえて以下の点が指摘された。
●子どもに直接関わる部分を考えるだけでは不十分であり、子どもが直接かかわらない問題についても子どもの権利の観点から考えていくことが重要
●デジタル社会には、子どもの権利への有益な影響と、有害や危険の両面があり、かつ、根底にはデジタル格差の問題が存在する
●オンラインとオフラインの社会が子ども達にとってシームレスで密接に関わっていることに着目すべき。子ども同士が集まっている場合でも、同時にオンラインでつながっていたり、逆に、オンライン上での発信や交流から発展して、オフラインでの子どもの権利に有害な影響を及ぼす問題が出てきている(いじめや性的虐待・搾取など)
デジタル社会を巡っては、子どもによるスマホ利用やSNS利用の是非について様々な意見がある。これらに関連し、国連子どもの権利委員会が2021年に発表した「デジタル環境との関連における子どもの権利に関する一般的意見」の作成プロセスにおいて収集された子どもの意見が紹介された。
●子どもたちからは、デジタルに有害な面があることは分かるものの禁止しないで欲しい、デジタル環境とは密接にかかわっており、自分の能力を発揮したり人と繋がったり様々な面で有益なこともあるという意見が挙がった
●子どもを保護するために有害なことをすべて禁止するのではなく、どこにどのような危険性があり、そこからどのように自分たちを守ればいいか「教えて欲しい」と非常に強く子どもたちが主張していた
●そのためには、親も一緒にデジタルを学んで、学校の先生なども含めて相談できる相手となってほしいことや、オンライン環境を子どもにとって安全なものにして欲しいという要望が挙がった
これらのことから、子どもの発達の度合いに接し方をあわせる必要を前提としつつも、子どもは一人の人間としてやがて社会で責任を負って生きていく人であるという認識のもと、単なる保護の対象としてではなく、社会の一員として、「子どもたちが生きやすい社会を子どもの声を聴きながら一緒に作っていくこと、パートナーとして子どもを扱うこと」が重要という点が強調された。
【ビジネスと子ども】
また、研究会で着目したビジネスとの関連については、ビジネスが子どもに害を与えないことを守るべき前提としたうえで、ビジネスによる積極的な機会も考えられることが指摘された。
●ビジネス・セクターが製品・サービスの開発・提供にあたり、子どもの権利という視点をきちんと入れていくことにより、子どもへの有害な影響を減らすことが可能になる
●例えばオンライン上のアプリケーションやプラットフォームを開発するうえで、子どものプライバシーを守る、有害な情報などにアクセスできないようなデザインにすること
●遊びや健康、教育などの子どもの権利に対し、デジタル環境が支援できるような製品・サービスを開発・提供すること
【子どもの声】
最後に、日本でも行政を中心に取り組みが広がり始めた「子どもの声を聴くこと」について、大人との違いを踏まえた留意点が示された。
●子どもは幼くても、大人と同じように人として人権はあるものの、未成年者であるがゆえに、権利が制限されている。子どもの行動に対し親の合意が必要だったり、親に決定権があったりする場合がある
●子どもの権利条約の第3条は、大人が子どもの最善の利益原則に則って子どもに関する決定を行う必要があると定めている。しかし、何が子どもの最善の利益かについて、親の目線で判断されがちであるため、大人は子どもが意見を言う機会を設け、聴いた大人は子どもの意見を十分考慮して意思決定をしなければならない
●「子どもに関わること」には2種類ある。虐待を受けていると分かった際に施設へ保護するなど、「個々の子ども自身に関わる場合」と、デジタル社会における規制のあり方や気候変動対策のように「集団としての子どもに関わる場合」がある
●子どもにとって使い勝手がよいデザインなどの意見を求めるときに、代表性や年齢は難しい問題である。子どもの集団の意見を聴く際に、子どもの多様性を加味し必ずインクルーシブを意識するようにしている。しかし、情報に接する子どもからしか声を得られないなど格差はどうしても出てしまう。あらゆる場面で子どもの声を聴くにあたり、完璧は存在しないともいえる
●完璧はなくても、常にどのようにインクルーシブに出来るか意識しながらユーザーや最終的な影響を受ける子どもの声を聴いていく姿勢を持つ必要がある
●年齢について、子どもの権利委員会では「子どもが意見を聴かれる権利」に年齢制限がないことを表明している。言語化が出来ないこどもも含めて意見を聴く必要がある。英語では意見はviewと記載されており、快・不快など選好を含めた内容も対象となっている。15歳前後が最も多く意見を聴かれる傾向を見聞きするが、8歳、9歳でもしっかりした意見を言うことが出来る。また5歳・6歳でも自分たちの考えや思考を持っている
●大人が「子どもの声を聴く」というと大人側からみているが、「子どもが声を聴かれる」状態を目指すことが重要である
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。