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提案型企業誘致で地方を変える

2025年03月10日 高原祥


I.地方創生の現状と課題
 日本が抱える課題の一つとして、東京一極集中と地方の過疎化・高齢化が挙げられる。総務省が公表している住民基本台帳人口移動報告2024年(令和6年)結果によると、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)への転入超過数は、コロナ禍の影響を受け大きく減少したものの、その状況から脱し再び増加傾向にあり、2024年には13万5,843人の転入超過(前年比9,328人増)となっている。また、その年齢構成をみると、20~24歳が最も多く、次いで25~29歳、15~19歳となっており、東京圏に拠点を構える企業の新卒世代に対する採用力の強さが要因の一つであると考えられる。
 政府は、2014年に「まち・ひと・しごと創生法」を施行し、地方創生に向けた取り組みを本格的に開始したものの、十分な効果が得られているとは言えない。「地方創生2.0の「基本的な考え方」(令和6年12月24日、新しい地方経済・生活環境創生本部決定)においては、これまでの地方創生に関する10年間の取り組みによる成果を一定程度認めながらも、好事例が次々に普遍化することはなく、人口減少や東京圏への一極集中の流れを変えるまでには至らなかったと結論付けている。その上で、石破内閣が掲げる「地方創生2.0」では、単なる地方の活性化策ではなく、日本の活力を取り戻す経済政策として地方創生が位置付けられるなど、これまで以上に地方における魅力ある雇用や仕事づくりが重視されている印象を受ける。
 地方における魅力ある雇用や仕事づくりが実現されれば、新卒世代の若者の人口流出を抑制し、定着を促進するとともに、地域に根差したビジネスの展開により、関連企業を含めた地域経済の活性化や税収の増加が期待できる。その実現に向けた具体的な施策の一つとして、地方公共団体による企業誘致が挙げられる。本稿においては、地方創生に関する重大なテーマの一つである企業誘致の促進を目的として、特に地方公共団体側の姿勢や取り組みに対する提言を行いたい。

II.地方公共団体による企業誘致施策
 企業誘致については、これまでも国・地方におけるさまざまな施策により取り組みが推進されてきたものの、前述のとおり、東京圏への一極集中等の課題解決や地方創生の実現に向けた成果は十分とは言えず、さらなる取り組みの加速が必要不可欠である。
 一方で、「2023年度版小規模企業白書」(中小企業庁)において公表されている地方公共団体に対する企業誘致政策の目標達成度合いに関する調査結果を見ると、「目標を大幅に上回る」、「目標を上回る」、「おおむね目標を達成している」と回答した地方公共団体が半数以上を占めており、目標の達成度合いとそのアウトカムやインパクトの間に乖離が生じている。このような目標の達成度と効果の乖離については、地方公共団体が掲げているビジョンや目的・目標設定、そのための取り組み施策(インプット)からアウトプット、アウトカム、インパクトまでのストーリーが適当でないことを示唆している。
 各地方公共団体においては、地域の長期ビジョン等において、企業誘致に関する方向性を定めている場合もあるが、優先的に誘致を目指す産業分野は、再生可能エネルギー関連や、AI・半導体等を含むデジタル関連など、どの地方公共団体においても類似した分野となっていることが多い。外部環境を踏まえれば、ある程度類似してくることは理解できるが、各地方公共団体の内部環境を踏まえた特色ある戦略の策定には至っていないと考える。
 また、企業誘致の取り組みが加速しない別の要因として、地方公共団体の受け身体質が挙げられる。地方公共団体は、企業誘致を推進すべくさまざまな取り組みを行っているものの、その支援メニューは、固定資産税の減免や設備等に関する補助金など、地方公共団体側の受け入れ態勢に関するものであり、企業側からの提案や打診を待つ形となっている場合が多く、他地域との差別化も図られていない。企業誘致を担当する職員が他の業務を兼務している、もしくは、業種ごとに縦割りになっている、などの体制も散見され、地域の目指す姿の実現のために、業種や分野に関わらず、部署横断的に積極的な誘致活動、営業活動を行う専門部隊を設置している例は少ない。
 地方公共団体は、信頼度が高く、民間企業へのアポイントがとりやすいという強みを持っている。その強みを活かし、受け身ではなく能動的、主体的に誘致活動を行い、企業に働きかけることが必要不可欠である。

III.提案型企業誘致の促進に向けた取組
 以上の問題意識を踏まえ、地方公共団体の主体的な企業誘致活動の促進に向けて、以下の3つの事項に取り組む必要があると考える。

1.中長期的な地域のビジョンの実現に向けた企業誘致戦略(営業戦略)の策定
 多くの地方公共団体においては、中長期的な地域の目指す姿に関するビジョンや総合計画等(以下、「総合計画等」という。)が策定されているが、その内容は抽象的であり、総合計画等に紐づく各分野の計画等も、各担当部局の目線から策定された総花的な計画となっていることが多く、地域の強みを生かす具体的な戦略まで落とし込めていない。まずは、総合計画等において他地域との差別化を図りつつ、限られたリソースを踏まえた選択と集中を行い、目指す姿を明確に描くことが必要である。その上で、どのような地域経済の在り方を目指し、どのような企業の誘致や産業クラスターの形成を進めるのかという企業誘致戦略を検討、策定する必要がある。
 誘致戦略の策定に当たっては、目指す姿の実現に向けた適切なターゲットの設定や、そのターゲットに対する営業ストーリーを描く必要がある。また、戦略が抽象的なものにとどまらないよう、対象企業のリスト化やアプローチ方法等を具体化し、適切な行動計画(アクションプラン)まで落とし込むことが重要である。
 ターゲットの設定や営業ストーリーの検討にあたっては、対象となり得る企業の価値向上にどのように貢献するのか、という視点を持つことが重要である。ここで言う企業価値の向上とは、収益性や生産性の向上等により企業が生み出すキャッシュフローを増大させること、もしくは、銀行・金融機関からの借入れや株主からの資本調達に関するコストを低減させることであり、当該地域へのビジネスの展開により、地域の強みを生かし、行政とも連携することで、どのように新たな利益創出や現状のコスト低減に貢献する可能性があるのか、または、そういった効果が中長期的に続くという具体的なストーリーにより、金融機関や株主からの納得を得ることができるのかを検討することが非常に重要である。

2.誘致戦略を実現するための組織・ルール等の体制整備
 企業誘致戦略を実行するためには、企業誘致に関する専門組織の組成や人材育成を行うことが必要である。担当職員が他の役割を兼務している状態では、主体的な誘致活動を行うことは困難であり、受動的な活動にならざるを得ない。分野ごとに専門的な組織を設けている例(例えば、農業に関する企業誘致担当部署など)もあるが、部署・分野横断的に企業誘致を担当する体制を整備し、ノウハウの蓄積や引継ぎ、適切な人材育成を行うことで、誘致活動に関する専門部隊を作り上げることが必要と考える。そのような専門部隊が民間企業の営業部門のように、ターゲット企業に対し能動的かつ積極的にアプローチし続ける体制を整備する必要がある。
 加えて、誘致活動の促進には、成果を測るための指標を適切に設定し、取り組みの効果を検証することが重要である。地方公共団体における取り組みの推進の難しさとして、民間企業における「利益」のように、各種取り組みに関する総合的な結果指標を明確にすることが困難であり、PDCAサイクルを回しにくい点が挙げられる。取り組みの進捗(実行度合い)を管理するためのアウトプットに関する指標(新規企業誘致数、雇用創出数、新規投資額、企業との契約数など)だけでなく、取り組みの方向性が間違っていないかを検証するためのアウトカムやインパクトに関する成果指標(例えば、若者の定着率、人口増加率、平均給与、税収など)を設定することが重要である。

3.誘致戦略を実行するためのツール等の整備
 企業誘致を推進するための戦略と体制に加え、実際に誘致活動で使用する提案資料の作成が必要不可欠である。提案資料においては、戦略策定時に検討したストーリーを踏襲した上で、地方公共団体側の優遇施策等の支援メニューの提示にとどまらず、具体的なビジネスモデル等に関する仮説を提示し、提案型の誘致活動を行うことが重要である。つまり、民間企業の経営企画部や新規事業検討部局が作成するような資料をあらかじめ行政側で準備し、誘致活動先企業の社内検討を支援することが重要である。
 具体的には、資料のひな形として、業種やターゲットごとに外部・内部環境の分析を行い、地域の強みやメリット、行政の具体的な支援内容を踏まえたビジネスモデル案を提示するための資料を作成しておく。実際の誘致活動においては、具体的に相手企業をリサーチし、資料のひな形を基に、相手企業の企業価値をどう向上させ得るかというストーリーを付け加え、ビジネスモデル案をより具体化し、企業の既存のビジネスとどのように紐づけることで新たな付加価値を創造できるかというアイディアを提示する。
 ここで重視すべきは、提案内容の精度ではなく、地方公共団体側が主体的かつ熱意をもって仮説やアイディアを提案することである。こうした提案型の誘致活動を行うことにより、企業側に具体的な検討を促すとともに、論点が明確になり、その後の議論が効率的に進むメリットがあると考えられる。

IV.おわりに
 本稿では、東京圏への一極集中の是正や地方の持続的な発展への寄与を目的として、地方創生の一環として、地方公共団体による提案型の企業誘致活動の必要性に関する提言を行った。加えて、その具体的な内容として、以下の3つの取り組みの必要性を提示した。
①中長期的なビジョンに基づく具体的な戦略の策定
②専門組織の整備と人材育成
③提案型の誘致活動を支えるツールの整備
 地方の未来を切り開くためには、今こそ大胆かつ戦略的な行動が求められている。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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